第5章 絆①
ここはどこだろう?茉莉は暗闇をさまよっていた。周りは薄暗く、何も見えない。足を前に出すたびに、体がふわりと軽く感じる。どれくらい時間が経ったのか分からないが、長い間、ここにいる。死んだのかもしれないと思ったが、確信はない。ただ、この空間は心地よく、嫌な気持ちはしなかった。
どこに向かえばいいのか分からないまま、ふわりと歩いていると、微かに声が聞こえた。
「茉莉、茉莉。」
何度も呼びかけられる。周りを見渡しても、人の気配はなく、誰もいない。
「私はここです!ここにいます!」
返事をするが、聞こえただろうか。声の方へふわりと歩いていくと、目の前に小さな光が見えた。その光の方からはっきりと声がした。
「茉莉、戻ってきてくれ、頼む。茉莉!」
その声は、翔斗の声だった。今すぐにでも会いたい人の声だ。
「翔斗様、そちらに行きます。」
光の方へ駆けていくと、光はどんどん大きくなり、茉莉の体を包み込んだ。瞼の裏に強い光が入り込み、目をゆっくりと開ける。
ここはどこだろう?寝台に寝かされているが、知らない部屋だ。ゆっくり横を見ると、茉莉の手を握った翔斗が額をつけて、うわごとのように茉莉の名前を呼んでいた。
「翔斗様?」
弱々しく声をかけると、翔斗はガバッと頭を持ち上げた。
「茉莉、気が付いたか?」
「こ、ここは・・・?」
「心配するな。俺の寝室だ。」
翔斗は邪神の元から茉莉を取り戻した後、心配だから・・・と自分の寝台に茉莉を寝かせていた。仕事も寝室に持ち込み、四六時中茉莉のそばを離れなかった。
「あ、あの、私は一体・・・何があったのでしょうか?」
「覚えていないのか?」
「は、はい・・・冬夜様が翔斗様に攻撃したのを見て、無意識に飛び出したところまでは覚えているのですが・・・」
「そうだな。それからずっと意識を失っていたからな。」
翔斗は茉莉が冬夜の術を受けて邪神の元に連れ去られたこと、邪神の潜伏先を見つけ邪神を抹消し茉莉を救出したこと、茉莉が宮に戻ってから5日間目を覚まさなかったことを伝えた。
「そんなことがあったのですね・・・」
「あぁ。医師にも見てもらったのだが、受けた術が強すぎて全て取り除くことができなかったようだ。あとは、茉莉自身の回復能力に頼るしかないと・・・本当に目覚めてよかった。」
翔斗はぎゅっと茉莉を抱きしめた。耳元で、本当に良かった、と何度も呟いている。
「とても不安だったんだ。茉莉を失うのかもしれないと思うのが。」
抱きしめる腕に力が入った。
「翔斗様・・・」
茉莉も翔斗の背中に腕を回し言葉を続けた。
「私に何があっても必ず守るって言ってくださったでしょう?翔斗様を信じていました。ありがとうございます。」
翔斗の胸に抱かれて涙が溢れた。茉莉が自分で人質になることを提案したものの、邪神の元で目を覚ましていたら、どうなっていただろうか?もしかしたら命がなかったかもしれない。そう思うと恐怖を感じたのだ。
「お前を取り戻せて良かったよ。」
翔斗は茉莉の頭をそっと撫で、涙を拭った。
「二度と離さないと言ったのに、約束破ってしまってすまなかった・・・」
申し訳なさそうな翔斗の顔は幼い少年のようだった。猫の姿だったら、耳を伏せ尻尾も下がっている状態なのだろう。その姿を想像すると、茉莉はクスッと笑った。
「な、なんだよ。」
「いいえ、可愛いなと思いまして。」
翔斗の顔が赤くなる。こうやってからかうのもたまにはいいかもしれない。
「あ、あの。冬夜様はどうされましたでしょうか?」
「あぁ、茉莉の元婚約者か?本来であれば邪神に与したことで抹消の対象なのだが・・・」
茉莉がひゅうっと息を呑むのが聞こえる。翔斗は言葉を続けた。
「あいつを抹消してしまったら、お前が悲しむと思って、烙印だけ押しておいたよ。」
冬夜の犯した罪は消えない。だが、生きた存在すら消してしまっては、茉莉が歩んできた過去も消し去ってしまうようだった。過去は関係ない。だが思い出は大切にしたいはずだからだ。
「ありがとうございます。翔斗様・・・」
茉莉は改めて翔斗の優しさに触れ、翔斗を大切に思う気持ちが増したのだった。
茉莉が目覚めたことを聞いた翔斗の側近たち3人は、大いに喜んだ。茉莉の救出に一役買った大和は安堵の表情が隠せない。日向は涙を浮かべながら、茉莉に抱きついてきた。
「茉莉ちゃーん!心配したんだよー」
茉莉にくっつく日向を引き剥がし、翔斗は拳骨を落とす。
「馴れ馴れしく茉莉に抱きつくな。」
「だってー。心配したんだよー。」
グスッ、と涙ぐみながら茉莉を見つめる。日向はいつだって子犬のような雰囲気を醸し出している。理玖もいつもは気難しそうな顔をしているのに、眼鏡の奥が少し潤んでいるようだ。あまり表情を崩さない彼も「良かった・・・」とこぼしている。
「皆さん、ご心配をおかけしました。ありがとうございました。」
翔斗の周りの人たちは本当に温かい。みんな笑顔で接してくれる。茉莉はずっとここにいたいと思った。
「あの、私、お役に立てたでしょうか?」
承認の意味を含んだ4人の笑顔に、茉莉も破顔した。




