おかしな世界の成り上がり大富豪
水が嫌いだ。ふとした時に自分を映すからだ。電車が嫌いだ。常に俯いていなければ物憂げな自分が覗き込んでくるからだ。
たくは自分の容姿が嫌いだった。もちろん両親はたくを可愛がってくれた。しかし久々に親戚が集まると親戚の目は決まって弟に注がれた。
弟はくりっとした目にスッとした鼻、笑うと綺麗な歯がのぞきその笑顔は自然に人の目を惹きつけた。それはたくとは真逆であり、たくはそれを小さな頃から痛いほど自覚していた。「たくだって、ほら口元とか可愛いじゃない」そんな両親の何気ない気遣いがさらにたくを苦しめた。
たくは冴えない見た目を気にするあまり性格も内向的になっていった。
それでも小学校の頃には友達はいた、しかし中学になり見た目の良い男子がモテ始めるとたくはますます自信をなくした。
とどめは修学旅行の班決めだった、班は男女混合だった、たくは友人がいないため、先生の無神経な配慮でクラスでも明るい目立つ班に入れられた。
そこで班の女子が「あの顔と4日間一緒はきついって」とクスクス笑いながら話しているのを聞いてしまったのだ。
それからというもの、たくは人がヒソヒソ話しているのを見る度に自分の顔を蔑んだり笑っているのではないかと思うようなり、ますます人を避けるようになった。
そんな卑屈なってしまったたくを唯一気にかけてくれる人もいた、それは同じ班になった翔だった、翔は爽やかな顔立ちと明るい性格でクラスの人気者だった、翔はひとりで自分のグループに放り込まれたたくに話しかけてくれた。
「世の中には天に2物を与えられた奴もいたもんだな、まあこんな恵まれた奴に俺の気持ちが分かるわけはないけど、1人でいるよりはマシか」
たくは小さく呟いた。
修学旅行当日、たくは3泊4日の荷物よりも重い気持ちを持て余しながら新幹線に乗り込んだ。
そこで事件は起こった。
班は男女3人づつの班だ。
当然一組の男女は隣り合わせになる。
3人の女子はあからさまにたくの隣になることを嫌がる態度を見せ、ヒソヒソと相談を始めたのだ。
その様子を見て空気を呼んだ翔が「俺がたくと座るから」と女子たちをなだめた。
その瞬間たくの中で何かが音を立てて爆発した。
「ざけんじゃねぇよ」
たくは新幹線を飛びだした。
人を見ためでしか判断しないクズどもと偽善者め!
俺だってこんな風に生まれたかったわけじゃない、、!
「たく!」
階段を駆け下りようとしたたくの腕を追いかけてきた翔がつかんだ。
「はなせっ!」
たくが翔の腕を振り払った瞬間、ぐらりと目の前が傾き、たくと翔はふたりで階段から落ちていく。
「いっそのことこのまま死ねたらいいのにな」
どのくらい時間がたったのだろう。
「流石に死ねやしないか‥」
たくは目を覚ました。
目を覚ましたたくは、隣に翔が横たわっているのに気がついた
「こいつも、、?」たくはつぶやいた。
たくにはここが死後の世界なのかはたまた夢の中なのかわからなかったが、今までいた自分の世界とは違うことだけははっきりとわかった。というのも周りの建物が全てクッキーやドーナツなどのお菓子でできているからである。
「流行の小説みたいに異世界にきちまったのか?まあ異世界であってもおれにとっては理不尽な世界であることには変わりないけど」
たくはそう言って起き上がると自分がとても空腹であることに気がついた。
道の先の方に賑やかな街の灯りがあることに気がついたたくは街に向かって歩き出そうと立ち上がった。
「まあこいつも俺のせいで巻き添えくらったわけだし放置はさすがにないか」
たくは翔を起こした。翔は自分の置かれた状況をまったく理解ができず慌てふためいたが、やはり空腹には勝てず、たくと翔は2人で街へ歩き出した。
街は想像してたよりはずっと賑やかで飲食店らしきものもたくさんある。
「すげぇ、甘い香りがめっちゃする。」
なんと飲食店はお菓子を売っている店ばかりだったのである。たくと翔はお腹がとても空いていたので甘いデザートよりかは肉が食べたかったがこの際、贅沢は言ってられない。フラフープほどの大きさがあるドーナツが売っていたので空腹と好奇心から買ってみることにした。
しかし、いざお会計となると店員は怪訝そうな顔をして
「お客様、これはどこの国の通貨ですか?」と尋ねてきた。
どうやらこの世界ではたくたちが持っているお金は使えないらしい。もし使えたとしても、高校生のたく達が財布に持ち合わせている現金なんて微々たるものだが。
「金を稼がなきゃ」
たくと翔は空腹を持て余しながら街をフラフラと歩いた。
そんなときにとても高そうな時計にびっしとしたスーツを着ている優しそうなおじさんが声をかけてきた。
「そこの君たち、もしかするとお金に困っているのかい?もしよければ、何か換金してあげるよ。」
翔は特に金になりそうなもの持ってきてないよなと呟きつつリュックからものを取り出していっている中で一冊のノートをリュックから出した時だった。
「もしかしてそれは紙かい‥?」
そのおじさんの話によればこの世界では紙などの文房具はとても貴重みたいである。
「その紙一冊を5万円、いや10万円で買い取らせてくれないか?」
「え、そんなにいいのですか!?も、もちろんです!」
そのおじさんはまた困ったことがあったらいつでも声をかけてねと言って笑顔で消えて言った。
「それにしても優しい人だったな。何はともあれお金を無事ゲットできてよかったよ。さっきのドーナッツ買って、質屋にでも行って文房具を換金しようぜ。」
そんな会話をかわしながらドーナッツ(ドラゴンフルーツのような味がした)を頬張って質屋に着いた。
「これ全部買い取ってください!」
そう言ってたくはノート2冊、鉛筆3本、消しゴム1個、ボールペン3本、翔は鉛筆2本に消しゴム1つを見せた。
すると店主は目をビー玉のように輝かせながら声を吐き出した。
「こ、こんな高級品をよくお持ちで‥!少々お待ちください。」
たくと翔はワクワクで自然と顔を合わせてにやっとする。
「はい、これが買取金額になります。ノート1冊1000万円、鉛筆1本50万円、消しゴム1個200万円、ボールペンは一本1億円になります。たくさんは3億2350万円、翔さんは300万になります。」
ボールペンが一本1億円!!??たくは驚きのあまり声を飲み込む。そんな時、翔がへなへなと座り込んだ。
「くそっ、、、さっきのジジイに騙された‥」
「まあ、あのおじさんのおかげで文房具に価値があるって気づけたんだからさ。そんなことより、2000万円分けてあげるから元気出しなよ」
たくは初めて自分が翔の上に立てた様な気がしてちょっとした高揚感を感じていた。
今の俺にこの街のもので買えないものはない、さあなにをしようか、、
感じたことのない充実感と共にたくは街を歩き出した、街中のみんなが金持ちになった自分を羨望の眼差しで見ている気がした。
しかし、ショーウィンドウに映る自分の顔を見た途端たくの充実感は消えた。自分はやはり不細工だ、いくら金を持っていてももこんな顔じゃ意味がない、、すれ違う人々がみんなたくの顔を見ていた。
「異世界でもブサイクはブサイクか、、むしろ前の世界より人にジロジロ見られてるじゃないか、ここではもっと不細工扱いかよ、、」
顔さえ良ければ人生がまるっきり変わるのに、、そうだ俺には大金があるんだ、、!整形しよう、どうせ俺は死んだか夢の中だ、何をしたってかまわない、、!
たくは美容整形に飛び込びこんだ。翔は「落ち着けよ、顔を変えるなんてそんな簡単に決めるな、、!」と言い、たくの後を追い病院に入った。
「金はいくらでも払うからいますぐにとびきりのイケメンにしてください!」
普通なら躊躇してしまうような台詞も今のたくにはスムーズに言えた。
そんなたくを見た医者は不思議そうな顔をして、
「うーん、あなたのお顔にはとりわけ変えた方がいいところはないように見えますが、、」と返した。
この医者は何を言ってるんだ?俺を馬鹿にしてるのか?
「この不細工な目も鼻も口も輪郭も全部かえてくれ!」
たくは半ば叫ぶ様なかたちで医者に詰め寄った。
「不細工?あなたが?落ち着いてください、そんなに顔を変えたいと言うならこの見本の写真の中からなりたい顔を選んでください」
そう言って医者は数枚の写真をたくに見せた。
その写真の男達は揃いに揃って自分に似て全員が不細工だった。
「こんな不細工な顔に誰がなりたいんだよ!イケメンの写真をもってきてくれ、、!」
たくの言葉を聞き、医者はますます不可解な顔をした。
「この写真の男性たちが不細工?全員超人気アイドルと人気俳優の写真じゃないでか、おかしなことを言いますね‥」
医者の言葉にたくは混乱した。
「あなたも相当な美男子ですよ、整形する必要はありません、それよりお隣のお友達、お安くしますので整形のモニターをしませんか?」
なんと医者は翔に整形を提案したのだ。
たくは全てを理解した。この異世界では美醜の基準が元いた世界とは全くもって違うのだ。
今の俺は大金も最高の容姿も両方持ち合わせている。そう考えるとたくの身体の奥から今まで感じたことがないような高揚感が湧き上がった。
大金持ちになったたくは、豪邸を買い、その家に見合う高級な家具を買った。金持ちになったたくの周りにはその恩恵を受けようとたくさんの人々が集まった。みんなたくの機嫌を取り、たくを褒め称えた。たくは自分がチヤホヤされたいがために豪邸で夜な夜なパーティーを開き散財した。パーティでは高級な食材を使った料理を街1番のシェフに作らせて振る舞った。
「なんて最高な人生なんだ、、、本当に死なないでよかった」
一方翔は、美醜が逆転するこの世界ではまったく日の当たらない存在になった。さらに翔には金もな炒め、そんな翔に声をかける者すらいなかった。翔はこの世界では自分は不細工な貧乏人だとひどく落ち込んだ、しかしそれは長く続かなかった。翔は持ち前の前向きな心で、この世界でなんとか生きていこうと思い立った。今の俺には自ら進んで声をかけてくれる人はいない、それなら自分から声をかければいい。金がないなら稼げばいい、自分で汗水たらして働いた金でたべる飯はきっとうまいはずだ。
翔はスイーツ店に住み込みで必死に働いた、そこには今までの翔がいた世界では見たこともないスイーツがいっぱい売っていた。翔はワクワクしながらツイーツのレシピを見ながら試作を繰り返した、そんな充実した仕事のおかげか、翔は自分にお金がないことや自分が不細工であることがほとんど気にならなくなった。店のオーナーは働きものの翔を気に入った、明るく前向きな翔は客からも人気を集めた。
ある日翔の働く店にたくがやってきた。
「翔、こんなところで働いてたのか、俺もたまには庶民的なものが食べたくなってね、おすすめある?」
たくは自分と立場が逆転したたくを見てなんともいえない優越感を感じていた。
そんなたくに対しても翔は態度を変えなかった。
「たくじゃないか、ひさしぶり!今日はわた雲のマシュマロと妖精の涙のゼリーがおすすめだけどどうする?」
たくは「別にどっちでもいいや、まあマシュマロの方にするか」
マシュマロを一口食べたたくは驚いた。マシュマロは口の中ですーっととろけたあとに口の中で弾けた。
たくは内心、翔がこんなに美味しいお菓子を作れることに驚いていた、しかしそれを表情には出さずに
「素朴な味でうまかったよ、はいこれ代金」
そう言いながらたくは100万円を翔に差し出した。
「こんな大金はさすがに受け取れないよ」と戸惑う翔に対して、たくは
「翔、おれにとっちゃこのくらいなんてことないよ、前の世界では世話になったし受け取ってくれ」
と半ば無理矢理に翔にお金を握らせたが、しょうは頑なに拒否した。
「俺は自分の稼いだ金で暮らしていけてる、今はお前からの援助は必要ないよ」
その翔の自分をたしなめるような表情を見てたくは苛立った。
「翔、お前はこの世界では俺より下なんだよ!素直に俺に従ってろよ!」
「たく、、お前とはもう分かりあえないかもな、、」
翔は哀しそうな表情で店の奥に入っていった。
なんなんだあいつ、俺より不細工で金もないくせに俺を嘆くような顔つきで見やがった、、
あんなやつは絶交だ、、!
それからたくと翔が顔を合わせることはなかった
それから5年の月日が経った。
たくは大金持ちになってから5年、金をひたすら使い続けた。資金を増やせるという上手い話に騙されて大金を失ったこともあった。
金持ちになって6年目、ついにたくは一文無しになった。毎日の贅沢な食事はたくをぶくぶくと太らせた。いくらたくの顔がこの世界では美男子とされても、不摂生な生活によって出来たシワやたるみはたくを醜くさせた。たくの周りにいた友人や取り巻きはたくの金が尽きると潮が引いたように去っていった。
一方翔は、真面目にコツコツと働いた翔は、オーナーに認められ店のだいたいのことを任されるようになった。真面目に貯金し堅実に資金を増やしていった翔は暮らしにも余裕が出てきた。
この世界では不細工とされる翔だが、充実した生活が表情に現れ、周りの人を惹きつけた。
そんな翔の周りには自然と人が集まり、翔は多くの友人に恵まれていた。
たくはついに、住んでいた豪邸を追い出された。買い集めた高級な家具などもすべて差し押さえられ、たくは無一文になった。たくはフラフラと街並みを歩いた。
「なんでこんなことになったんだ?現実世界であれだけ苦労したんだ、この世界ではいい思いをしたっていいはずだ、なのにどうして、、、」
たくは空腹のあまり眩暈がした。近くのベンチに座るとふっと甘い香りがした。それはたくの空腹をますます刺激した。甘い香りに吸い寄せられるように歩きだすと、懐かしい店にたどり着いた。そこは翔が勤めていた洋菓子店だった。
「ああ、何年振りだろう、あいつとは喧嘩別れしたんだっけ、、」
すると店の扉が開き、1人の男性が店から出てきた。
「たく?たくじゃないか、窓から姿が見えたからもしやと思ったけど、やっぱりたくだ、5.6年振りか、、?」
翔は現実世界にいる時よりも明るく生き生きとした風貌をしていた。
「翔、お前はこんなにブクブクに太ってみすぼらしい身なりなのに俺ってわかるのか?」たくは驚いた。
「当たり前だろ、俺ら友達だろ?」
ー友達ー
その言葉を聞いた瞬間たくは泣き崩れた、
「たくどうしたんだ?なにがあった?」
目を丸くする翔に、たくは今の自分の状況を洗いざらし話した。そしていつも気にかけて歩み寄ってくれたのにも関わらず、酷い態度を取ってしまったことを翔に心から謝った。
「たく、いいんだよ、俺がこの異世界に来て見た目も冴えない金もない、そんな存在になったとき、お前は心よく金をくれたじゃないか、あの金に俺がどれだけ助けられたかわかるか?」
たくは思い切り泣いた、自分に足りなかったのは、整った顔でも、大金でもなかったのだ。
「たく、よかったらしばらく俺の店で働いてみないか?俺この店の上に住んでるんだ、部屋もあるぜ?」
たくは翔の提案に驚いた。
「翔、とても有難い話だけど、俺はお前みたいに手先が器用でもないしお菓子をつくることについてまるで初心者だよ?俺なんか雇っても一文にもならない」
その言葉を聞いて、翔は何も言わずに店に入っていった。
ー翔についに失望されたのか、、?
まあそうだよな、今の俺には価値なんかない、失望されたって翔を責めることなんてできない、
たくは店に背中を向け、歩き出そうとした。
「待てよたく!」
再び翔が店から出てきた。その手には1冊のノートがあった。
「ほら、これ、たくのノート、覚えてるか?
あの修学旅行の日、新幹線が発車する待ち時間に何か必死にこのノートに書いてただろ?
お前が飛びだしたときにこのノートを忘れてたから後で渡そうと思って俺が持ってたんだ」
そのノートを見た瞬間俺はハッとした。そのノートは友達がいない俺が、学校の行事がどうしたらもっと楽しくなるか、そんな計画を書き続ったノートだった。もちろん誰に見せることもないし、その計画が実行されることもない、しかし体育祭、文化祭、合唱祭、イベントのたびに自分の夢や計画を文字やイラストで書き綴っていた。あの日も修学旅行についての計画を書いていた。
「勝手に見てごめん、でもお前すごいよ!
お前が書いたこのノート、文章もイラストもワクワクするし、修学旅行に行く前に読んでたらもっとテンションあがってた、これお前の才能だよ!」
翔は目を輝かせながら話した。
「翔、こんなノートを何年も持っててくれたのか?紙だから売れば金になったのに、、」
「たく、これはお前の夢だよ、金なんかにかえられるもんか」翔はたくにノートを手渡した。
「俺はこの店をもっと色々な人達に知ってもらって俺のお菓子でたくさんの人に幸せになってもらいたい、そのためにはたくの発想力が必要なんだ、俺と一緒にこの店がもっと良い店になるように一緒に働いてくれないか?」
たくの体の奥底からなにか熱いものが込み上げてきた。
俺が人よりたくさん鉛筆やノートを持っていたのも俺のこの夢のおかげだった、、
夢のおかげで俺は異世界でなんとか生き延び、生きていくうえで本当に大事なものに気がつくことができた。
「翔ありがとう、俺はもう一度夢を追ってみるよ、、!」
END
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