第1章 突然の別れ④
「そろそろ顔合わせをしてはどうかと黒水家からお話が来ているのよ。」
そう母から告げられたのは、術を練習し始めてから半年が経った頃だった。
ずいぶん術の使い方にも慣れ、大きな対象も難なく回復させられるようになった。
「わかりました、お母様。」
それから1週間後、両家は顔合わせを行うこととなった。
正式な婚約は1年半後であるが、その前に結婚するもの同士、お互いのことを知るために先に会っておいた方が良いだろうという両家の判断である。
茉莉は白地に四季の花が散りばめられた振袖を着ており、とても美しかった。
両親と共に先に料亭の座敷に座って待っていると、そこへ黒水家が現れた。
「いやぁ、大変お待たせいたして申し訳ありませんでした。」
当主の闘吉は席につくと同時に謝罪する。
茉莉は両手を畳に美しく置き、頭を下げて黒水家が席に着くのを待つ。
心臓の音が外に聞こえるのではないかと思うほど高鳴っていた。
恥ずかしさと緊張から、顔も真っ赤になっているのであろう。
頬が熱くなるのを感じた。
黒水家の全員が席についたのを確認した茉莉は挨拶をした。
「茉莉と申します。どうぞよろしくお願いします。」
頭をさらに深く下げる。
「冬夜です。よろしくお願いします。顔を上げてください、茉莉さん。」
そう声をかけられ、ゆっくりと顔をあげる。
目の前には精悍な顔立ちの美しい男性が座っていた。
艶やかな黒髪は武人らしく頭の高い位置で一つに束ねられている。
切れ長の目には黒曜石のような黒い瞳。
武人らしい逞しい体つき。
優しげな表情。
「とても素敵な方・・・」
そう思った途端、赤かった頬がさらに真っ赤になり、耳まで赤くなったのだった。
あまりの緊張で話が全く耳に入らない。
ずっと俯いたまま、両手の拳をギュッと握りしめていた。
婚約の日程や結婚の日取りなどを確認し合っている間、茉莉は恥ずかしくて顔を上げることができなかった。
「少し、二人きりでお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
声をかけてきたのは冬夜だった。
「はい・・・」
緊張した面持ちで答えると、二人で料亭の庭に出て散策しながら話し始める。
「緊張しましたね。」
「はい・・・」
冬夜に話しかけられても返事ぐらいしかできない。
自分を不甲斐なく思いつつ、何を話したらいいのか思案する。
会話の糸口が見えず困った茉莉は、池のほとりの花の蕾に微笑みながら手を翳すと、一面に花が咲いた。
その美しい光景に、冬夜の心は大きく揺さぶられる。
今まで恥ずかしそうにしていた少女が、嘘のように美しく微笑み、花を咲かせているのである。
自分にもこの微笑みを向けられたらどんなに幸福であろうか、と思ってしまう。
「素晴らしいですね。これが茉莉さんの能力ですか?」
「はい・・・まだ弱いですけど・・・」
そう言いながら冬夜に微笑みかける。
二人の視線が交わり、今度は冬夜の方が頬を赤らめる。
冬夜の思いを知りたいと思った茉莉は思い切って口を開いた。
「あの・・・冬夜さま」
「なんですか?」
「わたくしのような者が貴方様の妻になってもよろしいのでしょうか」
冬夜は驚いて目を見開いた。
我々守護神を守る一族は決められた相手と結婚する。
それには自分の意思は反映されないのも知っている。
だから、自分には相手を選ぶことなできない。
しかも、茉莉の能力は黒水家にはとても有力なものだ。
茉莉の持つ力も素晴らしいが、彼女は心根がとても綺麗で優しい。
庭の草花や木に止まっている小鳥を見る彼女の表情はとても柔らかであった。
縁談を断ることもできないのだが、断る必要もない。
茉莉こそ、この国を守っていく伴侶にふさわしいと感じた冬夜。
「もちろんじゃないですか!今後も度々お会いしてお話をしたいです。」
二人の明るい未来を予感させるような、心温まる言葉を交わすのだった。