第1章 突然の別れ⑩
「冬夜様がお怪我をされたそうよ。急ぎ黒水家へ向かいなさい。」
婚約を明日に控えた日、母から急にそう告げられ、血の気が引く。
まさか、冬夜様が・・・
目の前が真っ黒になるのを感じる。
しっかりしなければ。
思えば思うほど体の震えが止まらない。
「茉莉、しっかりなさい。あなたの力で冬夜様を治して差し上げるのですよ。いいですね!」
「・・・分かりました」
蚊の鳴くようなか細い声で答える。
だが、母の言うとおりである。
冬夜を救うのは自分しかいない。
震える足を叱咤して立ち上がり、急ぎ黒水家へ向かった。
黒水家に到着すると、当主の闘吉は門の前で今か今かと待ち構えていた。
「茉莉さん、すまない。こちらへ。」
挨拶もそこそこに、冬夜が横たわる部屋に案内された。
冬夜は邪神から受けた術が体を蝕み、ひどく苦しそうだ。
「帰ってくるまでの間、解術の得意な者たちが必死に術を取り除いてくれたのだが、術が強力だったようで全て取り除ききれなかったようだ。」
「そんな・・・」
茉莉は思わず言葉に詰まる。
今にも消えそうな冬夜の命。
救えるのは茉莉しかいない。
自分自身を奮い立たせ、冬夜のそばに座る。
「冬夜様・・・」
優しく頬を撫でる。
冬夜の体温を感じ、まだ命が消えていないことを感じ安堵する。
術を施そうと、手のひらに力を集めようとする。
だが、手が震えてうまくいかない。
こんな時になぜ・・・
愛する人を救わなければならないのに思うようにならない自分を歯痒く思う。
冬夜の体を蝕む邪神の術を取り除かなければ、冬夜は命尽きてしまう。
そんなのは嫌だ!
この人と一緒に人生を歩むと決めたのだ。
ぎゅっと拳を一回握り、もう一度力を手のひらに集め直す。
「お願い・・・」
手のひらに強力な力が溢れるのを感じた。
その手を冬夜の体に当てる。
自分の命を冬夜の体に吹き込むが如く、力を入れ続けた。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
茉莉は額に汗を滲ませながら術を施し続けた。
それなのに、邪神から受けた術は一向に小さくなる気配すら見えない。
小さくなるどころか、さらに大きくなっているのではないかと思えるほどだ。
それぐらい邪神の術が強力だった。
負けるものかと、さらに力を込める。
一瞬、冬夜が薄く目を開け、茉莉を捉えた。
「茉莉・・・」
「冬夜様っ!!」
「こんなことになってしまってすまない・・・私はもうお前を守ってやれないかもしれない。」
「そんなことおっしゃらないでください!きっと私がなんとかしますから!」
茉莉は冬夜の左手を握る。
必死に訴える茉莉に冬夜は優しく微笑み、「ありがとう」と告げ目を閉じた。
「冬夜様?」
必死に声をかける茉莉。
今までの苦しそうな表情は一転、幸せそうに眠っているようだった。
ただ眠っただけなのか?
そう思いたくなるほど美しい。
だが、冬夜が目を開けることは二度となかった。




