第2章 人身御供②
冬夜の死後、黒水家の次男が当主を継ぐことになった。
次男は茉莉より一つ年上で、冬夜によく似た顔立ちをしていた。
闘吉から次男の嫁にと誘われるが、茉莉は冬夜の影を追うような黒水家での暮らしに抵抗を感じ、断ってしまう。
幸い、闘吉は茉莉の気持ちを尊重してくれたため、彼女は実家である白金家へ戻ることができた。
冬夜のいない世界は、茉莉にとって辛く悲しいものだった。
このまま死んでしまいたいと思うこともあった。
白金家に戻っても、茉莉は自室から出る気力も失い、食事も喉を通らず日に日に痩せていく。
そんな姿を見かねた母は、庭を散歩してみることを勧める。
あまり乗り気ではなかったものの、茉莉は思い出の桃の木へ向かう。
木陰に座り、冬夜のことを思うと、涙が溢れ出す。
「私が冬夜様を殺してしまったも同然だわ・・・」
自分の力不足と不甲斐なさで、心が押し潰されそうになる。
冬夜の優しい笑顔や手の温もりを思い出し、両手をぎゅっと握り締める。
冬夜に会いたい。どうしてあの時助けられなかったのか。
冬夜の最後の微笑みを思い出すと、嗚咽が漏れる。
この苦しみは一生続くのかもしれない。
たとえ誰かの妻になったとしても、救えなかった冬夜を思い出し、泣いてしまうだろう。
「私はダメな人間だわ。」
そう呟くと、さらに涙が溢れる。
そこに、いつも庭に現れる猫がやってくる。 「にゃあ」と鳴きながら擦り寄ってきた猫は、まるで「そんなことないよ」と慰めてくれているようだった。
「いつも励ましてくれてありがとう、猫さん。」
そう言って猫の頭を撫でると、猫は気持ちよさそうに頬をすり寄せてくる。
「私、婚約するはずだった方の命を救えなかったの・・・」
答えのない問いを、猫にそっと打ち明ける。
「私の力が弱かったせいで・・・」
大粒の涙が頬を伝う。猫はひょいと茉莉の膝に飛び乗り、優しく顔を舐めてくれた。
「大丈夫だよ、茉莉。あなたはよく頑張った。」
そんな声が聞こえてくるようだった。
猫を見下ろすと、心配そうな顔でこちらを見つめている。まるで愛しい人を見るような優しい目だった。
あの時、もっと力を出せばよかったのか、力を注ぐ場所を間違っていたのか。
どんなに悔やんでも、時間は戻らない。
いくら泣いても、冬夜は帰ってこない。
考えれば考えるほど、涙が止まらない。
その時、ふわっと白檀の香りが鼻をかすめ、温かいものが優しく包み込むような感覚に包まれる。
「茉莉はよく頑張った。新しい人生を歩んでいけばいい。」
優しい声が頭の中に響いた。冬夜の声ではない。誰のものだろう?
辺りを見渡しても、誰もいない。
しかし、頭の中に響く声は心地よく、今まで心を覆っていた暗い霧が少しずつ晴れていくのを感じる。
「そうだわ。いつまでも悲しんでいても、冬夜様は喜ばないものね。」
ずっと泣いていたら、冬夜も悲しむだろう。
そう思うと、少しずつ前を向くことができるようになっていた。




