第3章 神の国②
湯殿から部屋に戻ると、雪が着物の準備をしていた。
「茉莉様、こちらにお着替えください。それからお履き物はこちらを。」
雪が差し出したのは、茉莉が今まで見たことのない美しい着物だった。
茉莉が普段着ていた着物とは異なり、上着と下着が分かれている。上着は白地に金の糸で刺繍された唐衣、下は黒紫の裳、緑の布地に赤い刺繍が施された帯、薄い白地の領布。どれも手触りの良い上等の絹素材で作られている。
初めて見る着物に驚き、戸惑っていると、雪が優しく着付けてくれた。
「これからはこちらの着物を着ていただきます。着付け方が分からなければ、いつでもおっしゃってくださいね。」
優しい言葉をかけられ、茉莉は安堵の気持ちでいっぱいになった。
茉莉が今まで着ていた着物は、体にピッタリ密着するものであったが、上下が分かれており、裳がゆったりしていてゆとりがある。領布を首にかけ、左右の腕に垂らした。
それから用意されていた履き物を履く。これも今までとは異なるもので、足全体がくるっと包まれた形状になっている。
「これは靴と言います。草履よりも歩きやすいですよ。」
雪の説明通り、靴は草履よりも安定感があり、歩きやすいと感じた。
仕上げにうちわのようなものを渡された。
「こちらは翳と言います。身分の高い方は素顔を見られてはいけませんので、これで自分の顔をこうやって隠すのですよ。」
そう言いながら茉莉から翳を受け取り、使い方を教える。
「ですが、こちらの宮に来られる方は側近や侍女たちですから、これを使うことはないと思います。宮の外に出て行かれる際は、必ずお持ちくださいませ。」
「分かりました」
茉莉は翳をしっかりと手に取った。
「それではわたくしは一旦失礼致します。後ほどお食事を持って来させますので、それまでお寛ぎくださいませね。」
雪は深々と頭を下げて、部屋から出ていった。
そういえば、禊のために朝餉は取っていなかった。今は昼を少し超えた頃だろうか。お腹が減っているのに気づいた。
茉莉はゆったりと長椅子に腰掛けた。今までは自分のことは自分でしていたため、お世話をされるということに慣れていない。なんだかむず痒い気持ちになった。
しばらくすると、雪とは別の侍女が食事を部屋に運び入れてくれた。入り口寄りの場所にある丸い卓の上に食事を置いてくれた。
「ゆっくりお召し上がりくださいませ。」
侍女はそういうと恭しく礼をして部屋を後にした。茉莉は用意された食事の卓にある椅子に座る。そこにあるのは黒米ご飯、青菜の和物、野菜たっぷりの汁物、そして鶏肉の漬け焼きだ。品数は多いが量はさほど多くなかった。
「わぁ、美味しそう!」
両手を合わせて「いただきます」と呟き、食事を口にする。味付けは濃くもなく薄くもなく、ちょうど良い。緊張が解けたのか、食事をぺろっと平らげることができた。お腹が満たされると少し気持ちが落ち着いた。
茉莉は自分がここに連れて来られた理由がまだ分からないままであるが、後で説明があるということなので、待つこととする。待っている間に書物でも読みたいと思ったが、部屋には置いてない。雪が来たら書物を持ってきてもらうよう、頼んでみよう。
お腹が満たされたからか、少し緊張の糸が切れたからか、今度は眠気が襲ってきた。長椅子に座りうつらうつらしていたその時、コンコンコンと扉を叩く音がして、雪が部屋に入ってきた。
「茉莉様、お食事はお済みになられましたか?」
「はい、とても美味しいお食事、ありがとうございました。」
「ふふふ。気に入っていただけたようで嬉しいです。それから一刻(30分)ほどしたら、白虎様がいらっしゃるとのことです。」
「び、白虎様が?」
「はい、それまでごゆっくりなさってください。」
雪は茉莉の食べた食器を片付け、部屋から出ていった。雪が部屋から去った後で、書物を持ってきてもらうのをお願いし忘れたことに気づく。仕方ない・・・茉莉は白虎が来るまで疲れた体を長椅子に横たえて少し眠ることにした。




