第3章 神の国⑤
雪は翔斗が都へ行くことになったと茉莉に伝えに行くと、茉莉から書物を貸してほしいと頼まれた。少しでもこの国のことを知りたいのだという。雪はいくつか書物を見繕い、茉莉に届けた。
「ありがとう、雪さん。これで時間が潰せそうだわ。」
茉莉は笑顔で感謝した。部屋から出てみたい気持ちはあったが、広い宮で迷子になるのが心配だったし、立ち入り禁止の場所があるかもしれないと思ったため、書物を借りて時間を潰そうと考えたのだ。
「いえいえ、何でもおっしゃってくださいね、茉莉様。」
雪は何かを思い出したように手を叩いた。
「そう言えば、白虎様から宮を案内するように言われていました!」
「本当ですか?」
茉莉は表情を明るくした。ちょうど部屋から出てみたいと思っていたところだったからだ。
「それでは夕食まで少し時間がありますから、今からご案内しましょうか?」
「ぜひお願いします!」
雪は茉莉を先導して宮を案内し始めた。中庭に面した長い廊下、鮮やかな丹塗りの虹梁が周囲を明るく照らしている。
茉莉がいる宮は、翔斗、先代白虎の凪と妻の葵の部屋、側近や護衛の仮眠室、侍女たちの個室、そして台所がある。まずは翔斗の部屋に案内された。
「こちらが白虎様のお部屋です。今は別々のお部屋でお過ごしですが、結婚の儀が終わったらこちらのお部屋に移っていただきます。」
雪はおほほ、と嬉しそうに笑った。茉莉はその言葉に顔を赤らめた。そんな茉莉を気にせず、雪は続けた。
「私は幼い頃から坊ちゃんのお世話をしていましたから、茉莉様が坊ちゃんのお嫁さんになると聞いて本当に嬉しいです。昔から茉莉様のことが好きでしたから・・・」
雪は目頭を抑えながら話した。翔斗が猫の姿で茉莉に会いに行っていたことを思い出し、茉莉は「ふふっ」微笑んだ。
部屋を一つずつ紹介してもらい、最後に台所に着いた。夕食の支度が進んでいるのか、いい香りが広がっていた。
「いい香り!私にも作り方を教えてもらえないかしら?」
「茉莉様は料理をされるのですか?」
「はい、家では私が家族の食事を作っていましたから。」
「それは素敵ですね。でもこちらでは料理担当の者がいるので、茉莉様に作っていただくことは難しいかもしれませんね。」
「そうですか・・・それは残念です。」
茉莉は少しでもお手伝いができたらと思ったが、郷に入っては郷に従えなので諦めるしかなかった。それでは、と茉莉は雪に聞いてみる。
「あの、雪さん。」
「なんでしょうか?」
「翔斗さん、いえ、白虎様と一緒に食事をとることはできますか?」
茉莉が尋ねると、雪は喜んで目を輝かせた。
「坊ちゃんはきっと喜ばれると思います。ただ、朝食は朝餐が多いので無理かもしれませんが、昼食と夕食は一緒に食べられるか聞いておきますね。」
朝餐とは朝食をとりながら役人達と政治の話をする時間である。日中の執務以外にも朝の時間も有効に使っているようだ。
茉莉は「ありがとうございます」と雪に礼を言った。翔斗のことをもっと知りたくなり、急にこんなことを思い立った。少し恥ずかしかったが、翔斗のそばにいるのだから知りたいと思うのも当然だった。
「それではそろそろ夕食の時間ですから、お部屋に戻りましょう。今日は坊ちゃんは中央に行かれていて帰りが遅いでしょうから。」
二人は茉莉の部屋へ戻った。




