第1話 この物語は
ちょっとまだ色々分からない事も多いので、温かい目で見守って頂けたら幸いです。
これより語るは、『英雄』と呼ばれし者の御伽話。
誰も知らない、誰も覚えていない、今や記録にない英雄。世界に忘れられた勇者たち。
彼と彼の仲間は、今では名前も分からない。
旧き賢人は人は二度死ぬと語った。其れは命の焔が掻き消えた日と、誰の記憶からも忘れ去られた日であると。
であるならば彼らは今にも消えかけている焔と呼べるだろう。
かつて魔王を倒した英雄。
そんな、かつての英雄の旅を辿る物語。そして、彼の旅人の■■を探す物語。
――雪の詩人の詩歌第四編十二節より引用。
***
「すみません、この串焼きひとつ下さい」
「あいよ、銅貨一枚だよ」
花曇りの名に相応しい仄明るい昼下がり。微風にはどこか湿度が混じっており、夏の気配を感じさせる。大通りを往く人々は誰も彼もが気力に満ち溢れている。豊かな時代になったものだと、過去の人間が見れば感嘆する事だろう。
行き交う人々の喧騒のただ中で、串焼きを頼んだ男は銅貨を一枚差し出した。
「ん? お前さん、こりゃ使えねぇよ。どこの銅貨だい? 今はほとんど帝国銅貨しか使われてねぇぞ」
「……そうか、すまなかった。串焼きはまた機会があれば頼むよ」
訝しげにこちらを見つめる店主に見送られながらその場をあとにする。
……また、通貨が使えなくなってしまった。今持っている銅貨も銀貨も、もう価値がない。多少の蓄えはあるつもりだったがこれで一瞬で路銀がなくなった。どうにか稼がないと。
「ギルドに行こう。多分カードが使えなくても少しは稼げるだろ」
久方ぶりに来た見覚えのない街をひとり歩く。向かった先は冒険者ギルド。昔見たギルドと看板が変わっているが、確かにギルドと書いてある……はずだ。
ギルドの扉を押し開ければ、中の視線が一点に集まる。私は気にする事なく受付に進んで行く。
内装は気性の荒い冒険者の本拠地である事を鑑みずともかなり綺麗だ。できたばかりなのだろうか、と思考を巡らせる。
進んだ先の受付には茶髪にふわふわとした髪の受付嬢が座っている。
「すまない、このカードに見覚えはあるかな?」
「えっと……申し訳ありませんが、こういった事は……」
「あぁ、良いよ。見覚えがないなら大丈夫だ。急にすまなかった。冒険者登録はできるか?」
「あ、はい! それならもちろん可能です!」
勘違いされないよう少し食い気味に否定と謝罪を口にする。やはり持っていたギルドカードは使えなかった。ひょっとしたら使えるんじゃないかと思ったが、何故か警戒されてしまった。今回は一体何年経ったんだろうか。
「それでは、こちらに記入をお願いします」
「ありがとう」
何度も書いた記憶のある紙。昔は紙なんて高価でおいそれと使えなかったのに、今は使い捨てにすることもある。結構質も良い。サラサラと書き進めていき、受付からひと通りの説明を受ける。毎度毎度似通った説明をされるから、今ではほとんど聞き流している。
「それでは、こちらで登録完了です。こちらがカードになります」
「あれ、テストとかないのか?」
「魔法が使える方は貴重ですので、どんなに魔法が苦手でも、使える方は登録するようにしているんです」
どうやらまた魔法使いが減ったらしい。紙に書いた魔法は風と水。珍しくもないと思ったが、次に登録する時はひとつだけにしようかな。
「そうだ、さっきのカードなんだが、使えないならいらないから、処分してもらえないか? 下手に処分すると面倒な事になったりするんだ。それから、路銀がないから手っ取り早く稼げる依頼を受けたい。多少無茶な依頼でも構わない」
思い起こすは古い記憶。
前に使えないからと、簡単には壊れないように作られたカードをそこら辺に投げ捨てたら、運悪く素行の悪い冒険者に拾われて面倒な事になった。少なからず個人情報が入ったカードをそこら辺に投げ捨てるのは良くない。
その後、捨てられないなら処分しようと魔法で燃やせば、カードに施されていた保護魔法が発動してしまった。……正直、そこらの魔物よりタチが悪かった。思い出すだけでげんなりする。
それ以来、処遇は冒険者ギルドに頼む事にしている。持っていても意味はないし、思い入れもない。同じギルドカードを扱う場所なら、ある程度適切な処分をしてくれるはずだ。少なくとも今まではそうだった。
「では、お預かりいたします。それから依頼ですね、丁度隣町までの護衛依頼があります。報酬は一人銀貨五枚。丁度あと一人ですよ」
「……随分金払いが良くないか? 低ランク冒険者の護衛だろう?」
「魔の森を通るそうです。危険な魔物が多いので、ランクは少し高めなのですが、魔法が使えるのであれば、補助ができますから」
「……そういう事なら」
魔の森がどんなところかは知らないが、護衛ならまぁ大丈夫だろう。一応剣も持っているし、ある程度剣で戦うこともできる。護衛の依頼は明日。またこのギルドに来れば良いらしい。
「今日泊まる場所探さないと…………あ、金がない」
そうだ、そうだった。思わず天を振り仰ぐ。今日は野宿になりそうだ。
〜
「腹減ったなぁ」
結局昨日は野宿で食料もなし。流石に腹も減るというもの。なんでコロコロ通貨が変わるかなぁ。ただの串焼き一本も買えやしない。余裕をもって稼いだはずの通貨がおじゃんだ。やはり余裕をもって稼いでも無駄になる。その都度稼ぐのが良いのは分かるんだが、どうにも面倒になってしまう。いっそ鋳潰してやろうか。
見えてきたギルドに入れば、受付から少し離れた場所に三人の冒険者が立っていた。辺りを観察するが、他にまとまって誰かを待っていそうな人はいない。
「今日の護衛の依頼を受けたんだが、ここで合ってるか?」
「お前が最後の一人か。魔法が使えるって話だが……」
不思議そうな顔でこちらを値踏みする男。値踏み、とは言っても不愉快なそれではない。あくまで職人、その道の人間の目。少なくともこれから命を預け合うのだからそれは正当な行為だった。
「少しな。最近はずっと剣を使ってるよ」
「そうか。なら、戦力として不安はないな」
少し前の魔法は、完全に補助としていれば良いがいなくても良いくらいのものだった。あれからどのくらい経っているか分からないが、今も戦力として期待されているというより、野営の補助なんかに重宝されているんだろう。
今の私は剣ばかりだ。魔法はほんの少し、剣はそこそこ。強い魔物でもそこそこで倒せるくらい。他と比べれば強いけど、飛び抜けた才能はない。それが、今の私。
「じゃあ、行こうか」
〜
向かったのは街の出入り口となっている門。門の側には馬車が多く連なっている。商人や旅人、冒険者達が集まっているように見えた。街に入ってきた者、これから外へ出る者。街の中と比べてもより一層賑わいのある場所となっていた。
今日の護衛は商人が個人で所有する馬車だ。なんでも急いで隣町に行く必要があるらしく、一番近道である魔の森を通るらしい。魔の森なんて聞いた事がないが、最近付けられた名前なのだろうか。
商人と共に荷馬車に乗り込む。御者はさっき話した男がするらしい。大きい体躯の割にそんな繊細な事までできるのか。冒険者ギルドで軽く自己紹介はしたものの、もう既に名前を忘れている。残念だがどうせ今回限りのパーティーだ、覚える気もない。
走り出した馬車は思いの外快適ではあったが、進むにつれ揺れが激しくなっていく。段々と道を外れていき、道なき道を進んでいる感覚だった。
(魔の森って言ってるくらいだし、近づく人もいないんだろう)
逆に、冒険者の狩場になっていそうなものだが、そんな話は聞かなかった。そんなに強い魔物が出るのだろうか。それとも、何か別の理由があるのか……?
「見えてきた。あれが魔の森だ、ここからはすぐに動けるようにしといてくれ」
そう言われ、各々が弓や短剣を持ち、すぐに動けるような体勢を取った。大剣に短剣、弓、私は普通の剣。前衛に偏っているようにも思うが、今の後衛は弓くらいしかいないのかもしれない。
森に入ると道はなく、とにかく木を避けながらまっすぐ進む。整備された道どころか、誰かが通った轍すらないから、馬車は今まで以上に激しく揺れる。
――ああ、やはり。荷馬車から見える範囲は限られているが、やはりこんな森は知らない。昔からあった森ではなく、最近できた森なのだろう。一体いつからあるのか、そして何よりどうして魔の森なんて呼ばれているのか。
(やっぱり、今の状況なんて分からない事だらけだな)
ガタンと馬車が揺れ、馬の鳴き声が響く。大剣の男が叫ぶ声。考え事をして上の空だったのが現実に引き戻される。考えるのは後でも良いか。それよりも魔物が出たらしい。
剣を握り、一番に荷馬車から飛び出す。馬車を囲んでいたのは、ジャイアントベアに、ブラックウルフの群れ。けれど遠くから別の魔物の気配を感じる。数からして群れだろう。数が多いのも面倒なんだが。
剣を引き抜き、真っ先にジャイアントベアに向かって走る。横一文字に振った剣は、ジャイアントベアの頭を綺麗に落とした。血飛沫も上げず、その首はごろんと地面に転がり落ちる。ようやく動き出したのか、後ろからブラックウルフに向かって弓が放たれた。
全部相手していたらキリがない。馬車が通れるよう前の魔物だけを狙い、ほんの少し道が拓けたところで叫ぶ。
「今だ! 馬を走らせろ!」
私は急いで荷馬車に飛び乗り、弓使いは馬車の後ろから魔物が来ないよう牽制する。短剣使いは動けなかったのか、馬車内に残ったままだった。
腕がいいのは弓使いだけか。……この時代の若者は平和に慣れすぎている。血まみれの先史よりは幾分かマシなのは事実。平和はとても良いことだが、今の人々はひと昔前より少々弱くなったのかもしれない。
水の魔法を使って馬車が通った後を濡らし、魔物の足止めに使う。その間も大剣使いの男が馬をひたすら走らせていた。商人は頭を抱えながら震えていた。
結局、その後も戦闘は主に私と弓使いが行い、全速力で馬を走らせたおかげか、その日のうちに隣町に到着した。商人は随分と怖い思いをしたのか、もう二度と立ち入りたくないと言い、報酬は上乗せされる形で依頼は終了した。
「ありがとう、お前のおかげで助かった。えっと確か名前は……」
「ライだ。お前も、馬車をしっかり走らせてくれたからな。お互い様だ」
「あぁ。にしても、良い剣持ってるじゃないか。少し変わった形だが、かなりの業物だろ」
「……あぁ、良い剣だろ。貰い物なんだ」
『この剣はお前に任せた!』
既に遠い記憶。されど、瞳を閉じれば今も思い出せる鮮烈な日々。
共に背を預けあったこと。なんてことないことで笑い合ったこと。
あの日食べた夕食の味も、夜中にくだらない話で盛り上がったことも――彼を初めて『殺した』日のことも。
大切な、かつての仲間の剣。
これより語るは、かつて勇者と呼ばれた者の隣に立っていた男の物語。そして、自身の本当の名前を探し、勇者の軌跡を殺すための物語。
次は1時頃投稿します