祖父が残したメッセージ暗号
「はあ〜、どんだけ物があるだよ。これじゃいつになったら片付くのやら」
「それは同感ね。はあ〜、一体どれだけ物があるのよ。まあ研究者の私からしたらこれだけ多くの実験器具があって羨ましい限りだわ」
「それは俺だって同感だよ。やっぱり同じ研究者としては憧れるよな」
現在、私と弟は少し前に亡くなった祖父の家に来ている。祖母は祖父よりも先に亡くなってしまったため、もうこの家には誰も住まないのだ。そのため、遺族である私達がこの家の中を片付けていた。
祖父は研究者で、定年退職した後でも独自に研究を行っていた。まあ私達も祖父の影響を受けて研究者としてそれぞれ違う分野で働いている。それにしてもこれだけ多くの実験器具を買う資金は一体何処から出していたのかと疑問には思うが、研究者でありながらもメカも作る大変器用な人だったので、何かしらの方法で資金を工面していたのだろうと思う。
と言っても祖父1人になってからは、ひたすら研究にうちこんでいたため、残された財産なんてこの家にあるものだけだった。正直これらの器具は全般的にどれも高価で、使えそうなものがあれば欲しいとは思っているのだが、物がありすぎて何処に何があるだか分からないため、掃除も兼ねて片付けをしているのだ。
「何だこれ? メッセージ?」
「え? 何々?」
本を整理している弟が見つけたカードを覗き込むと、そこにはよく分からないことが書かれていた。
「何だよこれ。文字がギッシリ詰まっていて意味不明だ」
「でも何だか暗号ってワクワクするじゃない。一緒に解いてみようよ」
「まあ息抜きがてらに解いてみるか」
私達は休憩を挟むという意味でも、この暗号に挑戦してみることにした。
「でもこれって何処かでみたことなるような?」
「いや、俺も見たことあるような気がするけど……。えっと、文字はAとGとUとCだけ?」
「A、G、U、Cの4 つ……あっ! AとT、GとCって……これ塩基じゃないの!!」
「あ! 確かに高校や大学の試験でこんなの出てたな。懐かしい〜」
「確かこれってメチオニンから開始よね。えっとメチオニンは……何だっけ?」
「おいおい、メチオニンはAUG……あれAUTだっけ。あー俺もうろ覚えだ〜」
これは高校の生物で習う内容で、生物選択者なら1度は解いたことがあるであろう試験にも出やすい問題だ。アミノ酸の種類が決まるのは、これらの塩基 が3つ並んだコドンというものであり、この配置でアミノ酸が決まるのだ。これはコドン表とアミノ酸の表記が分かるものがあれば簡単に解析することが出来る。
「えっと……コドン表とアミノ酸の表記見つけたよ」
(アミノ酸名上から、フェニルアラニン、ロイシン、セリン、チロシン、終止、システイン、終止、トリプトファン、ロイシン、プロリン、ヒスチジン、グルタミン、アルギニン、イソロイシン、メチオニン、トレオニン、アスパラギン、リシン、セリン、アルギニン、バリン、アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グリシン)
私達は見つけ出したこの表を使ってこの暗号を解いてみることにした。
「まず開始コドンのメチオニンはAUGだから始まるのは……何故か2つあるわね。終止コドンも2つあるし」
「取り敢えず、書き写してスラッシュでも入れようぜ」
確かにこのままだとこんがらがって分からなくなりそうだ。弟の提案通りに書き写してスラッシュを入れ、その下にアミノ酸の1文字表記を書いてみた。
「MNKQPとMEQTCN? 全く持って意味が分からん」
「金庫の鍵は数字みたいだし、何の関係があるというの?」
全く身に覚えのない文字の羅列が出てきて困惑してしまう。祖父は一体ここから何をさせたいのだろうか? このまま諦めてしまうのも悔しいため、私はもう1度メッセージを読んでみることにした。
最初の3行はどんなに読んでいたって普通の文章だ。何か誇張されているような気もするが、これは単純に本人がノリノリで書いているだけのように感じる。
やはり、気になるのは後半部分。まあ、高校生だった祖父に勝てるかどうかというのは単なる挑発だと考えよう。それと最初から最後まで続いているというのは多分念のために書いているだけだから、こっちも無視しておこう。やはり、誕生したものを2つ前の状態に戻して掛け合わすというのが、この暗号の鍵な気がする。
2つ前の状態に戻す……。
「あ! 分かった。これって文字を2つ前にズラしたらいいんじゃない? 掛け合わすというのはまだ分からないけど……。最初の文字を除けって言うのは、開始コドンとして直すのに必要ってだけで、暗号には不要ってことだと思うわ」
「確かに言われたらそれしか思いつかねえや。えっとABC……だから」
再び書き直して、2つ文字を前にズラした文字を並べてみた。
「LIONとCORALって……ライオンと珊瑚よね? ようやく単語にはなったけれど、これが番号と何の関係があるの?」
それぞれ掛け合わせたらおのずと答えが出てくる……。
掛け合わせたら……。
「「あ! 九九だ!」」
弟と見事にハモってしまった。
まあ、ライオンと珊瑚、数字に掛け合わせると言ったら九九しかないよなと腑に落ちてしまった。
「ししじゅうろく……さんごじゅうご……」
「つまり、1615が答えだわ!」
私の言葉を聞いた弟は、すぐさまに金庫のところに行き、番号を入れると、一発で金庫が開き謎解きに成功したのだった。
「入っているのは……手紙と株か?」
てっきりお金でも入っているのかと思ったら、予想外のものが出てきて少し驚いた。取り敢えず祖父が残した手紙を読んでみることにした。
どうやら祖父が残した遺言書だったようだ。
本当に私達が見つけなかったら、そのまま捨てていたというのに……本当に……ああ何だか祖父らしい。
祖父が幸せだったと書いていて嬉しく感じる。そして、私達の幸せを祈ってくれているのも本当に嬉しかった。
2年前に病で亡くなってしまった母の名前が無いということは、最近書かれたものだったのだろう。
沁み沁みともう1度手紙を読むと、下にもう1枚手紙があることに気づいた。すると、そこには衝撃的なことが書かれてあったのである。
「携帯電話の株って嘘だろう!? そんなものをじいちゃんが持っていたんて信じられない」
「というかそんな凄い株をこんな金庫に入れるって……。普通銀行の金庫とかに預けておかない? そこがおじいちゃんらいしいけどさ……。こんな簡単な暗号を解かれて盗まれたらどうするつもりだったのか」
「確かに簡単だけど、面倒だから泥棒が入ったとしても解かないと踏んだのかもしれねえけどな」
それにしてもどうやって資金をやりくりしているのかと思っていたけど、まさか株とは想定外の想定外。
まさか祖父が研究者や開発者としてだけでなく、投資家としても才能があったとは驚きだった。
私達は後日、祖父の株が本当に携帯電話の株なのか調べてもらったところ、これは間違いなく携帯電話の株だと言われてようやくこれが本物だと実感した。正直凄すぎて怪しまざるを得なかったのだ。本物だと分かり再び驚きと共に、嬉しさも込み上がった。
その後私達はどうしたかというと、祖父の家の掃除はしたものの、物などは全て捨てもせず持ち帰ることもなく、そのままにし、家も売却はしなかった。なんせこの家は祖父が、また祖母も大切にしていた家なのだ。これだけ大きな恩恵を受けておいて、売却することなんて出来なかった。
また株はどうしたかと言うと、それぞれ半分に分けて受け継ぐことにした。勿論祖父が言っていた通り悪用なんて絶対にしない。私達はそれぞれの研究に没頭するために、このお金を使うことにしたのだ。
あれだけ研究をこよなく愛していた祖父なら、きっと喜んでくれているのではないかと私は思っている。