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白虎様の妻になりました  作者: 海野雫
第1章 突然の別れ
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第1章 突然の別れ①

雪に覆われた厳寒の朝。

息が白く凍てつくような寒さだった。


黒水冬夜は屋敷の敷地内にある道場で武術の稽古を行っていた。

道場の中は冬夜の稽古に対する熱量が高いからか、心なしかむわんとするほどの熱気がこもっていた。


黒水家は代々北の神獣・玄武を守護する武家の一族である。

次期当主として、兵士を束ねることになる冬夜は夜明けとともに起き、厳しい稽古に励んでいた。


「父上を超えるには、まだまだ修行が足りない・・・」


そう一人ごちり、一休みする。

汗を手ぬぐいで拭き取り、竹筒に入れた水を飲んで喉の渇きを潤した。


「さて、もう少し稽古を続けるか。」


そう言いながら、そばに置いていた木刀を手に取り、道場の中央まで歩を進める。

しゅっ、しゅっと軽快な音を響かせ、まるで目の前に相手がいるかの如く、ズバン!と切り付ける。


それから、相手から切り付けられたものをするりと交わすようにクルッと回転し、一撃を喰らわす。

その速さ、力強さは本番さながらだ。


そのような稽古を何度か繰り返し、そろそろ朝餉の時間になる頃だな、と稽古を終了し、手ぬぐいで汗を拭う。

外は凍てつく寒さだというのに、まるで一人真夏の炎天下にいたような佇まいだ。

首の後ろから手ぬぐいをかけ、道場から屋敷へ向かう長い廊下を歩いて自室まで向かう。

体を動かしていなければ、寒くてたまらないであろうが、今の冬夜は体が熱っているのでちょうど良く感じた。


自室に戻り着流しに着替え、座敷に向かうとすでに朝餉の準備が整っていた。

今日の朝餉はアジの開きを炭で焼いたものと、白菜と大根の味噌汁、ほうれん草のおひたしに里芋の煮っころがしだ。


黒水家には使用人はいるものの、母は家族のために心を込めて食事を用意していた。

武人の体づくりは食事が重要。母は栄養バランスを考え、心を込めて食事を用意していた。


「母上、今日もありがとうございます。いただきます。」


自分の場所に配膳されたお膳の前に座り、冬夜は両手を合わせてそう呟く。

母の手料理は愛情がたっぷりで、栄養も満点だった。

朝に激しい稽古をした冬夜の体にその温かみが染み渡る。


そこへ、父が厳粛な面持ちで座敷に入ってきた。


「父上、おはようございます。」


一旦箸をお膳に置き、両手を畳の上について深々と頭を下げる。

父は上座に座り、静かに「おはよう」と挨拶した。


「今日も稽古に励んでいるようだな。」

「はい、父上。一日も早くお役に立てるよう、精進いたします。」

「そうか。」


父はいかにも武人らしい風貌をしていた。

寡黙で威厳のある人物だった。


体格はたくましく、着流しをまとう姿からも力強さが感じられた。

少し高い位置で髪を短く束ねた顔は、凛々しく、太い眉と高い鼻が印象的だった。


父を嫌いではないが、食卓ではいつも静寂に包まれ、言葉を交わすことは少なかった。

今日は父が珍しく話しかけてきた。


「冬夜。お前の今日の予定はどうなっておる?」

「はい、朝餉後は昼まで書物を読み、勉学に励む予定です。午後は弓矢の稽古をしようと思っております。」


「そうか。朝餉の後少し時間は取れるか?」

「はい。もちろんでございます。」

「ならば、四半時(30分)後に私の執務室に来てくれないか?」

「承知いたしました。」


そう告げると、さっさと食事を済ませた父は座敷から出て行ってしまった。

父上からの直々のお話とは、一体何事だろう? 何かやらかしたのだろうか?

不安に苛まれながら冬夜は急いで食事を済ませるのだった。


朝餉の後、一旦自室に戻り、羽織を羽織り、父から指定された時間通りに、執務室へ向かう。

襖の前に正座をし、「父上、冬夜です」と来たことを告げると、「入れ」と許可が出た。

襖を開けて父の執務室の中へ足を踏み入れると、文机で仕事をしていた父が筆を置き、冬夜の方へ向かい座るように促す。


用意されていた座布団の上に「失礼します」と言いながら正座をした。


「忙しいのに急に呼び立ててしまってすまなかったな。」


そう言いながら、父も冬夜の向かいの座布団にあぐらをかいて座った。

冬夜は両手を膝の上に乗せ、ぐっと握った。

何を言われるのか不安が募る。


「そう緊張するな。」そう言いながら父が笑みをこぼす。

父が笑っていると言うことは、自分が粗相をしたわけではないようだ。

ホッと小さく息を吐き、父の目を見つめる。


「お話しとはなんでしょうか。」

「お前に縁談が来たぞ。」

「えっ?!」


冬夜は16歳だ。

そろそろ結婚してもおかしくはない。

だが、冬夜自身はまだまだ自分が未熟であるため、妻を娶る気にはなれない。


「父上。わたくしはまだ若輩者でありますゆえ、結婚はまだ早いかと・・・」


そう告げると父が笑い「そう焦るな」と言いながら右手を上下に振った。


「冬夜も知っていると思うが、我ら四神を守る一族は国を守る四神、そして麒麟の力を強固にするため、他の一族と婚姻関係を結ぶこととなっておる。」

「はい、存じております。」


冬夜の母も東の守護神を守る青木家より嫁いできたのだ。

祖母は南の守護神を守る赤羽家より嫁いできている。

平城の国が他国より強く守られているのは、四神の力を強める我々も一役勝っているのである。


「うむ。それでお前の相手だが、西の白金家の次女だ。」

「はぁ・・・」


白金家。

あそこは女系家族で、家を継がない女は嫁に出ると聞いていた。

どのような娘なのだろうか。

白金家の当主、紫苑はとても美しい女性だと聞く。

(娘も当主に似て美しいのだろうか・・・)

気のない返事を返し、さらに変な想像をしてしまい、思わずハッと我にかえる。


「失礼しましたっ!!」

「なに、構わん。」


そう言いながら父は冬夜に笑いかけてきた。


「顔も知らぬ娘と結婚しろと言われても困るであろう?私たちのころは、すぐに婚約し夫婦となったので、相手の人となりもわからんかったわ。だが、お前の母は顔も心根も美しくて良かったがの。」


父からこのようなのろけ話を聞くとは・・・

でも、確かにそうだ。

顔も知らず、相手がどのような性格かもわからず一緒に暮らすのはかなり大変そうである。


そう考える冬夜の心を読んだように父は続ける。


「婚約は2年後、結婚は3年後と考えておるが、婚約前に一度お互いの顔合わせをしてみてはどうかと思っておるのよ。」

「まことでございますか?そのようにしていただけるとありがたいです。」


父の言葉に冬夜は少し安心する。


「それに、白金家の当主・紫苑殿は、西の白虎を守護する一族の中でも特に優秀な人物だと聞く。娘もきっと素晴らしい女性に違いない。」

「・・・」

冬夜は何も言えない。


部屋に戻った冬夜は、複雑な心境に包まれる。


静寂に包まれた夜更け、冬夜は布団の中で目を覚ました。眠りに就いたはずなのに、頭の中は様々な考えでぐるぐる回っている。


白金家の娘、茉莉との顔合わせを前に、期待と不安が入り混じり、冬夜は落ち着かない。

茉莉は噂通りの美人で、聡明で優しい女性だと聞く。しかし、まだ16歳の冬夜にとって、結婚は早すぎるのではないだろうか。

父の話によれば、黒水家は代々北の玄武を守護する一族であり、他の一族との婚姻は、神獣の力を強固にし、平城の国を守るために必要なことなのだという。


冬夜は家のため、そして国の未来のために、結婚を受け入れるべきなのだろうか。しかし、まだ自分が未熟だと感じていた。妻を娶り、家族を養う覚悟はできていない。


そんな考えが頭を巡り、冬夜は眠れないまま夜明けを迎えた。

決意を固めるために、冬夜は立ち上がり、朝の稽古に向かう。

厳しい寒さの中、冬夜は黙々と剣を振るう。

剣先を突き出すたびに、結婚への想いが込み上げる。


しかし、同時に己の弱さ、未熟さを痛感する。

このままでは、茉莉を幸せにすることはできない。

冬夜はさらに力強く剣を振るい、結婚への決意を固めるのであった。

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