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第4話 幼いフェンリル


 フェンリルというのは物語の中の伝説の魔獣。本来ならその姿を見る事はまずない。御伽噺の中の魔獣だという者もいるくらいだ。その子供がここにいる。

 ブラックウルフもシルバーウルフも、元々この森に暮らしていたんだろう。フェンリルはこの森の長として森を護り、ブラックウルフとシルバーウルフは、フェンリルがこの森に住んでいる事を悟られないようにしていた。フェンリルがいると分かれば、人間が下手に手を出してくる事もあるだろうから。

 だが、このフェンリルはまだ幼い。その上どこか弱っているように見える。静かに近付いていけば、フェンリルの体に爪で傷つけられた痕を見つける。シルバーの毛に血の色が滲んでいた。


「これは酷いな」


 大人のフェンリルであればこの程度の怪我もすぐに治るだろうが、まだ生まれて間もないフェンリルでは、放置していれば死んでしまうだろう。そうなれば森はどんどん荒れていく。


「見ても良いか?」

「我らではどうにもできぬのです。もし叶うなら、どうか治していただけないだろうか」

「話せるのか。どうりで統率の取れた群れだったわけだ」

「我々を守ってくださっていたフェンリル様が亡くなってしまわれ、この幼いフェンリル様がこの場所を守ってくださっていたのです。しかし、まだ生まれたばかりのこの方には……」


 知能の高いブラックウルフとシルバーウルフ。人間の言葉を交わし、会話もできる。全てフェンリルの守護のおかげだったのだろう。幸いにも傷が化膿していないのは、この二体のおかげだな。


「泉の水をかけていたのか?」

「はい、この泉には浄化の効果があり、傷も癒えるかと思っていたのですが……」

「いや、正しい選択だ。傷を治す効果はないが、傷口が清潔なままになっている。化膿していたら既に命はなかっただろう」


 幼いフェンリルに治癒魔法を使う。傷口が清潔に保たれていたおかげで、洗ったりする手間が省けた。血はかなり流れているが、傷さえ治れば後は時間が解決してくれるだろう。


「傷はこれで大丈夫だ。それじゃあ、話を聞かせてもらえるか?」

「はい」


 二体の話によれば、フェンリルの親は既に高齢だったらしく、森に入ってきたワイバーンにやられて死んでしまったようだ。逸れた一体のワイバーンが森に入り、結界が壊れかけ、森を護っていたフェンリルが死んだ。それによって、森の生態系が大きく変わったのだろう。

 この幼いフェンリルは、生まれて六年程経つらしい。本来なら親から狩りを学ぶ年だろう。けれど、親の顔も覚えていないそうだ。この森を護るため、幼いながらにワイバーンに立ち向かい追い返したものの、瀕死の状態になって戻ってきたという事だった。

 そのため森に発生する魔物を狩る事ができず、高ランクの魔物が増えてしまった。ブラックウルフとシルバーウルフはフェンリルを護る事に必死になり、人間が森の中心部へ入らないようにしていたわけだ。それは必然的に、人間達を守る事にも繋がっていた。

 ざっと見てきただけでも、かなり高ランクの魔物が蔓延っている上に、話では森のどこかにワイバーンもいるはずだ。遭遇すればひとたまりもなかっただろう。特に、この森を狩場にしていたはずの低ランク冒険者であれば。


「ワイバーンと他の高ランクの魔物を倒せば、森は元に戻るか?」

「手伝ってくださるのですか?」

「このまま放置する訳にもいかない。下手に生態系が崩れると、別の場所に影響する事がある。特にワイバーンなんて、近くの街を襲いにきたらたまったもんじゃない」


 この結界は前のフェンリルが貼ったものらしく、いつ破られるか分からない、不安定なものだそうだ。そうなれば、ワイバーンだけでなく他の魔物も押し寄せてくる。ランクが高ければ知能が高いという訳ではない。ブラックウルフやシルバーウルフが特殊なのだ。

 フェンリルの事は二体に任せ、その日から本格的な魔物狩りが始まった。始めてみれば高ランクの魔物がうじゃうじゃいる。狩ってはアイテムボックスに仕舞い、狩っては仕舞い、狩っては仕舞いを繰り返す。

 気づけばアイテムボックスの中身は魔物だらけ。容量は多い方だが、魔物の数が多過ぎる。話を聞いた限りでは、五年間で発生した魔物の大半が森で生きているのだそう。


(そりゃ魔の森なんて言われるようになるわな)


 けれども、魔物を狩りながら、どこか安心した自分がいた。自分が探していたものでない事にホッとする。木の上を飛び移りながら剣で魔物を斬り裂いていく。夜は結界の中で快適に過ごす事もできていて、正直ありがたい。長期間野宿をするのは流石に嫌だ。めんどくさい。

 フェンリルも段々と回復していき、今ではゆっくりとだが歩けるようになっていた。この森に来てもうすぐひと月ほど経つが、いまだにワイバーンは見つからない。

 魔物の数は減っていってるが、元凶であるワイバーンを倒さなければ意味がない。ワイバーンが見つかるまではこの森を出る訳にはいかない。まだ幼いフェンリルにワイバーンと戦って勝てる確証はない。森を出た瞬間にワイバーンがフェンリル達に襲い掛かれば、今度こそ森は終わりだろう。

 結界もいつ壊れるか分からない。ワイバーンを倒すか、フェンリルが結界を張り直せるくらいになるまでは森から出ない方が良い。少しずつ回復すると同時に結界が不安定になっていく様子に、ほんの少しだけ焦りを感じながら慣れてきた森で今日も眠った。

 

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