第2章 人身御供⑥
茉莉は、人身御供となる運命を宣告され、不安に苛まれる日々を送っていた。人身御供とはどのような存在なのかを知りたい一心で、母が不在の隙に執務室へ忍び込み、人身御供に関する書物を読み漁る。
書物によると、直近の人身御供の儀式は50年前、先代当主が継承する前の頃に行われたらしい。その時の生贄は傍系の娘だったようで、身を清めた後、白い着物を纏い、神域の森にある社まで一人で歩いて向かったという。儀式後、娘の姿は忽然と消え、二度と戻らなかったとある。
一体、娘たちはどこへ行ってしまったのか・・・。
儀式を遡れば遡るほど、内容はほぼ同じ。しかし、500年ほど前の儀式に関する記述には、「人身御供の骸が社殿そばに発見された」や「ミイラの姿になった娘が社殿内に安置されていた」という不気味な内容も目につく。
「えっ・・・まさか、食べられたの?!」
茉莉の背筋を冷たい恐怖が這い上る。今まで味わったことのない恐怖が全身を包み込み、粟立ちが止まらない。
近年ではそのような記述は見当たらないものの、自分も同じ運命を辿る可能性があることを悟った茉莉は、愕然としながら書物を元の場所に戻し、執務室を後にした。
自分の命があと一か月足らずで尽きるかもしれないという恐怖に、足が震えるのを感じる。
何とか気持ちを奮い立たせ、いつも座る桃の木の下へ向かう。膝を抱えて座り込む茉莉。
「私はどうなってしまうの・・・? 白虎様に食べられてしまうのかしら・・・」
不安が押し寄せ、心が押し潰されそうになる。考えないようにしようとしても、悪い想像が頭をよぎり、涙を堪えるのがやっとだ。
そんな時、いつも庭に現れる猫がひょこひょこやってくる。黄色い目を細め、耳を伏せ、尻尾を揺らしながら歩くその姿は、まるで嬉しそうに見えた。
「猫さん、何かいいことでもあったの?」
茉莉が声をかけると、猫は明るい声で「にゃあ」と鳴きながら、すり寄ってきた。上目遣いで見つめる目は、どこか潤んでいるように見える。
「猫さん、よかったね。あなたに何かいいことがあったのね・・・」
項垂れる茉莉の膝の上に猫が飛び乗り、丸く丸まって喉を鳴らし始める。猫を撫でながら、茉莉はボソリと呟く。
「実は、私、人身御供として生贄に捧げられることになったの。もしかしたら、白虎様に食べられてしまうかもしれないし・・・何が起こるのか、本当に怖い・・・」
それを聞いた猫は驚いたように顔を上げ、首を振って否定しているようだ。「大丈夫だよ」と言いたげな優しい目で見つめてくる。
「猫さん、いつも優しいのね。ありがとう。」
茉莉は猫をぎゅっと抱きしめる。ふと、猫の頬が赤く染まっているように見えたが、気のせいだろうか・・・。




