第3章 神の国①
コツコツコツと響く白虎の足音。茉莉は恐怖で体を震わせ、目を閉じたまま暗闇に耐えていた。どれほど時間が経ったのかわからない。恐怖も手伝って、時間の感覚さえ失っていた。
そこに、まぶしい日差しが差し込んだ。
「着いたぞ」
白虎の声に、茉莉は恐る恐る目を開ける。目に入った景色は、今まで見たことがないほど壮麗なものであった。
目の前に広がるのは、大きな屋根と丹塗りの太い柱が印象的な豪奢な建物。屋根の両端には金色に輝く鴟尾が乗っている。建物の前は大きな広場。色とりどりの着物を着た人々が行き交い、その奥には朱色の門、大きな池、橋、そして四阿が見える。周りには丹塗りの建物がいくつもあり、まるで夢のような光景だった。
「こ、ここは・・・」
「ここは俺の住む国、神の国だよ」
茉莉は驚いて白虎の顔を見上げると、顔が思いの外近くにあり、思わず頬を染めた。
(かわいいっ!!)
白虎は心の中で呟いたが、悟られまいと平静を装う。
そこへ一人の男性が駆け寄ってきた。
「あ、翔斗さーん!おかえりなさいっ!!花嫁さん連れてきたの?よかったねー」
そう言いながら子犬のように白虎の周りをくるくると嬉しそうに回りながら話しかけてきた。白虎はそっと茉莉を下ろし、その男の頭に拳骨を落とす。
「痛っ!!何すんだよぅ」
その男は殴られた頭をさすりながら、むすっと口を尖らせた。
「お前なぁ、俺のことは『白虎様』と呼べとあれほど言ってあるだろう?」
そう言いながら白虎はため息を漏らす。
「あ、あの・・・この方は?」
「あぁ、こいつは俺の側近で日向だ。」
「日向でーす。よろしくね花嫁さん。」
日向は人懐っこい笑顔を茉莉に向け挨拶した。
「茉莉と申します。よろしくお願いします・・・」
「茉莉ちゃんって言うんだ。よろしくね!疲れてるんじゃない?部屋で少し休んだら?」
「あぁ、それもそうだな。雪を呼んでくれ。」
「了解ー!!」
そう言って日向は走り去った。本当に無邪気で子犬のようだ。
「すまんな、騒がしくて。ああ見えても俺の右腕の一人だ。あと二人、側近がいるがまた近々紹介する。」
あの無邪気に笑う彼が白虎様の右腕とは。人は見かけによらないものである。
日向が去ってしばらくして、一人の年配の女性がやってきた。歳のころは50代だろうか。
「坊ちゃん、お待たせいたしました。」
「雪、すまないな。茉莉を部屋に案内してくれ。湯浴みと着替えも頼む。茉莉は疲れているだろうから、しばらく部屋で休んでいてくれ。」
ぽん、と大きな手が茉莉の上に優しく乗った。恥ずかしさから、茉莉の頬が赤く染まる。
「茉莉様、それでは参りましょうか。」
「はい・・・」
茉莉は雪に促され、歩き始める。
「正面の大きな建物は白虎様がお仕事をなさる棟となっています。そのお隣にありますのが、白虎様のご家族がお住まいになる宮でございます。」
雪はそう説明しながら白虎の家族が住まうという棟へと案内した。
(私がそこに滞在してもいいのかしら・・・)
不安はあるものの、雪の後に従いついて行く。
雪が案内した部屋はとても広く、質素ではあるが上品な調度品ばかりであった。床は毛足の長い絨毯が敷かれていてふかふかしている。奥にある寝台は四隅に柱があり天蓋がついている。天蓋には螺鈿細工が施されてとても美しい。部屋の中央には卓と長椅子があり、長椅子には浮き彫り細工が施されていた。茉莉が今まで生活してきた家とは全く違い、目を丸くした。
「あ、あの・・・草履はどちらに置けばよろしいでしょうか。」
「あぁ、茉莉様のいらっしゃったところでは、お履き物を脱いで部屋に入られるのでしたね。こちらでは脱ぐ必要はございませんのでそのままお入りください。」
恐る恐る部屋に入ると、白虎と同じ白檀の香りがする。寝台横の卓の上に香炉が置かれていてそこから上品な香りを漂わせていた。部屋の中に入ると、雪が長椅子に座るよう促してくれたのでそれに従う。
「改めまして、私は坊ちゃんの乳母としてお世話していました雪と申します。この度、茉莉様の侍女としてお世話を仰せつかりました。」
「あの・・・私、何が何だかよく分かっていないのですが・・・」
「ふふふ。坊ちゃん、何もお話しされていないのですか?後ほどお話しして差し上げるようにお伝えしておきますね。ささ、まずは湯浴みをして体をさっぱりさせてくださいな。」
部屋の側の湯殿に案内される。今まで見たことないぐらい大きな湯殿が目の前にあった。雪曰く、この湯殿は茉莉専用だとか。すでに温かいお湯が湯船に張られていた。
「どうぞごゆっくり。上がられましたらお部屋へいらしてくださいませ。」
雪は湯殿の扉をゆっくり閉めた。こんな大きな湯殿、今まで入ったことがない。なんとなく落ち着かないが、汗を流しゆっくりと湯船に浸かった。
風呂に浸かりながらも今日の朝からの出来事を思い出し、困惑する。
「私は人身御供だったはずなのに、一体何が起こっているのかしら・・・」
頭がまだ混乱しているが、湯当たりしないように早めに湯船から出た。




