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白虎様の妻になりました  作者: 海野雫
第3章 神の国

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第3章 神の国④

茉莉の部屋を後にした翔斗(しょうと)は、口元の綻びを隠しきれなかった。茉莉が翔斗の求婚を受け入れてくれたのだ。本当はあの後、口付けをして、そのまま長椅子に押し倒したい気持ちもあったが、理性でそれを抑えた。


「はぁ、いつまでこの理性が保てることやら・・・」


これまでは忙しい仕事の合間を縫って外界まで行き、茉莉に会いに行っていたが、これからはいつでも会おうと思えば会える状況だ。自然と顔がにやけてしまう。


しかし、自分の気持ちだけを押し付けて結婚するのはどうかとも思う。茉莉に対する愛は深いが、茉莉にも愛してほしい。結婚するまでにはまだ時間がある。茉莉を大切にしようと決意し、にやけながら執務室へ戻ると、日向(ひなた)が待っていた。翔斗の表情を見てからかう。


「あれー?翔斗さん、なんかにやけてない?」

「にやけてなんかないわ!」


とは言ったものの、まだ口角は上がっている。


「ところで何だ?何かあったのか?」

「はい、陛下が急ぎ来るようにとのことです。」


日向は普段は人懐っこい子犬のようだが、仕事となるとスイッチが切り替わり、できる男になる。普段の馴れ馴れしい言葉もきちんとしたものに変わる。


「そうか。それではお前もついて来い。大和(やまと)理玖(りく)に中央に行くと急いで伝えてきてくれ。お前が戻ったら出発しよう。」

「かしこまりました、白虎様。」


日向は執務室を後にする。日向同様、大和と理玖も翔斗の側近である。留守の間に何かあっても彼らなら適切な判断をしてくれると信じているので、任せられるのだ。翔斗は執務室の扉まで行き、外の護衛の一人に声をかけた。


「今から中央に行ってくる。雪に、中央に行って少し留守にすることを茉莉に伝えておくように言ってくれ。」

「はっ!」


護衛と入れ替わるように大和と理玖を連れて日向が戻ってきた。


「大和、理玖、今から中央に行ってくるから、あとは頼む。」

「承知しました、白虎様。」


二人は深々と頭を下げた。本当は茉莉にこの二人を紹介したかったが、陛下からの呼び出しであれば仕方ない。


「では行ってくる。」


日向と二人、執務室のある宮を出ると、広々とした広場で翔斗は虎の姿に転身し、空に向かって駆け上がった。中央まで空を駆ければそれほど時間はかからない。


神の国は平城の国の縮図だ。北を玄武、東を青龍、南を朱雀、西を白虎が守っている。そして中央には帝である麒麟の都がある。四神は麒麟より賜ったそれぞれの地で外界の民を守るのが役目である。妖などを退治し、結界を強めて外界への侵入を防ぐ。麒麟は帝として神の国と外界の平城の国を行き来している。四神は外界では人の姿を表すことができないが、麒麟だけは特別で、人の姿で現れることが可能である。


都が見えてきた。四神の住む地は周りを山に囲まれているが、都は平地で碁盤の目のように道路が張り巡らされ、瓦葺の家々が連なっている。帝の住まう平天宮は丹塗の柱に色とりどりの装飾が施され、煌びやかである。屋根の鴟尾(しび)も大きくキラキラと太陽に照らされていた。


大きな門の前の広場にゆっくりと降り立ち、再び人の姿に戻ると、門番はすぐさま門を開けてくれた。


帝の執務を行う極奏殿(きょくそうでん)へ入り、執務室まで歩を進める。


「翔斗、参りました。」

「入れ。」


入室の許可を得て、日向と共に執務室に入る。切れ長の目に白い肌、艶やかな黒髪を後ろで一つに束ねて前に流している、中性的な顔立ちの美しいお人が長椅子にゆったりと腰掛けていた。


「急に呼び立ててすまなかったな。勇暉(いさき)達もまもなく到着するであろうから、腰掛けて待っていてくれ。」

「ありがとうございます、彪人(あきひと)陛下。」


翔斗は長椅子に腰掛けた。


「して、お主は妻を娶るそうだな。」

「はい・・・」

「ようやくお主も一人前になるのう。幼馴染として余は嬉しいぞ。」

「ありがとうございます・・・陛下。彼女は強い回復能力を持ち合わせていますので心強いです。」


翔斗と彪人、それに玄武こと勇暉、青龍こと碧登(あおと)、朱雀こと扇羽(あおば)は幼い頃から一緒に学び、鍛え合い育ってきた仲だ。幼馴染と言っても過言ではない。中央には皇子や次期四神たちに強力な術を習得させる長宮院という場所がある。5人はここで出会い、共に学び育った。ただ翔斗は幼い頃は体が弱く、長宮院へ通うこともままならなかった。それでも翔斗は、彪人を守り、神の国、そして平城の国を平和にしたいという気持ちは誰よりも強かった。


「お主の父のように妻を大切にするのだぞ。」


思わず苦笑する。先代である父は、それはもう妻を大切にしている。一時も離れていられないらしく、いつも二人はベタベタくっついている。とはいえ、翔斗も茉莉を愛してやまない。おそらく同じようになるだろうと想像ができる。


「そうですね。」


にこやかに返答した。他愛もない幼馴染の会話を楽しんでいたところに、外から「暉勇、碧登、扇羽参りました」と低く通る声が響いた。


「入れ。」


彪人が入室を許可すると側近を連れた勇暉達が部屋に入ってきた。


「遅くなり申し訳ございません、彪人陛下。」

「よいよい、翔斗とは他愛もない話をしていたところよ。」


彪人は笏を口元に当て、ほほほと優雅に笑った。


「さて、早速だがの。先見が降りてきたので皆に伝えようと思う。」


先見とは帝の能力の一つで、未来を見ることができるものである。帝の先見のおかげで、小さな戦はあっても、大きな戦は避けられてきた。事前に備えができるからだ。


「近く、邪神が動き出すやもしれん。大きな戦になることが予想されるゆえ、結界を強化するように。」

「邪神は先の戦いで北の黒水家によって倒されたのでは?」


東を治める青龍、碧登が口を挟んだ。


「それだがの。直前に魂だけ抜け出たらしくてのう・・・」

「なんと厄介な・・・」


今度は北を治める勇暉が呟く。


「邪神は今、体を持たぬゆえ、妖や鬼どもを多数集めているようでな。」

「どの辺りから侵入されそうか先見ではわかりませんでしたか?」


南を治める朱雀、扇羽が尋ねた。彪人は「そうじゃな」と目を閉じた。やがて目カッと見開いた彪人の瞳は真っ赤になっている。未来を見ている証拠だ。


「ふむ。どうやら南の結界を破って入ってくるようじゃよ、扇羽。」

「そう、ですか・・・彪人様のお力も借りて結界を強化していますが、やはり我らの結界を張る能力が落ちてきているようです・・・」


ガックリと肩を落とす扇羽。現在、神の国での一番の問題は、結界がすぐに破られてしまうことだ。それは、結界を張る能力が落ちてきていると言う証拠でもある。


「お主は外界より妻を娶ったであろう?その者には回復能力はなかったのか?」

「はい、ございませんでした・・・」

「そうか・・・であれば、お主たちの子らも結界を張る能力が落ちるであろうの。」


彪人は右手に持った笏を左手の掌に打ち付けながら考えを巡らせている。それを見て翔斗は茉莉と交わした会話を思い出し、彪人に伝えることとした。


「恐れながら彪人陛下、提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「許す、言ってみよ。」


そこで翔斗は茉莉と話した内容を伝える。外界では人身御供として神の生贄になっていると勘違いされていること。このように考えられていれば、全く能力を持たない手頃な娘を差し出しているとも考えられる。


「なるほどのう。回復能力を持つ妻を娶るからこそ、子が生まれたらその能力を引き継いでいくと言うのに、それが叶わぬのだな。」

「はい、ですから我々四神の結界も近年は脆くなってきているのかと・・・」


翔斗の発言に「それでは。」と彪人が話を続ける。


「余が平城の国の四神を守る一族に、人身御供ではなく、妻として迎える儀式であることを伝えるとしよう。」

「それであれば、回復能力を持ったものを儀式に参加させると言うことを明確にしたらいかがでしょうか?」


翔斗の提案に「それはよいな。」と彪人は納得する。外界で行われる儀式が前向きに捉えられれば、国を守る力は強くなるだろう。儀式に参加する娘たちの気持ちも恐怖や不安は少なくなるはずだ。翔斗がホッと小さく息を吐いた時、勇暉が声を上げた。


「恐れながら陛下、先程の邪神の件はどういたしましょうか。」

「その件だがの。翔斗、お主の妻は回復能力があるのだろう?南の結界修復に当たらせてはもらえんだろうか?」

「っ・・・!陛下、茉莉とはまだ結婚の儀をとり行っていませんし、今日、こちらにきたばかりでして・・・」


やんわりとやめてほしいと伝えたつもりだったのだが・・・


「結界が破られる日は近いのじゃ。なんとかお願いできぬか。」


彪人に頼まれると、断りきれない、否、断れない。


「余の軍を出し、守りに当たらせるゆえ、心配せずともよい。できるだけ早く頼む。」

「承知いたしました、彪人陛下・・・」


翔斗は深々と頭を下げた。

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