第4章 邪神⑧
西の地に戻った翔斗は頭を抱えこんだ。
「白虎様、茉莉様のことは如何なさるのですか?」
大和が青ざめた顔で尋ねた。大和にとっても衝撃だったのであろう。この地が戦場になるかもしれない不安がよぎる。
「・・・そうだな・・・」
翔斗はため息を漏らしながら力無く答える。このまま翔斗のそばに置いて自分は茉莉のことを守りきれるのか?都で彪人の強固な守りの元でいた方が安全なのではないか?頭がぐちゃぐちゃになり自分では決められない。
はぁ、と大きなため息を吐く。そんなことはお構いなしに、執務室に明るい声が響き渡る。
「あれー?二人ともなんでそんなに暗い顔してるのー?」
日向に声をかけられた大和はヒソヒソと都での出来事を話した。それを聞いた日向は顔色を変えて翔斗を見る。
「し、翔斗さん・・・俺、理玖にも伝えてくる!」
日向は急いで執務室を後にする。さほど時間も経たずに日向は理玖を連れてきた。
「白虎様、話は日向から聞きました・・・そ、それでどうなさるおつもりですか?」
翔斗は自分の考えがまとまらない。茉莉を都で守ってもらうか、それとも自身の宮で守るか。刺客をどのように殲滅するか。殲滅するにあたってどのように刺客を探し出すか、どこで戦うか。考えられること全てを側近たちに吐露した。自分一人で考えがまとまらない時は、いつも側近たちが助けてくれる。だが今回ばかりは、全員で頭を抱えたのだった。
「街は被害が大きくなるので、避けた方が良いかと・・・」
「山に誘き出しては?」
「どうやって刺客を見つけるかだが・・・」
「茉莉様は都に移ってもらった方が安心ではないでしょうか?」
堂々巡りの話し合いは、明け方まで続いた。特に、茉莉の身柄については慎重に扱わなければならない。結局、結論が出ないままだ。このままだといつ刺客がやってくるかも分からない。頭を抱えている翔斗に日向が言った。
「いっそのこと、茉莉ちゃんに伝えてみたら?」
「・・・っ!そんなことできるはずが・・・」
「でもさ、俺たちが勝手に決めても、きっと受け入れてくれると思うけど、本人の希望も聞いてみた方がいいと思うんだよな・・・」
「・・・」
翔斗はそう言えば・・・と茉莉の言葉を思い出した。一人で抱え込まないでと言ってきたのは、自分にも相談して欲しいという意味ではないだろうか。翔斗はつっかえていたものが外れたような気がして、ふっ、と笑った。
「そうだな。茉莉にはきちんと伝えた方がいいかもしれん。今から行ってくるか。」
そう言うとすぐさま執務室を後にした。だがしかし、茉莉に伝えたとしてどんな反応をするのだろうかと不安でもある。茉莉の部屋の前で戸惑いながらも、「茉莉、私だ。入るぞ。」と声をかけて茉莉の部屋に入った。
「翔斗様!こんなお時間にどうされたのですか?」
笑顔を翔斗に向けながら、パタパタと駆け寄って来る。愛おしく思い、微笑み返した。
「茉莉に大切な話があるんだが、いいか?」
「大切な話・・・ですか?」
「あぁ・・・」
二人は長椅子にゆったりと腰掛けた。茉莉はお茶を入れ、翔斗の前の卓の上に置いた。差し出されたお茶を一口飲み、乾燥した唇を湿らせてから話し始める。
「実は、邪神が平城の国を襲うかもしれないと彪人様がおっしゃっていた。」
「邪神は死んだのではなかったのですか?」
「どうも、既の所で魂だけ抜け出たそうだ。」
「・・・」
「そして、邪神は体を取り戻そうとしているらしい。」
「ま、まさか?!」
「そのためにお前の力を利用しようとしているようだ。」
茉莉は自分の力を過小評価していた。結界を修復したり人の傷を癒すぐらいしかできない力。だが自分が思っている以上にこの国ではこの力が貴重なようだ。力を狙われるなど、想像だにできなかった。茉莉は顔がみるみる青ざめていった。
「茉莉、大丈夫か?」
翔斗は青い顔をした茉莉の肩を優しく抱いた。茉莉は言葉を出すことができないのか、コクコクと頷く。なんとか落ち着きを取り戻した茉莉は翔斗に聞いた。
「それで・・・邪神は直接私を狙ってくるのでしょうか?」
「いや、どうも刺客がいるらしい。この前、一緒に街に出た時、民とは違う気配を感じた。おそらく街に紛れ込んでいるのだろう。」
「な、なんてこと!」
思わず手で口を押さえる。あの幸せそうな街の人たちの笑顔が思い出される。みんなに被害が出るのは絶対に避けたいと思ってしまった。
「彪人様は茉莉を都で守っても良いとおっしゃってくださった。茉莉が望むのであれば、そうするといいだろう・・・」
ふと表情を暗くした翔斗は、茉莉に悟られまいと、目を逸らした。
「いいえ、私は都へは参りません。」
茉莉の返答に驚いた翔斗は目を丸くし、茉莉を見つめた。彼女は何かを決意したような表情をしている。
「この宮に残ると言うのか?そうであれば、結界をさらに強くしておく。」
「いえ、その必要はありません。」
茉莉は翔斗に向かって、自分の考えを淡々と告げた。
「もし、私に何かあっても、翔斗様は必ず私を助けに来てくれるでしょう?」
そう言いながら翔斗の手を取り、手の甲に口付けした。茉莉の柔らかい唇の感触を手の甲で感じる。
「あぁ、もちろんだ・・・」
決して茉莉を離すものかと心に誓い、茉莉をぎゅっと強く抱きしめた。




