第2章 人身御供⑦
今日目にした文献の内容が頭から離れず、不安と恐怖に包まれて眠りにつけない夜を過ごした茉莉は、ようやくうとうとと眠りに落ちると、鮮明な悪夢を見た。
真っ暗闇に包まれ、空を見上げても星も月もない。一体どこにいるのか分からない恐怖に襲われ、不気味な空気がまとわりつく。
足や手を何かに引っ張られているような感覚に襲われ、そのまま立ち止まっていると、地の底まで引きずり込まれそうな恐怖を感じる。目に見えない敵から逃れるために必死に走る茉莉。しかし、出口はどこにも見えず、後ろから次々と手が伸びてくる。
「やめてっっ!!」
必死に駆けるが、恐怖はどんどん大きくなり、声も出ない。喉はカラカラになり、息苦しさも増していく。
「もうだめだ……」
後ろから迫る黒い何かに飲み込まれそうになった瞬間、大きな白い虎が目の前に現れた。
その瞬間、周囲の暗闇は消え去り、光に包まれた明るい空間へと変わる。目の前に現れた白虎は、茉莉をじっと見つめている。鋭い犬歯が恐ろしく、このまま食べられてしまうのかと恐怖に震える茉莉は、目をぎゅっと瞑った。
しかし、白虎は襲ってくる気配を見せない。恐る恐る目を開けると、白虎はゆっくりと近づいてきて、茉莉の目の前に座ると、優しい言葉で語りかける。
「お前を喰らうことはない。安心して私の元に来るがいい。」
そう言うと、白虎は煙のように消えてしまった。
目を覚ました茉莉の寝巻きは、びっしょりと濡れていた。布団も心なしか湿っている。悪夢に怯えて、かなりの寝汗をかいたのだろう。
しかし、白虎の言葉が頭から離れない。
「安心して私の元に来るがいい・・・」
口の中で反芻する茉莉。もしかして、人身御供として生贄になるのは、白虎様の側仕えを務めるためではないのだろうか?
だとすれば、今まで儀式で差し出された娘たちが帰ってこなかったことにも納得がいく。
しかし、それはただの思い込みかもしれない。儀式への恐怖と不安から、安心を求めて現れた夢なのだろうか?
500年前の出来事も気掛かりで仕方ない。側仕えであったとしても、役に立たなければ、喰われ、放り出されるのではないか・・・。
恐怖と不安は、依然として消えない。




