第3章 神の国⑦
「それにしても、茉莉様の力は本当に強力ですね・・・」
茉莉が執務室を去った後、大和は驚きを隠せなかった。
「同じ部屋にいただけで疲れが取れました。白虎様が頻繁に外界に通われていたのも納得です。」
「白虎様は外界に通うようになってから、日に日に体調が良くなられましたからね・・・」
理玖は懐かしむように言った。体の弱かった翔斗が現在健やかに過ごしているのも、茉莉のおかげだった。
「そうだろう?本人はあまり気づいていないのだがな。」
翔斗は自慢げに顔を上げた。
「さて、さっき話があると言ったことだが。」
「彪人陛下からは、なんと?」
大和の問いに、翔斗は頷きながら続けた。
「先見が降りてこられたようで、近々邪神が攻め入ってくるそうだ。」
「この西の地にですか?」
「いや、結界が弱くなっている南の地だそうだ。」
「では、我々は南へ出る準備が必要ですね。」
大和の問いに翔斗は首肯する。
「この国の結界はどこも弱くなっている。西の守りも万全にしておかねばならんだろうから、全兵力を出すわけにはいかない。」
「そうなりますね。」
「だが、邪神の侵入の時期はまだ分かっていないようで、陛下からは茉莉の力を借り結界の強度を強化したいと言われている。」
翔斗はため息をつく。
「陛下の軍を出してくださるとのことだ。そして、できるだけ早く行ってほしいと言われている・・・」
だがな、と付け加えた。
「茉莉は自分が結界を張れるとは思っていないだろう。急に結界を張れと言われてできるものでもない。しばらく練習させてから行かせようと思っている。」
確かに、と皆が頷いた。
「南に行く時には、大和、兵をいくらか連れて行き、茉莉の護衛をしてくれ。」
「承知しました。私が直接向かった方が、万が一、結界が破られて侵入を許しても対処できますから。」
「頼む。」
翔斗は大和に頭を下げた。
「残りの二人は、大和から指示を受けて西の地に侵入された時の備えを頼む。」
「「承知しました。」」
翔斗の本心としては自分が茉莉の護衛をしたいが、長期間この地を離れることは難しい。苦渋の決断だった。
「今日の午後から茉莉に結界の張り方を教えようと思うが、理玖は護衛としてついてくることは可能か?」
「はい、問題ありません。」
「それでは、頼む。俺からは以上だ。」
大和と理玖は深々と礼をし、退室した。翔斗は窓から空を仰ぐ。
「何も起こらなければいいが・・・」
不安を覚えながらも、昼食の際に茉莉に南へ行ってもらうことを告げようと心に決めた。
昼食の準備が整ったとの連絡を受け、翔斗は茉莉の部屋に向かった。茉莉と二人きりで会えるのが嬉しいはずなのに、彪人陛下の指示でしばらく離れ離れにならなければいけないのが心苦しかった。もし南に行っている時に何か起こったら・・・と考えると、気が気ではない。
「茉莉、私だ。」
扉の外から声をかけると、茉莉が扉を開けて出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、翔斗様。無理なお願いをして申し訳ありません。」
茉莉ににこやかに出迎えられ、思わず頬が緩む。
「いや、俺も忙しくて茉莉に会いに来ることができないから、時間を決めて会えるのは助かるよ。」
翔斗は茉莉の髪を指で絡めて、頬を優しく撫でた。恥ずかしそうに俯く茉莉が可愛くてたまらない。頑張れ、俺の理性。
部屋に入ると卓の上には食事が並んでいた。向かい合って座り、ゆったりと食事をしながら話をする。
「俺が小さい頃、体が弱かったのは知っているよな。」
「はい、雪さんからお伺いしています。」
「今、すっかり元気になったのは茉莉、お前のおかげだ。ありがとう。」
茉莉は困惑する。翔斗に何をしたわけでもないのに・・・
「俺が頻繁に茉莉に会いに行っていただろう?」
「あ、猫さんですね!」
「ああ。俺は森までは虎の姿か人間の姿でいることができるのだが、そこから外へはその姿で出られない。虎の姿が一歩森の外に出ると、猫に変わってしまうんだよ。」
「えぇ!そうなのですか・・・」
茉莉は大きな虎がポンと小さい猫に変身するのを想像して思わず、ふふふ、と笑う。
「私は猫さんにいつも癒されていましたよ。」
「そうか?」
言うが早いか、翔斗は猫の姿になって見せた。「まあ!」と驚く茉莉の膝の上にひょいと飛び乗る。茉莉はいつものように抱き寄せ頬擦りをした。頑張れ!俺の理性!そう自分を鼓舞したにも関わらず、翔斗は元の姿に戻ってしまい、茉莉の膝の上で抱き寄せられている形になる。二人の顔が密着している。それに気づいた二人はお互い、顔を赤らめた。
「すまん、調子に乗ってしまった。」
するりと茉莉の膝から降り、肩を抱いて頭に口付けをする。茉莉の心臓はドクン、ドクンと大きな音を立て、耳まで真っ赤になってしまった。翔斗がこほんと咳払いをして、席に戻り話を続ける。
「茉莉がよく俺のことを撫でてくれていただろう?お前には回復の能力があるから撫でられるたびに俺の体調はよくなっていったんだよ。」
「そう、だったんですね。」
茉莉は驚いて目を見開いた。ただ撫でていただけなのに。翔斗が続ける。
「俺がものすごく体調悪かった時は、術を使ってくれただろう?あれからはすっかり体も強くなってこの通りだ。」
翔斗は体の線は細いが、鍛えられている体つきだ。体が強くなってからは武術などを真剣にやったのだろう。
「お役に立てたのでしたら、何よりです。」
茉莉は頭を下げた。それからしばらくの間ゆっくりと食事をとりながら、二人は桃の木の下で過ごした時の昔話に花を咲かせた。食事が終了した時を見計らい、翔斗が茉莉に告げた。
「昨日、中央に行ってきたのだが、その際、陛下から命があってな。南の結界が弱くなっているから茉莉に結界補強を手伝って欲しいとのことだ。」
「あ、あの・・・私、結界の張り方を知りませんができるのでしょうか?」
「あぁ、そうだと思っていた。だから今日、これから結界を張る練習を一緒にしてみないか?」
「教えていただけるのでしたら、嬉しいです。」
以前、翔斗が言ったことを思い出す。ここの結界が破られたら、故郷も危うくなるのだと。
「私、戦で人が亡くなるのはもう嫌なんです!ですから、このお役目、しっかり頑張ります!」
「分かった。それでは、俺が手取り足取り教えてやるから、一緒に頑張ろうな。」
「はいっ!」
茉莉の目は未来を見据えてキラキラと輝いていた。




