第2章 人身御供⑤
衝撃的な告白は、いつもの桃の木の下で起こった。 彼女は、力を強めるための修行中だった。
「私、もう少ししたら結婚するの。」
その言葉が、彼の心に雷のように突き刺さる。
目の前が真っ白になり、思わず彼女を見つめると、彼女はどこか晴れ晴れとした表情を浮かべている。
妻にしようと心に決めていた人が、別の男の妻になるのか・・・
絶望に打ちひしがれ、彼は重い足取りで森へと帰っていく。
本来であれば、彼女の力は神の国でこそ真価を発揮できるはずだった。平城の国でも小さな結界の修復は可能だが、神域から施す力に比べれば微々たるものだ。
近年、平城の国の結界が弱体化しているのは、結界修復能力を持つ者が不足しているためと考えられていた。
東西南北の守護神たちも、結界生成に必要な力が弱まっている。そのため、妖魔や邪神の侵入を許してしまうのだ。
彼女の嫁入りを阻止することはできない。我々守護神は、麒麟の命を受け、民を守る存在だからだ。たとえ力を使えば彼女を取り戻せるとしても、それは守護神として許されない行為である。
その後も、彼は度々彼女の元を訪れ、様子を伺う。嫁入りを控えた彼女は、顔色も良く、いつも幸せそうな笑顔を浮かべている。そして、その力は以前よりも増していた。
民を守る立場として、彼は彼女の結婚を祝福しなければならない。しかし、少年の頃から彼女を妻にしようと心に決めていた彼は、苦しい思いを抑えられなかった。いつもそばにいて時間を過ごすうちに、彼女の優しさに触れ、恋心を抱いていたのだ。
後ろ髪を引かれる思いで、彼は彼女への気持ちを諦めようとする。
儀式には未婚の娘しか参加できない。一度結婚してしまうと、儀式には参加できないのだ。たとえ結婚後に夫を亡くして家に戻ってきたとしても、儀式には参加できないのである。
彼女が結婚すれば、別の娘が儀式に参加することになるだろう。しかし、果たしてその娘を愛することができるだろうか? 共に平城の国を守っていけると信じるだろうか? 諦めとともに、不安が彼の心を締め付けていく。
そんなある日、彼女の婚約者が亡くなったという知らせが届く。 彼女は憔悴しきっており、大きな目からは涙が溢れ止まらない。
よほど悲しんでいるのだろう。彼は、思わず彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。
神域以外では、神の姿は人間には見えない。しかし、彼は姿を現し、彼女を優しく抱きしめる。
このままでは彼女が消えてしまうかもしれない・・・ 彼は彼女を慰め、1年後の儀式を1か月後に繰り上げ、彼女を妻にすることを決意した。




