第1章 突然の別れ⑦
婚約を1ヶ月後に控えたある日。
冬夜と茉莉は、今日も二人で手を繋ぎながら街を歩いていた。
初めて手を繋いだ日から、何かあったら危ないから…と手を繋ぐようになったのだ。
優しく握られた冬夜の手を両手で包み込む茉莉。冬夜の温もりを感じて、幸せな気持ちになる。
「今日はどこに行きましょう?ずいぶん色々と巡りましたが、他に何か行きたい場所はありますか?」
「そうですね…そういえばこの地の神社にはまだお参りしていませんでした。ぜひ行ってみたいです。」
そう言いながら、茉莉はにっこりと微笑む。
この笑顔には、冬夜も弱い。
心の中で冬夜は呟きながら、「では、神社に行きましょうか」と二人で歩を進めた。
到着した神社は、初詣の時期ではないため人影はまばら。御神木と思われる楠が聳え立ち、その脇に社がある。
二人で並んでお参りを終えた後、神社の中を散策する。ひんやりとした神社特有の空気が心地よい。
「ここは静かで心が落ち着きますね。連れてきていただいてありがとうございます。」
「そう言っていただけて嬉しいです。」
口数少なに二人で散策を続ける。ジャリッ、ジャリッという二人が玉砂利を踏みしめる音だけが静寂に響く。
もうすぐ婚約するのか・・・
冬夜と出会って1年半近く。冬夜はいつも茉莉に優しく接してくれる。この人が武人であるとは信じられないほどだ。
婚約後は黒水家のしきたりなどを学ぶために家に入る。冬夜の妻として、そして当主の妻としてどのように振る舞えばいいのかを、現当主夫人である冬夜の母からしっかりと学ぶことになる。
不安がないと言えば嘘になる。冬夜がそばにいてくれるから大丈夫だと思っても、今の家を出て他家へ行くのは怖い。
しかし、茉莉の力もあれからかなり向上し、以前の弱々しさは消え、力強さを身につけている。黒水家の一員としてしっかりとやっていけると感じている。
そんなことを思案していると、急に冬夜の踏みしめる玉砂利の音が止んだ。茉莉も足を止め、どうしたのだろうかと冬夜を見る。
「茉莉さん、私たちは結婚することが決まっています。だけど、私の気持ちをあなたに伝えたい。」
冬夜が突然、真摯な表情で告げる。
「私は武人です。戦になれば、この国、そして北の地を守るために最前線へ出ていかなければなりません。そんな私の心の支えになってほしい。茉莉、愛しています。私と結婚してください。」
そう告げると、冬夜は茉莉を抱き寄せる。冬夜の温かい体が伝わり、茉莉は思わず心臓が飛び出しそうになる。心臓の音が大きく響き、冬夜にも聞こえているのではないかと恥ずかしさを感じる。
しかし、茉莉も自身の気持ちを言葉にする。
「私も、冬夜様をお慕い申し上げております。」
結婚することが決まっている二人だが、心を通わせることができ、幸せに満ち溢れていた。世の中には夫婦といえども本当に愛し合っている人は少ないと聞く。特に親が決めた相手であれば、なかなかそうはいかないだろう。
冬夜から求婚され、茉莉は幸せを噛み締めるのであった。