第1章 突然の別れ⑤
冬夜との顔合わせを終えた茉莉は、安堵した。冬夜は武人らしい佇まいであるが、心優しく、素敵な男性だったからだ。
「冬夜さんにふさわしい妻になるために、私も頑張らないと・・・」
茉莉はまだまだ能力の使い方が不安定である。その力を自分の思うように使えるように、小さい頃から大好きな桃の木で鍛錬をしようと赴いた。
桃の木は青々とした葉が茂り、木陰は涼しかった。幼い頃は、この木の下でよく泣いていたものだ。
そんな昔のことを思い浮かべながら、鍛錬をしようとしたところ、いつも茉莉が桃の木のそばに来ると現れる一匹の猫がそばに寄ってきた。
いつもは艶やかな銀色の毛並みをなびかせながら澄まし顔で擦り寄ってくるのに、今日はなんだか毛並みがくすんでいて足取りもおぼつかない。
「猫さん、元気ないの?」
茉莉が問いかけると力なく「にゃあ」と鳴いた。毛並みがくすんでいるだけでなく、目にも力がない。どうしたのだろうか・・・
いつもは茉莉が術の鍛錬をしているのを、茉莉の横で座って見ているのだが、今日はだらしなく地面に横になっている。よく見ると、少し息が上がっているようにも見える。体調でも悪いのだろうか。
「猫さん、ちょっとの間、大人しくしててね。」
そう言うと、茉莉は手のひらに力を集めることに集中する。相手は小さい猫だ。あまり大きな力を作ってしまったら、逆効果かもしれない。
そう思い、手のひらに力が集まったことを感じた茉莉は、猫を優しく撫でた。猫は茉莉に撫でられた瞬間、全身の毛がブワッと逆立ち、ひとまわり大きくなったように見えた。猫自身もびっくりしたように、目を見開いている。くすんだ毛並みは元通りに艶やかなものに戻り、綺麗な黄色い目も力を取り戻し元気になったようだ。
猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら茉莉の元に擦り寄ってくる。喜んでいるみたいだ。
「元気になったみたいでよかった!」
茉莉が微笑み猫を撫でると、猫は喜んだように「にゃあ〜」と鳴き膝の上に飛び乗った。猫をぎゅっと抱きしめると温かさが伝わってくる。
「あのね、私、もう少ししたら結婚するの。」
猫が人間の言葉を理解することはないのだろうが、小さい頃より茉莉のことを励ますようにそばにいた猫に結婚の報告をした。猫はその言葉が理解できたのか、目を丸くする。
人間だったら「ありえない・・・」と言うような表情だ。
「・・・?」
そんな猫の表情を不思議に感じたが、気のせいかもしれないと思い、自分の能力を高める鍛錬を始めたのだった。