第2章 人身御供④
呆然と立ち尽くす紫苑。 巫女装束のまま、何も考えられず、ただ執務室の椅子に座っていた。
啓示を受ける前であれば、茉莉の縁談を急ぎ進めることができたはずだ。 しかし、もう後の祭りである。
「どうすればいいの・・・」
紫苑は肩を落とし、絶望に打ちひしがれた。
人身御供の儀式は、50年に一度行われる白金家の伝統行事だった。
前回は先代当主の時代に行われ、白金家には他に娘がいなかったため、傍系から人身御供を捧げたという。
紫苑は、過去の人身御供に関する書物を読み漁った。そこには、人身御供の遺体が社のそばに捨てられていた、あるいはミイラになったという記述もあった。
しかし、それらの文献はどれも古く、信憑性に欠ける。
先代から聞いた話では、遺体もミイラも存在しなかったらしい。
ただ、人身御供として捧げられた娘は、二度と帰ってこなかったことは確かだ。
「当然よね・・・」
神への生贄である娘が、二度と帰ってくるとは考えにくい。人身御供の末路は、誰にも分からない。
しかし、紫苑は白虎神が人を喰らうような神ではないと感じていた。
白虎神は常に西の地の民を見守り、豊かさを与えてくれる優しい神である。
それでも、茉莉にどのように伝えればいいのか。 紫苑は、こめかみを揉みながら深い悩みへと沈んでいく。
儀式は1か月後。嫁入りではないため、特別な準備は必要ない。しかし、茉莉に話をしなければいけない。
その夜、紫苑は心を落ち着かせ、翌日に茉莉を呼び出すことを決意する。
翌日、重い足取りで執務室へ向かう茉莉。
「お母様、茉莉です。」
紫苑は、いつものように笑顔を作り、茉莉を座らせた。
「茉莉、昨日白虎様から啓示があってね・・・」
「はい。」
「あなたが人身御供になることになったのよ。」
「え?」
茉莉は理解できずに首を傾げた。他家に嫁ぐ予定だったため、この儀式について何も知らなかったのだ。
紫苑は、人身御供の儀式について説明を始める。
「白金家には、50年に一度、白虎様に人身御供を捧げる儀式があるの。未婚の娘を捧げなければならないんだけど、あなたに縁談を進めようとしたんだけど、間に合わなくてね・・・」
「・・・」
「本来は来年の儀式だったんだけど、それが来月に変更になったのよ。」
「・・・っ!!」
茉莉は真っ青になり、言葉を失った。自分が白虎神の生贄になるということだろうか?
「私でなければいけないのでしょうか?」
茉莉は震える声で母に尋ねた。
「人身御供は、白金家の未婚の娘が務めることになっているの。他に娘がいない場合は傍系から選ぶこともできるんだけど、今回は白虎様からあなたを指名されたのよ・・・」
紫苑は、消え入るような声で茉莉に伝えた。
「ごめんなさい!冬夜さんが亡くなって次の縁談を探そうとしていたのに、白虎様からの啓示が先に来てしまって・・・」
紫苑は涙を堪えることができず、茉莉に謝罪した。
茉莉は顔面蒼白になり、絶望の淵に立たされていた。
重い静寂が部屋を包み込んだ。




