第1章 突然の別れ⑥
冬夜とは顔合わせした後には月に数回会うようになっていた。
今日は冬夜に誘われて、黒水家が治める北の地を案内してもらうことになっていた。
嫁入りしたら、茉莉も住むことになる。
先に案内してもらえるのはとてもありがたい。
茉莉の住まう西の地にはない高い山々が国境の最北の地にそびえる。
その高さはまさに北の鉄壁と言うべきだろう。
他者を一切寄せ付けない恐ろしさを醸し出す。
北の地の特産である酒や栗、大豆、豚肉を売る賑やかな商店街。
そこを二人で並んで、正式には茉莉は冬夜から半歩下がった位置で歩いていた。
初めての地はとても楽しく、見たことがないものも多く、思わずキョロキョロしてしまう。
「楽しいですか?」
冬夜が優しく話しかけた。
「はい!ありがとうございます。わたくしの住まう西の地とは全く違う風景ですし、お店に並んでいるものも違います。とても楽しいです。」
「それはよかった。」
茉莉が微笑みながら言うと、冬夜も微笑み返してくれる。
とても優しい笑顔だ。
端正な顔立ちに武人らしい体つき。それなのに茉莉に接する時の表情はいつも穏やかなのである。
そんな冬夜の笑顔を見ると心がときめいてしまう。
この気持ちは何かしら・・・
冬夜を大切にしたい。この人に一生ついていきたい。守りたい。
考えを巡らしていたその時。
「危ない!!」
冬夜が叫ぶと、茉莉の手を引いて自分の懐に抱き寄せた。
考え事をしながら歩いていたからか、後ろからくる馬に気づかなかったのだ。
「きゃぁ!」
思わず叫ぶと「大丈夫ですか?」と頭の上から声がする。
見上げると冬夜の顔がとても近くにあった。
「だ、だ、大丈夫です。ありがとうございます。」
「あ・・・」
そういうと冬夜は頬を真っ赤に染めパッと飛び退き茉莉と距離を取った。
「も、申し訳ありません。なんか力一杯引っ張ってしまって・・・痛くありませんでしたか?」
目を右往左往させながら冬夜は茉莉に尋ねる。
武人らしく凛々しい顔が、頬を赤く染めるのはなんとも可愛らしかった。
そんな冬夜の表情を見て「ふふっ」と笑いながら「大丈夫ですよ」と告げる。
「冬夜さまが気づいていなければ、私は怪我をしていたかもしれません。本当にありがとうございました。」
そう言い、深々と頭を下げる。
冬夜は頬を左手の人差し指でかきながら、「ならよかった・・・」とボソッと呟いた。
「あのっ・・・!」
少し大きい声にビクッとして冬夜の顔を見る。
何か言いたいのだろうか。口を開けたり閉じたりモゴモゴさせたりしている。
不思議そうに首を傾けて見る茉莉に聞こえるかどうかの小さい声で、
「また危ない目に遭うかもしれないので、て、手を繋いでもいいですか?」
と恐る恐る呟く。
驚き、思わず目を丸くした茉莉は、恥ずかしくなった。
手を繋ぐだなんて、どうしよう・・・
だけど北の地は武人の多く住まう土地であるから、先のように馬を走らせて行く武人も多くいる。
怪我をしてしまって冬夜に迷惑がかかるのも困る。
俯き、頬を赤らめながら小さく「はい」と答えた。
冬夜から差し出された手を優しく握る。
冬夜の手のひらは剣の稽古をしているからか、タコができており少しゴツゴツしていた。
でもその手はとても温かく、優しかった。
茉莉は俯きながら、冬夜は茉莉とは逆の方を見て歩いている。
ぎこちなく二人で手を繋ぎ、街を散策したのだった。