第2章 人身御供⑧
ひと月後、彼女が彼の元にやってくる日を心待ちにしていた彼は、いつもの桃の木の下を訪れた。きっと彼女は安心しているはずだ。そう信じていたのに・・・。
目の前に現れた彼女は、どこか神妙な面持ちで、今にも涙が溢れそうだった。それでも、優しい声で彼に語りかける。
彼は「そうだよ」と答え、彼女の膝の上で丸まって眠りにつく。彼女のぬくもりを感じながら、彼は安堵に包まれる。
しかし、そんな彼を優しく撫でながら、彼女は心の奥底に潜む不安を打ち明ける。
「なにっっ!!」
どうしたらそんなことになっているのか。訳がわからない。
外界と我々とでは、認識がずれているのか?
必死で頭を横に振り、否定する彼。
「大丈夫だよ!」
必死に訴えてみるが、彼女に届いただろうか・・・
彼女から抱きすくめられ、心地よさを感じつつ、これは非常にまずいことになっていると顔から血の気が引くのを感じる。
彼は森へ戻り、対策を練ることにする。
彼女が彼の元に来ることを恐れている。その恐怖を払拭するにはどうすればいいのか。
直接話ができれば良いのだが、彼は森を出てしまうと人間の言葉を話せなくなる。
「巫女さんに、いつものように『啓示』で伝えてもらうか?」
周囲からの提案に、彼は悩む。しかし、それだけのために啓示を使うのは気が引ける。
彼女があのような様子だったのだ。巫女も心を痛めているはずだ。
それに、啓示が彼女に正しく伝わる保証もない。
「他に何か方法はないものだろうか……」
彼は苦悩する。
「夢の中に出てあげては?」
別の提案が上がる。しかし、彼女の夢に入り込めるかどうかも分からない。
それに、夢の中で何かを言ったとしても、彼女はそれを信じてくれるだろうか?
彼は葛藤する。
悩んだ末、彼は彼女の夢の中に入ることを決意する。
彼女が彼のことを信じてくれることを願いつつ・・・。
その夜、彼は彼女の夢の中に姿を現した。
しかし、彼の姿を見た彼女は、ただただ驚き、恐怖に震える。
彼は必死に、彼女が不安に思っていることは起こらないと伝える。
彼女の不安を消すことができたかは分からない。しかし、彼は彼女が彼の元に来る日まで、彼女を見守り続けることを決意する。




