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★オススメ短編集★

希望ナンバーが多すぎる!

作者: 尾妻 和宥

 レクサスは8008! 定番の回文!

 お次のホンダステップワゴンはシンプルイズベスト、1! ナンバーワン至上主義なのか、それとも単純に目立ちたがり屋なのか。


 アニメキャラ満載の痛車いたしゃは630! この恥知らずの蟹座野郎め!

 3台続けて日産・シーマの公用車ご一行さま、おなーりー(、、、、、)! なんと3台とも1226。役所の創立記念日かなにかか?


 神も恐れぬダイハツ・ロッキーの666よ。新約聖書のヨハネの黙示録も真っ青だ!

 出た! オンボロワゴンは777! なるほどドライバーは、1日中パチンコ台にしがみついているような風貌じゃないか。搾取(さくしゅ)されるがいい!

 大家族を乗せたエルグランドが1188! いいパパ、いい母。いかにも!

 車列の最後尾はピンクのミニクーパー。3298。てか、そのままじゃん!




 ちくしょう、さっさと個人宅か民間企業へ足を運ばないといけないのに、反対車線の車のナンバーが気になって仕方がない……。

 おれの名は、藤原ふじわら。36歳。飛び込み営業をしている。

 ちょいとお高めのガレージやカーポート販売の仕事なんだが、世知辛いご時世、ガレージに大枚をはたく者は限りなく少ない。


 おれの移動手段は、もっぱら営業車である()を使い、基本一人でいる時間が多い。

 去年まではノルマをこなせていたのに、本年度は初っ端からつまずいていた。数字が悪いと、車中での独り言も増えること……。

 営業所では数字をあげろあげろとガミガミ言われ、おれは出先でも、やたらと数字を気にするようになっていた。

 だから、必然的におれの前後を走る車や、対向車のナンバーを眼で追うようになったのだ。




 ここ最近は、やたらと希望ナンバーを見かけるようになった気がする。

 運転技術の下手なドライバーが、なまじ印象に残りやすいそれをつけたなら、他人におぼえられる恐れがあるが……。

 とはいえ1999年から希望ナンバー制が導入され、2005年からは軽自動車にもつけられるようになったおかげで、町中至るところで眼にするようになった。現在では、対象となる自家用車の4割以上が希望ナンバーを選んでいるという。


 そんなおれの営業車は、わざわざ会社が身銭を切って、好きな番号をつけさせてくれるはずもなく、なんの面白味もない3391。美しい規則性、調和に富んだ配列など欠片もない。


 多かれ少なかれ人は、承認欲求を満たしたいがために、それらのナンバーをつけたがるのだろう。オーナーの誕生年や生年月日、なんらかの記念日を思わせる配列もある。

 走り屋に人気なのは、1、8などのひと桁、あるいはマシンによってエンジンの型番だとされている。

 もしくは単純に語呂合わせ――日産ジュークは2319、トヨタ86はそのまま86、インプレッサは1203、パジェロミニは8032、ポルシェ911は911、と車種名や型式にこだわる人も少なくないんだとか。


 7777などのゾロ目はあまりにもあざといし、下品すぎる。

 最近よく眼にするようになったのは、10・10、25・25、83・83などといった左右同じ二桁の配列パターンと、10・01、25・52、83・38みたいな、左右対称の並びがやたらと増えた。それか配列の(、、、)美しさ(、、、)に重きをおく人もいるようだ。明らかに水面下で流行を見せているのだ。


 こだわりの強いオーナーかどうかは、必ずしも高級車を乗り回す人とはかぎらない。

 どこにでもあるさびの浮いた軽トラや、高齢者マークをつけた車に取り付けてあるのも見かける。土砂を運ぶダンプカーや長距離トラックなども、凝り性な人は少なくない。希望ナンバーはそれだけ社会に浸透したというわけだ。


 一方で、おれは以前、1000をつけたハイエースにあおられ、8888のSクラス・ベンツに、信号で停まっているときに因縁をつけられたことがある。

 えてして希望ナンバーをつけた人は、自尊心が強すぎるきらい(、、、)があるようだ。黒ベンツで、わざわざわかりやすく、893や5910を冠している奴を見かけた人もいるという……。




 今の対向車は、福来い(、、、)の2951だった。

 SUVがつけた1122。いい夫婦か。ありがちすぎて欠伸あくびが出る。こんなノロけた男女こそ離婚率は高いと聞く。

 日産セレナは3110だった。オーナーの名は斉藤だろう。


 お。今すれちがったスズキのスペーシア。

 6060の、まろやかな配列に陶然とする。次のマツダ・ロードスターの1200も、すがすがしい美しさを醸している。これらは意図的につけたのか、それとも偶然か?




 数字には吉数と凶数があり、とくにかずは避けたがる傾向もあるらしい。

 死を連想させる4や、苦に通じる9、キリスト教圏では13は避けられるようだ。あえてそれらを選ぶ、奇特なオーナーもいるようだが。


 会社経営者は縁起を担ぐために、8008や1001を好むという。

 円満を意味する0を重ね、左右から8と8を鎖で繋いだように見えるんだと。8は末広がりの意味を持つ縁起の良い数字とされ、中国では資産家がつけたがると評判だ。


 358も全国で人気だ。

 縁起がよいとされている理由はいくつかある。――風水では3は金運や発展を表し、5は財運・帝王、8は最高の数字とされており、この並びは大吉数だという。

 他にも、釈迦しゃかが悟りを開いたのは、35歳8カ月という説まである。

 この358をめぐって争奪戦になるというから、なんともはや……である。


 358をつけるようになってから、オーナーいわく、車の燃費がよくなっただの、事故を起こさない、警察に捕まらなくなっただの、故障が少ないといった『効果』を体感する人もいるというから、いかに日本人は暗示にかかりやすいかわかる。


 ちなみに、人気ナンバーは抽選対象となる。

 その番号をつけたいなら、所定の申請用サイトや運輸支局などで申請をしなくてはならない。新車購入の際に、営業担当者が代行してくれることもあるようだ。むろん手数料を取られるが。


 良きにつけ悪しきにつけ、我々は数字に支配されている。


◆◆◆◆◆


 今は12月中旬。雪こそ舞っていないが、町にはクリスマスムードが高まっていた。

 おれはガレージを売り込もうと、しゃかりきに車を走らせていた。

 目ぼしい物件はいくらでもある。家は立派なのに、駐車場に停まったせっかくの愛車が雨ざらし。あまりにも車に対して無頓着すぎる。


 呼び鈴を鳴らし、ドアを開けてもらった。

 見るからにリッチなガウンを羽織った、60代男性が現れた。

 おれは追い払われないよう用心しながら、ひとしきり世間話をしたあと、


「それにしても立派なお宅ですね。ですが、ひとつだけ惜しい点がございます。ピカピカの高級車をお持ちなのに、屋根のない駐車場に停めてあるのは、お車がかわいそう。奇しくも当社はガレージやカーポートを扱っていまして、是非ともお勧めしたいのです」


「ほう。奇遇だね」


「当社自慢なのは、耐久性の高いアルミと鉄の二重構造の骨組みに加え、橋のはりなどに使用されるトラス構造の採用により、強度・耐久性、いずれも高いものを実現しております。土地を有効利用できるバルコニータイプのガレージをはじめ、屋根にソーラーパネルを設置させるものまで、幅広いニーズに対応しております」


「君のお勧めは、どれだい?」


「はい。個人的にお勧めなのは、男の隠れ家的なガレージでございます。このパンフレットをご覧になってください。いかにも子どものころ憧れた秘密基地な感じがするでしょ? この前庭で椅子に腰かけ、男同士の語らいの場にするのもオツかと」


「とっとと帰れよ」いきなり男は態度を変えた。「おれは、ここの家人が留守なのを狙って、盗みに入ったところだったんだ。仕事の邪魔」


 さすがに通報した。


◆◆◆◆◆


 おれは焦っていた。

 今朝も営業課長から、叱咤激励という名の痛罵を浴びせられた。

 このところ、よく眠れていない。

 深夜、ようやく眠りについたとしても、夢の中でさえ、おれは営業車を走らせていた。そしてどこかに優良顧客はいないか、ナマハゲのように彷徨さまよい歩いているんだ。


 なかにはこんな夢も――。

 車で行けども行けども、民家が見えてこない深い山中。

 当社のガレージを売り込むには、家か企業でもないと話にもならないのに、なんでこんな僻地に入り込んじまったのか。


 うねうねと山道は曲がりくねり、一向に民家が見えてこない。

 時計を見ると、夕方16時前だというのに、客先に飛び込めていないことになる。

 焦燥感に囚われる。躍起になってアクセルを踏み込んだ。


 営業マンは100軒の家に飛び込んだとしても、99はそでにされるのがオチだ。

 ましてやこの物価高騰のご時世、100どころか1000軒飛び込まないと成果に結び付くまい。

 だからこそ、ひたすら強い気持ちで飛び込むしかないのに……。


 おれはハンドルを右に左に切りながら、アクセルをベタ踏みしている。

 早く民家を見つけないと。

 ようやく山を抜けたと思ったら、開けた土地に出た。


 ところが、だだっ広い丘陵きゅうりょう地帯!

 見渡すかぎり、民家がない!

 まるで富良野ふらののラベンダー畑のように、なだらかな丘が続くばかりで、客をつかまえようがないのだ。

 おれは、自身の悲鳴で夢からめた。




 早く結果を出さなくては……。

 強迫観念じみた負のスパイラルに陥っていた。やることなすこと空回りしてばかり。

 特効薬は新規顧客をつかまえ、数字を積み重ねることに尽きる。

 なにか秘策はないか――。


 そう言えば、おれ以外の営業マン(やつ)ら、毎年うまくノルマをこなしているが、人脈以外に、なにか縁起を担ぐようなことをやっているんじゃないか? 

 強運に恵まれるコツ。あるいは人生の荒波を泳ぎきる裏技。

 奴らがうまく立ち回っているのは、なにか特別な秘訣を持ち、おれにだけ内緒で共有しているとしたら?




 おれは飲み会の席で、同僚にそれとなく水を向けた。

 奴らは、のらりくらりとかわしやがる。

 しまいにはおれは恥を忍び、手を合わせ、


「頼むよ、コソッと教えてくれてもいいだろ」


 と、低姿勢ですり寄った。

 奴らときたら、憐れむように笑っただけで、頑として教えてくれない。

 営業マン同士とはこんなもんだ。表向きは親友面をしているが、成果をいかにして上げるかについては、これっぽっちも共有しようとは思っちゃいない。

 金の眠る鉱脈のは、口が裂けても教えない、か。




 後日、奴らの営業車のナンバーを見た。

 よく考えてみりゃ、身内のそれを観察したことがなかったおれも、相当な抜け作だ。


 ――やっぱりだ。

 これこそ秘訣のヒントにつながろう。

 おれ以外の営業マンたちのそれも、1551、1234、7576、1691、6789だった。

 揃いも揃ってこの規則性、法則性。確率論からして偶然の産物ではあるまい。希望ナンバーだ。


 会社に許可をもらい、自腹を切って、そんな配列にしたのか?

 どうせ申請手数料込みでも、希望ナンバーの料金は10,000円もかからない。

 とすれば、それをつけることで人生は好転するのか?

 なら、おれもあやかるべきではないか。


 裏が取れたのだ。あえて奴らに聞くまでもない。

 ナンバーのご利益で営業の成績が上がるのか?と聞いてもシラを切られるにちがいない。

 別の場所で、希望ナンバーが本当に効果があるのか、検証してみよう。

 その手のナンバーをつけた持ち主に、じかに取材するのだ。


◆◆◆◆◆


 町で一番大きなパチンコ店に寄ってみた。コロナ禍で小さな店舗は淘汰とうたされ、大手だけが生き残ったのだ。

 おれは広大な駐車場を、グルッと巡回してみた。

 平日の昼日中だというのに、パチンコを打ちに来た人間の、なんと多いこと。


 ……あるわあるわ、希望ナンバーをつけた車が。

 全体の4割強とは行かないが、ベタな配列は嫌でも眼についた。

 こここそ希望ナンバーをつけることによって、パチンコ・パチスロで勝てるようになったかどうか確認できる実験場といえよう。


 おれは定番の7777のそばに停め、持ち主が店から出てきて、愛車に乗り込むのを待ち伏せした。

 威風堂々たるマセラティは、まるでうずくまったドーベルマンのよう。

 2時間粘った末、40すぎの男が店を出て、こちらに向かってきた。

 丸刈り頭の、見るからにガラの悪そうなねた人相。首にはおっかない紋々(、、)が見えた。

 相手がドアを開けたところで、おれは飛び出し、男に詰め寄った。


「7のゾロ目をつけることで、勝てるようになりましたか?」


「やかましいわ!」


 いきなり殴られた。

 おれは地面に倒れた。

 なおも丸刈り男はおれの身体に馬乗りになり、拳をふりあげた。

 腕を交差させて、頭部だけは守ろうとした。 


「暴力はいけません!」


「確変が6回も来たってのに、諭吉が10枚も飲み込まれた。熱いリーチも来ないし、帰り際にコレか! よけいムシャクシャさせるんじゃねえ!」


 どうやら7777のご利益はなかったらしい。

 幸い、その場は警備員が駆けつけてくれ、それ以上殴られずにすんだ。




 おれは負けじと他の車にも張り付いた。鼻の穴にはティッシュを詰めてある。

 今度のターゲットは358をつけた白のプリウスだ。

 人気の358。お釈迦さまのパワーを見せてもらおうか。


 こちらは40分後に出てきた。

 頭をパープルに染め、ネックレスやらイヤリングでゴテゴテした、いかにも成金おばさんだった。頬に鼻くそみたいなイボがある。

 突撃取材すると、こちらも不機嫌な態度を示し、胸倉をつかまれた。


「ワレは誰に声かけとんじゃ、ボケ! ストレス解消しに来たのに、よけいストレス溜まるやないか!」


 遊戯の結果は聞くまでもない。

 これも警備員が仲裁に入ってくれ、事なきを得た。

 警備員から、危ないからこんな実験はしないでくれと諭されたが、おれはめげなかった。


 その後も、1001やら2324、9900、3333に取材を試みた。

 せいぜい1人だけが勝ち逃げし、1人が半日粘った末、+5,000円だと証言を得た。あとの2人は1円パチンコだったので、負けても少額だった。

 希望ナンバーの効能は、あるかもしれないし、ないかもしれないといった結果だった。


◆◆◆◆◆


 少なくとも他の営業マンは希望ナンバーをつけることで、数字を上げてはいる。

 むろん、人知れず努力は欠かすまい。営業所でふんぞり返ってばかりいては、数字は上がらないのだ。

 だったら、おれも右へならえではないか?

 こうなったら、ワラにでもすがる思いだ。プラシーボ効果も生まれるかもしれない。ないよりも、あった方がいい。




 お……。今、すれちがったミニバンは3113で、その次の軍用ジープは6969だ。その後ろのユニック付きのトラックは1773だった。

 1773? 江戸時代にどんな思い入れが? それとも、いいなNASAか? はたしてその配列に意味はあるのか。


 1999が路駐していた。

 言わずもがな、ノストラダムスの大予言だろう。アンゴルモアとはなんだったのか。

 追い越し車線で、1008が追い抜いていった。希望の1001か8008が手に入らなかったので、妥協したといった中途半端な数字だな。




 結局、町にあふれる希望ナンバーを尻目に見ながら、憧れていたにすぎなかったのではないか。

 おれもこの法則に便乗すべきか?

 効能が得られるのなら、料金は高くはない。

 人生を好転させるための、ほんの一助として期待できるのなら、是非ともあやかるべきだ。


 ……いやいやいや、待て。

 迎合してしまうのも、いかがなものか。

 あえて反骨を示し、おれ自身のアイデンティティを保つべきだ。


 マジョリティーとマイノリティー。

 思えばおれはいつも、マイノリティーの立場だった。

 少数派には、少数派の意地がある。


 あえて希望ナンバーはつけるべきではない。

 それとも他の営業マンは、もっと別の秘訣を隠しているのではないか? 営業車の希望ナンバーは、目くらましにすぎないとしたら?


 というわけで――営業所内に盗聴器を仕掛けた。


◆◆◆◆◆


 おれが営業所を出払ってから、奴らの会話が筒抜けになった。

 案の定、奴らは、ノーマルな(、、、、、)人間(、、)のおれを嘲笑あざわらっていたのだ。

 まさか、こんな秘密があろうとは……。

 希望ナンバーの正体は、言うなれば符牒ふちょうらしい。


 なんと奴らは、秘密結社の会員だったのだ!

 隠密の友愛組織の入会者は、それを示すナンバーをつけて、ノーマルの人間と識別していたようなのだ。

 とはいえ現時点で、具体的にどんな活動目的をかかげる団体なのか、尻尾をつかめずにいた。

 奴らはしきりに、協会(ソサエティ)と連呼している。




 言わずもがな、秘密結社とは会の存在そのものを、会員によって秘匿しているのが常だ。会員以外の他人に、その活動目的や活動内容を洩らすことを、固く禁じていることが多い。

 性質上、政治的なそれか、宗教的な秘密結社かに分かれ、なかには双方の要素を併せ持つケースもあるという。怪しげな集まりかと思いきや、他愛もないお遊びの親睦団体さえ存在する。


 歴史を紐解ひもといても、フリーメーソンのように特定の職人同士や、特定の職種の商業者同士が、自分たちの技術の漏洩ろうえいを防いだり、利権を守るために結成する職能・商業組合的な秘密結社もしばしば見られた。


 メンバーは主義、職業、趣味、嗜好、信仰など、なんらかの要素が共通している。

 結社への入会に際し、一定の厳しい制限が設けられているのが多い。あえて勧誘や宣伝を行わず、非公開の通過儀礼を経て加入させてくれることもあるんだとか。




 おれ以外の営業マンが、秘密結社の会員であることはわかった。

 で――その協会とやらに加わることで、幸福になれるのか? それともなんらかの便宜べんぎを図ってくれ、恩恵を受けるとでも?

 盗聴器でのやりとりを聞くにつけ、奴らは選民意識が鼻につき、特権階級を享受しているかのような口ぶりだった。


 そもそも希望ナンバーは、他人から見て、意図的にそれとわかるものもあれば、単なる偶然もあるが……。

 誰も彼もが秘密結社の会員だとしたら、8888や8008をつけたがるガラの悪い連中もそうなのか?

 脳みその代わりに、うんこが詰まっていそうな777のパチンカスでさえ、会員なのか?


 車の持ち主はそれで判別できるとして、免許証を持っていない人間はどうなんだ?

 むしろ都市部で暮らす者は、さまざまな交通網があり、なくても支障はない。令和2年末時点の調べで、運転免許保有者数は、8,199万人いるらしいが(一個人が、二輪や普通自動車などと重複しているケースもあるだろう)、その4割が、なんらかの秘密結社の会員だとしたら……。


 おれは躍起になってインターネットで調べたが、どこにもソサエティの存在はヒットしない。

 負けじと、乏しい人脈を使い、探偵を雇った。

 はじめ、探偵は乗り気ではなかったが、諭吉を一枚一枚重ね続けると、ようやく重い腰を上げた。

 1週間後、探偵から連絡があった。




 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会特別仕様のナンバープレートでは、右上に青いエンブレムが入っている。おかげで、軽自動車にも黄ナンバーではなく、白ナンバーをつけられるようになったのは周知されている。


 それと同じく、秘密結社に入会した奴らのナンバーの右上にも、オリンピック仕様とは異なる紋章が入り、それで、秘密結社『反ソドム協会(ソサエティ)』の会員だと、見分けがつくという。

 赤い星型のマークに、目玉の入ったマークがそれだ。

 なるほど同僚らの車にも、星型が入っていた。




「ソドム? 聖書に出てくるソドムの町の、あれか?」


 と、おれは電話の向こうの探偵に言った。


「私が命がけで得た情報も、ここまでが精一杯だ。あとはご自分で調べるんだな」


 探偵の返事はつれない。


「待てったら。おれの知識もその程度だ。根っからの仏教徒なんだぜ。詳しいことはよく知らん」


「なら、ググれよ」




 ――やはりそうだ。ソドムとは旧約聖書の『創世記』で登場する町のことだ。

 ノアの方舟はこぶねに次いで、創造主による天罰を受ける物語として、しばしば引合いにされることで知られている。かくも民衆は愚かしく、反省しないということだろう。


 現在の死海南端付近に、ソドムの町はあった。

 町は繁栄はしていたものの、昼間から働きもせず酒に溺れ、だらしない庶民であふれていた。男色までが行われた背徳の町(、、、、)であったため、ついに神の怒りを買ってしまう。


 町にはイスラエル人の預言者アブラハムのおい、ロトと、その家族が暮らしていた。

 町で唯一、善良だったロトは、民を正しい道に導こうとするが、人々は耳を貸さない。

 そこで神は町を滅ぼすことを決断。


 むしろアブラハムは神に、「町に正しい者が10人いれば、町を滅ぼさないでください」と訴え、神はその願いを聞き入れる。

 結局、善良な人間はロトの家族しかいなかったのだ。使いの天使たちが現れ、町を滅ぼしに来たことをロトに明かす。そして、こう助言する。


「家族を連れ、命がけで逃げなさい。そのとき、決してうしろを振り向いてはいけません」


 ロトたちが山へ避難する途中、神は天から硫黄の火を降らせて、ソドムの町を滅ぼす。

 そのとき、ロトの妻だけは信心が足りず、背後をふり返ってしまったがために、塩の柱に変えられてしまう。


◆◆◆◆◆


 おれは同僚の一人を拉致らちし、縛り付け、拷問した。

 水責め、鞭打ち、くすぐりの刑、はては三角木馬にまたがらせ、電気あんま(、、、)まで食らわせてやった。

 そして、ついに口を割らせた。




 反ソドム協会は会員になると、結束は固く、家族以上の絆で結ばれるという。全国に隠密の支部があり、それこそ600万人もの人間が加入しているというから驚きだ。

 あらゆる職業人が入会しており、会員同士持ちつ持たれつの結束を築いているため、仕事を斡旋してもらえたり、顧客を紹介してくれたりと、恩恵は計り知れない。だから営業職は数字を上げるのにうってつけの結社だといえよう。


 ……そりゃそうだ!

 この物価高騰のご時世、初見で営業マンが飛び込んで、200万円前後のガレージの契約を取ってくるなんぞ、奇跡に等しい。

 これで、奴らの成績がいいのはわかった。


 反ソドム協会が発足したのは、かれこれ20年前だそうな。

 上層部いわく、現在の我が国は、あらゆる面で腐りきっているという。遠からず、天の裁きがくだされるとうそぶいているとか。このへんは、カルト臭がするのは気にくわないが……。


 入会すると、創世記におけるソドムの町で、難を逃れた善良なロトたち同様、庇護ひごを受けられるそうだ。

 本当かどうか。仮に天のいかずちが落とされたとしても、被害を免れると本気で信じていた。俄かに信じ難い……。


◆◆◆◆◆


 えらく渋滞した国道だった。

 おれは営業車を走らせながら、対向車の希望ナンバーを見た。

 たしかに3年前のオリ・パラ特別仕様の大会エンブレムとは異なり、赤い星に目玉のマークをつけた車は希望ナンバーのうち、10分の1あるかないかの確率だ。

 いかに、反ソドム協会が社会に浸透しているかがわかる。


 協会に入会すれば、顧客を紹介してくれるなら、おれだって入りたくなるのが人のさがというものだろう。

 会員になるには、難しい通過儀礼はなく、審査も簡単だという。

 なんで奴らは、おれだけをのけ者にしたのか。


 ハンドルにすがりついたまま、運転していたときだった。

 突如、ダッシュボードに置いてあったスマホが甲高いアラームを発したので、びっくりしたのなんの。

 ほぼ同時だった。


 車窓の向こうで、町の防災無線が異様なサイレンをがなり立てたのだ。

 まちがいない――Jアラートじゃないか?

 前を行く車列はハザードを点灯させ、路肩に寄せて停車したので、おれもそれにならった。

 窓を全開にし、町内放送に耳を傾けた。


「……先ほど、北朝鮮が飛翔体を発射しました。これまでのロフテッド軌道ではなく、通常の弾道コースです。大陸間弾道ミサイルに核弾頭を搭載したものと見られる複数の物体が、日本に向かっているとの情報です。ただちに頑丈な建物の中に入り、姿勢を低くして身を隠す行動をとってください。最寄りに、地下へ逃げられる施設があれば、そちらへ避難してください。町民のみなさん、どうか落ち着いて、速やかに行動してください……」




 愕然たる面持ちで、おれはそれを聞いていた。

 おれの眼の前で、秘密結社たちの乗る車の内側が、黄金色に輝き出した。

 車内のスイッチひとつで、特別仕様のLEDライトがいくつも点灯する仕組みになっているらしく、すぐに車内は謎の光で満たされたのだ。


 拷問して口を割った営業マンいわく――これこそが反ソドム協会の最大の特典だと言っていったっけ……。本当かどうか、その光の中にいるかぎり、天の雷から庇護を受けられるという。


 そんないかがわしいライトごときで、核爆発の灼熱の赤外線やら熱線、衝撃波から身を守れるのだろうか?

 協会に加入した連中は、車中で眼をつむって手を組み、なにやら祈りを捧げている。

 会員ではないおれは、腐りきったソドムの民衆のように滅ぼされるのか?

 あんまりだと思った。


 しばらく経ったときだった。

 轟音とともに北西の寒空が、真っ白にひらめいた。





        了

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― 新着の感想 ―
[一言] 私はあまり車に詳しくはないのですが、楽しく読めました! 話の広がり方がホラーのようなSFのような一粒で2度美味しい感じで良かったです。
[良い点] はじめまして。 企画から参りました。 縁起のよさそうなナンバー、たくさん見るようになりましたね。一桁の数字、また同じ数字の並んだやつ、今では当たり前のように見ます。 パチンコのところ。 …
[良い点] 希望ナンバーがホラーに繋がって行くのが面白い発想だなと思いました。 面白いホラーを読ませて頂きありがとうございます。 [気になる点] 途中まではホラーだったんですが、最後の終…
感想一覧
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