第3章 神の国⑨
あくる日、翔斗は大和を護衛につけ、茉莉を西の地の結界が張られている場所に連れて行った。結界を見ると、ところどころ厚みが薄くなっている部分があった。翔斗は茉莉に尋ねた。
「どこの結界が薄くなっているか分かるか?」
「はい、この辺りとあそこと・・・」
茉莉は薄くなっている部分を指摘した。
「うん、いいだろう。では、薄くなっている結界を修復してみてくれ。」
「はい!」
茉莉は作業に取り掛かると、みるみるうちに結界が修復されていった。側で見ていた大和は驚きの声を漏らした。
「理玖に聞いた通りですね。茉莉様の力は素晴らしいです。」
「お褒めいただき、ありがとうございます。」
茉莉は結界を修復しながら大和に礼を言う。結界は次々に修復され、あっという間に完了した。茉莉は汗を拭きながら翔斗に聞いた。
「いかがでしょうか?」
「すごいな!こんな短期間で修復できるとは。」
「ありがとうございます。」
「それでは明日にでも、南の地に行ってもらおうか。」
「・・・分かりました。」
翔斗は手のひらをくるっと返し、小さな半透明の虎が2匹出した。
「彪人陛下と扇羽に明日、西の地を出立すると伝えてくれ。」
伝言を受けた虎は空を駆けていった。
「あれは?」
「『通』と言って、伝言や連絡に使うんだ。」
「可愛い虎さんですね。」
「ははは、そうだな。あいつらは伝言に行った相手からすぐに返事をもらって帰ってくるから優秀なんだよ。」
「それは便利ですね。」
茉莉は下界での文の遅さを思い、「これが下界にもあればいいのに・・・」と呟いた。『通』はすぐに戻ってきて、翔斗は彪人陛下と扇羽からの返事を受け取った。
「彪人陛下は明日の朝から軍を出してくださるそうだ。扇羽も了解したとのことだから、茉莉は明日の朝、出立してくれ。」
「はい、分かりました。」
茉莉は緊張した面持ちで答えた。
「大和も明日、よろしく頼む。」
「承知いたしました。」
「では急ぎ戻り、出立の準備をしよう。」
宮に戻った茉莉は、少々緊張した面持ちで雪と共に準備を整えていた。雪が動きやすい着物を持って来てくれたので試着してみると、武人のような服装で、大和が着ていたものとよく似ている。袴は動きやすく、茉莉は母が巫女装束で袴を着用していたことを思い出した。
「袴って動きやすいですね。」
「ここでは女性でも作業をする時などはこの服を着るのですよ。」
茉莉は試着した着物を畳みながら話す雪に感謝した。これなら結界を張る作業で歩き回っても裾が邪魔にならずに済む。作業効率が上がりそうだ。
「さあ、間も無く夕食の時刻です。白虎様がいらっしゃいますよ。」
雪は退室し、すぐに美味しそうな香りが部屋一面に広がった。ここに来て数日しか経っていないのに、毎日が目まぐるしく動いている。明日から南の地へ行くことになるから、しばらく翔斗とも会えない。そう感じた瞬間、胸の辺りがきゅっと痛むのを感じた。
「茉莉、俺だ。」
扉の外から翔斗の声が聞こえた。茉莉はいそいそと扉まで行き、翔斗を招き入れた。
「出立の準備は整ったか?」
翔斗は優しく茉莉の頭を撫でた。翔斗の手は大きくて温かい。
「はい・・・」
茉莉は俯いた。そんな彼女を心配そうに翔斗が覗き込む。
「何か心配事でもあるのか?」
「わ、私にお役目ができるか今になって不安になってきました。」
「大丈夫だ!今日だってできただろう?」
翔斗は茉莉の頭をくしゃっと撫で、「さあ、食事をしよう」と言いながら椅子に向かおうとする翔斗の袖を茉莉は掴んだ。翔斗は驚いて茉莉を見る。
「どうした?」
「あの・・・翔斗様に明日から会えないのが少し寂しくて・・・」
翔斗は茉莉の腕を引き寄せ、強く抱きしめた。
「俺も寂しい。だから無事に1日も早く帰ってきてくれ。」
優しく頭に口付けをする翔斗。
「翔斗様・・・」
茉莉は翔斗の優しい温もりを感じ、心臓がドクン、ドクンと激しく音を立てているのが分かった。心臓の音が翔斗に聞こえるのではないかと不安にも思うが、このまま彼に触れていたいと思ってしまった。
「さあ、明日の朝の出立は早い。食事を取ろう。」
翔斗に促され、二人で食事を取る。このままの時間が続けばいいのにと願ってしまう。茉莉を緊張させまいと、翔斗は終始にこやかだった。
「そう言えば、まだ伝えてなかったな。外界での儀式のことだが、彪人陛下が直々に四神を守る一族を集め、話をしてくれることになった。」
「そうなのですか?」
茉莉はパッと明るい笑顔になった。誤解が解ければ、儀式を恐れることもなくなるだろう。この国にとってもいいことに違いない。
「翔斗様、ありがとうございました。」
「気にするな。」
翔斗は食事を口に運びながら答えた。これぐらいなんてことはない。この国を愛する気持ちが強く、より良くなる方法を考えていたからだ。逆に茉莉の助言はとてもありがたいものだった。
二人で他愛もない話をしながら食事を取る。だが、時間は残酷にもあっという間に過ぎてしまった。食事が終わり、席を立った翔斗は懐から髪紐を取り出した。翔斗の髪紐と同じ色のものだ。
「茉莉、明日からこの髪紐を使ってくれ。お前を守るように術をかけておいた。」
綺麗な紫色の髪紐を手渡された茉莉は、思わず翔斗に抱きついた。
「ありがとうございます!」
翔斗の温もりを感じながら、彼の優しさを噛み締めた。




