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序章

「いけない、早く帰らないと・・・またお母様に叱られるわ」

茉莉は急いでその場を後にしようとした。


ここは屋敷の裏手にある神様を祀る森。

立ち入りが許されているのは白金家当主である母だけである。


そんな場所に足を踏み入れてしまった茉莉(まり)は、たいそう慌てていた。

能力の発現がないまま5年が経ち、まだ慣れぬ厳しい家事に四苦八苦していたのだ。


ついさっき、調理中に粗相をしてしまい、母から厳しく叱られたばかりである。

体の小さな茉莉には、大きなお釜を持つのも一苦労。

それをひっくり返してしまい、叱られ、折檻を受けたのだ。


調理場にいた使用人たちが茉莉を庇ってくれたものの、「そんなことでは一人前の白金家の娘にはなれません!」と使用人たちの制止も無視して折檻されたのだ。


母が去った後、居たたまれなくなった茉莉は、勝手口から裏庭に出て、着物の裾が捲れるのも気にせず全力で森の方へ走った。


普段なら森の入り口までしか来ないのに、今日は酷く折檻され、クラクラする意識の中走り続けていたら、森の中まで入ってしまったのだ。


お告げを聞ける者しか入ることが許されていない神聖な森。母に見つかり再び叱られることを思うと、背筋に寒気が走る。


踵を返し、急いで来た道を戻った。

そんな後ろ姿を見つめる少年の存在には気付かずに。


***


この国は麒麟の化身と言われる帝が治める平城(なら)の国。


東西南北の土地をそれぞれ守護神が固く守り、民に平和な生活をもたらしている。

それぞれの土地には守護神を守る一族が存在する。


白金家は西の守護神である白虎を守る一族である。

白虎様よりお告げを聞き、西に住まう民を守るのが一族の役目。


白虎様のお告げを聞く能力のある女が当主となり、その能力は代々引き継がれていく。


茉莉には姉がいる。

その姉にはお告げを聞く能力が発現したため、白金家の次期当主となることが決まっている。

近々、帝の遠縁の次男が婿入りすることも決まっている。

帝の血筋を一族の一員とすることで、守護神を守る力がさらに強くなるのだ。


茉莉には残念ながらお告げを聞く能力は発現しなかった。

5歳までには能力が発現すると言われているが、全く発現せず、8年が過ぎた。


能力の発現がないと判断されてから、母は茉莉に家を継ぐ必要がないとして、使用人同様の仕事をさせていた。

それに加え、一族の恥にならぬよう礼儀作法も徹底的に仕込まれているのである。


能力がないとはいえ、白金家の娘である茉莉。

他の守護神を守る一族との結束を固めるため、国を守るために嫁に出すことが決まっている。


家により使用人の数はさまざまであるため、嫁に行った先に使用人が少なくても、主人や家を守る術を身につけさせられていた。


5歳の頃から厳しく家事や礼儀作法を叩き込まれ、13歳になった今でもその日々は変わらず続いている。

特に当主である母から教わる礼儀作法はとても厳しく、失敗すれば折檻を受けることもしばしば。

折檻を受けるたびに自分の不甲斐なさに落胆し、上達しない自分に腹を立て、裏庭の大きな桃の木の下に座り込み、一人泣くのである。


茉莉のお気に入りはその桃の木。

今は桃の花が咲いており、華やかな香りが漂っている。


「やっぱりここが一番落ち着くわ・・・」


一人呟き、ふと顔を上げると、一匹の猫がいた。


銀色のサラサラの毛並み。

灰色の波のような模様。

黄色い目が印象的だ。


その猫は茉莉の足に顔を擦り付け「にゃーん」と人懐っこく鳴いている。

思わず猫を抱きあげ、頬擦りする。


「心配してくれているの?ありがとう・・・」


猫はゴロゴロと気持ちよさそうな声を出す。

猫を抱き、頬擦りすると、茉莉の陰鬱な気持ちがスッと晴れ、気持ちが明るくなった。


「次こそはお母様に認められるように頑張らなきゃね」


そう一人呟くと、それに答えるように猫も「にゃぁ」とひと泣き。

思わず「ふふっ」と笑みが溢れる。


幸せなひと時を過ごしていたのも束の間、「茉莉、どこに行ったの!」と母の呼ぶ声が聞こえる。

あぁ、次の礼儀作法の時間が来たのか・・・

少ししょんぼりしながら「猫さん、私行かなきゃ。また来てね。」そう言いながら、そっと猫を地面に下ろし、トボトボと屋敷に向かって歩いて行った。


それからというもの、折檻を受けたり嫌なことがあった時に裏庭の桃の木の下でしょんぼりしていると、必ず銀色の猫がやってきて慰めてくれた。

猫をぎゅっと抱くと、毎回猫は幸せそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

茉莉も猫を腕に抱くと、不思議と心のモヤモヤが晴れたのだ。


そんなことが何度も続いたある日。


使用人たちと食事の準備をしていたところ、母が座敷に来るように言っていると母付きの使用人から言われた。

何事か、また何かヘマをしただろうか・・・考えながら座敷に向かうが、思い当たることはない。

長い廊下をゆっくり歩を進めて座敷まで向かうも、自分が何をしたかも分からず、あっという間に座敷に着いた。


襖の前で正座をし、奥に向かって「お母様、茉莉です」と声をかける。

「お入りなさい」と入室が許されたので、襖を両手で静かに開ける。


そこには当主である母が上座に座り、父と姉の姿もあった。


「そこに座りなさい」


そう言われた茉莉は、襖から少し中に入った下座に座した。


茉莉が座ったのを確認し、母が口を開く。


「あなたの縁談が決まりました。」

「えっ??」


思わず驚きの声が出てしまう。

結婚はまだまだ先だと思っていたからだ。


「あなたの婚約者は黒水(くろみず)家のご長男で次期当主の黒水冬夜(くろみずとうや)様よ。」


黒水家。

北の守護神を守る一族だ。

黒水家の次期当主に嫁入りすると決まった。


冷や汗が出る。

結婚はまだまだ先だと思っていたのに、嫁ぎ先が決まってしまったのだ。


「今すぐに嫁げとは言わないわ。あなたに教えることはまだまだありますからね。」


口端をにいっと上げる母の顔はとてつもなく恐ろしかった。

普段から巫女装束を着ている母が鬼のように見えて仕方がない。


「はぁ・・・」と母に聞こえないように小さいため息をつき、「承知いたしました」と深々と頭を下げた。


その日からさらに厳しい指導の日々が始まったのだった。

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