VS大怪盗Y
VS 大怪盗Y
作・M・M 原案・Y・Y
大怪盗Y…
ある国の美術界を最近にぎわせている泥棒の異名である。
怪盗といえば紳士的でいつも魔法のようなトリックで警察や探偵の目を欺き、まんまと
お目当ての美術品を奪い去っていくというのが世間的な怪盗のイメージであろう。
しかし、大怪盗Yの場合は違う。
建物を爆破させて、現場が混乱になっている時にお目当ての美術品を奪ったり、警官隊に
追い詰められた時、毒ガスで警官隊を全滅させたりと、他の怪盗と比べれば群をぬいてい
る。
せて、今回の話は、そんな怪盗に立ち向かう、五人の男の話である。
主な登場人物紹介
ドル………元野球選手 棒人隊隊長
レアル………元サッカー選手 棒人隊福隊長
元………元コック(私)
マルク………元軍人
ユーロ………元画家
風美光時………棒人美術館館長
斉藤洋一………評論家
山野英子………同
上谷修作………警備員
矢口健治………同
村田平八………画家
大怪盗Y………上記の誰か
「また来てるぜ、あいつ」
棒人隊の元サッカー選手のレアルが、隊長である元野球選手のドルに言った。
「あの外道が…、一週間で何回目だよ……」
「すぐさまやるか?」
元軍人のマルクがパキパキと指を鳴らしドルに聞いた。ドルは黙って首を横に振った。
「あいつの脅威の足の速さを知っているだろ?」
「私達が残した残飯をぶちまけて追い払うか?」
私はそうみんなに提案した。
「お前の脳味噌ツルツルなんじゃないのか?」
元画家のユーロが、私を馬鹿にしたように言った。私はムッとして、ユーロに言った。
「お前明日から飯ぬきな」
「はぁ? お前調子に乗ってんじゃねえか?」
「貴様ら少し黙ってくれ!!」
ドルが叫んだので私とユーロは黙った。
「とにかく、外にいるあの糞馬鹿野郎を、どう追い返すかだ…」
「やっぱぶん殴りに!」
「残飯だろやっぱり!」
「やかましい!!」
そう言ってドルはバットで私とマルクをぶん殴った。
「俺があいつと話しをつけてくる」
ドルはそう言ってドアを乱暴に開け、外へ出た。
遅ればせながら自己紹介をしておこう。私は元コックの元だ。この棒人隊で料理を作っ
て、求人誌をめくる毎日を送っている。この組織は仕事を失った者達が集まり、共に仕事
探しをするのである。そしてさっきからみんなが話している【あいつ】とは、我ら棒人隊
の最大のライバル、仁意打蔵だ。
奴はろくに仕事もせず、仕事を探すやつの家に行き、嫌がらせばかりするとんでもない
輩だ。
その時、ドアが開いた。
「チクショウ!!あの〇#★@¶野郎!」
ドルが訳の分からない言葉を発しながら 入ってきた。
「あの野郎、俺が外に出たら輪ゴム飛ばしてきたり、唾吐きかけてきたんだ!
なんとか俺がヤツの攻撃をかわしてぶん殴ったら、あいつなんて言ったと思う?
「訴えてやる!」へっ、どうせまた親の金を使って馬鹿な事でもやるんだろう、やれるも
のならやってみろってんだ!」
そう言って、足元の求人誌を蹴飛ばし、自分の部屋に帰って行った。
プルルルルルルルルルルル、プルルルルルルルルルルル
「電話なってるぜ」
レアルが求人誌に印を付けながら私に言った。私は仕方なく電話の受話器を取った。
「はい、こちら棒人隊です」
「あっ、私、棒人美術館の館長の風美光時と申します。ドル隊長はいらっしゃるでしょう
か?」
依頼か、私はそう思った。
「はい、隊長は今ご立腹です。私が代わりに要件を聞きましょう」
「あっ…そうですか。ならドル隊長に伝えて下さい、明日の夜12時、とある怪盗が現れ
るので明日の午後6時に美術館にきて下さいと」
ガチャ
「なんだった?」
マルクがのんびりと聞いた。
「仕事だ」
午後5時、私たちは家を出た。
「高いんだろうな? その仕事」
ドルがみんなに聞いた。
「高いって、なにが?」
「これだよ」
ドルは手で輪を作ってみせた。
「お前らしいな、ドル」
「ハハッ」
「俺は怪盗Yを許せないな、人が何日もかけて書いた絵を平気で盗むなんて」
ユーロが真剣な口調でいった。
バスや電車を乗り継いでいるうちに、私達は棒人美術館に着いた。私は美術館の扉を開
けた。
中は本当に、西洋風のすばらしい造りだった。
「昔は俺も戦場で、こんな建物をよく戦車でぶち壊してたもんだ」
マルクが懐かしそうに語った。
周囲を見渡すと一人の女性がいることに気づいた。
「おまちしておりました棒人隊の皆様」
女性は私たちのほうへ近づいてきた。
「館長がお待ちしておりますので、こちらへ来て下さい」
「わかりました。おまえら行くぞ」
「ああ、わかった」
私達は女性に案内され、館長室の前まで来た。
「この部屋に館長は居るはずですから」
そう言って女性は小走りで、どこかへ行ってしまった。
「失礼します」
レアルが館長室のドアを開けた。私達5人は雪崩のように部屋の中へ入った。
「おまちしておりました皆さん。私が館長の風美光時です。おいそがしい所を来ていただ
き、本当にありがとうございます」
予想していたよりも若い男性だった。年令は30代前半くらいだろう。
「今日皆様に来ていただいたのはほかでもありません。悪名高き怪盗Yから、村田平八の
書いた、【怒り】を守ってほしいのです」
村田平八の名前なら聞いた事がある。たしか20年くらい昔の画家で、人の感情をリア
ルに描く事で有名な画家だ。
「これが、脅迫状です」
十月十六日午後12時に、B美術館にある【怒り】を頂きに参上します。Y
「警察へは連絡されたんですか?」
「いや、もしかしたら警官隊の中にYが潜んでいる可能性があるので」
風美館長はそう言って、ユーロのほっぺたをつかんで思いっきり引っ張った。
「イデデデデデデデデデデデデデデデデデデデ…なにするんですか!? いきなり!!」
ユーロは手を机に叩きつけて怒鳴った。
「奴は変装が非常に上手いので、この方がYの可能性があるので…そうだ!皆様もの可能性
があるので」
館長はそう言って素早く私達全員のほっぺたをつかんでひねった。
「ギヤアアアアアアアァァァァ」
館内にみんなの悲鳴が響きわたった。
「どうやら皆さんYじゃなさそうですね」
風美館長は穏やかに言った。
「話しを戻させていただきますが、Yはルパンや二十面相とは違って血を見る事が、大好き
なんですよ」
「エッ…」
「2年くらい前になりますが、Yがある美術館で絵を盗んだ時、少しヘマをおかして警官隊
に追い詰められた際、毒ガスを使って警官隊10数名を全滅させたそうです」
「ここからは俺が館長と話すから、お前らは絵や彫刻でも見てろ」
ドルは私達4人を追い返した。
「あいつの言うとおりにしようぜ」
私達は美術品の陳列室へ向かった。
「おー、なかなかいい絵ばかり飾ってあるなー」
流石元画家だ、一つ一つ絵をしっかり見てまわっている。
「館長さんの言っていた、村田平八の【怒り】を見ようぜ」
「それは無理だと思います」
そう背後から声がしたので私は後ろを見た。若い男女が立っていた。
「【怒り】は、3階の個室に二人の警備員に守られていると思いますよ」
男性のほうが私に言った。
「あなた方は誰ですか?」
「あっ…自己紹介が遅れましたね。私達は絵の評論家の斉藤洋一です」
「初めまして、山野英子です」
山野と名乗った女性は私達に向かってお辞儀した。
「棒人隊の元です」
私は自分の紹介だけした。
「こちらの方々は…」
こいつらも紹介しなきゃいけねえのかよ…メンドクセエ…
「こちらはメンバーのマルク、ユーロ、レアルです」
私はできるだけ丁寧に紹介した。
「【怒り】はどこにあるんでしたっけ?」
ユーロが二人に聞いた。
「3階の個室に…」
「わかりました!ありがとうございます!」
ユーロはものすごい速さで走っていった。
「どうせ叩き出されるだろ」
「あいつも馬鹿だなあ。本当に、」
「あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ユーロの悲鳴が聞こえてきた。
「お前も本当に馬鹿だなあ」
ユーロが自分の腕に包帯をまくのを見ながらドルは言った。
「人の話しを聞かないからこんな目にあうんだよ」
「うるせえ!貴様だけには言われたかねえ!!」
ユーロがドンッと机に手を叩きつけた。
「お前を打ち負かした警備員、矢口さんと上谷さんだっけ? お前をYかと思って4の字固
めと地獄車をかけた事を謝ってたぞ。悪いのはお前なのに…あとで謝っとけ」
「あんたに言われなくてもわかってるよ…」
午後7時…Yが現れるまで、あと5時間。
私はこの緊迫とした空気をやわらげるため、あるものを出した。
「お前ら、トランプやらないか?」
「おおっ!お前を棒人隊に入れてよかったぜ!」
ジャンケンで順番を決め、ポーカーをすることにした。
「フルハウス!!」(レアル)
「ワンペア!!」(ドル)
「ロイヤルストレートフラッシュ!!」(マルク)
「フラッシュ!!」(私)
「ストレート!!」(ユーロ)
ドル以外みんな強い役を出してきた。
「ハハハハ!ドル、お前メチャクチャ弱くね?」
「笑えよ、お前ら、笑えよ、俺は生まれてから一度もポーカーで勝った事なんかないんだ
よ」
「ハハハハハハハハハハハハハ!!」
そんなことで勝負は10時までどんどん続いた。ドルは1勝、(みんなが花を持たして
やった1勝だ。)レアルは28勝、私は13勝、マルクは54勝、ユーロは23勝した。
「そろそろ、持ち場についたほうがいい、みんな行くぞ」
私達の持ち場は【怒り】が置いてある個室のドアの前だ。(ユーロが警備員二人に4の
字固めと地獄車をくらわされた部屋の前でもある。)
「どんな手を使っても【怒り】を守るんだ。これには棒人隊のメンツに関わる仕事なだ」
メンツなんかじゃなくてあんたはどうせ金しか頭にないんだろ?……ドルにそう言おう
としたが私は、言ったらその後自分どうなるかを想像したら恐くなってやめた。
見張りをしてて1時間50分がたった時、(11時50分)ドルが口を開いた。
「なんか腹が空いてきたな…マルク、なにか買ってこようぜ」
ドルがマルクに命令した。
「あーあーわかりましたよ。なにか買ってきますよ」
「うんうん、それでいいんだ、それで」
ドルがにっこりと笑った。マルクはブツブツと文句を言いながら暗い闇へと消えて行っ
た。
それから約10秒がたった時、闇の中から足音が聞こえてきた。
「Yか?」
緊張しながら私達はそれぞれの武器をかまえた。ドルは金属バット、レアルはサッカー
選手時代に鍛えた自分の足、私はいつも愛用しているフライパン、(包丁は危ないのでや
めた。)ユーロは後ろにトゲが後ろに仕込んでいる筆、とても武器にならないような物ば
かりだと皆さんは思うかもしれませんが、どんな物でもうまく使えば頼れる武器になるの
だ。
「誰だ!そこにいるのは!!」
ドルが声を震わせ、闇に向かって怒鳴った。
「私です、英子です」
なんと足音の主は山野さんだった。
「なんであなたがここにいるんですか!?」
「少しでもここに居て絵を見たいですから」
「それで…ここに何しに来たんですか?」
「ああ…徹夜で絵を守ってくれている貴方達にこれを渡そうかと思って」
野山さんはバックからラップで包まれているおにぎりを五つ出した。
「ありがとうございます!!」
ドルが一番最初に山野さんからおにぎりを受け取った。
「おいドル、マルクがなにか買って行ってるのに食べて大丈夫なのか!?」
「いいよ俺があいつに訳を話すから、お前らも受け取れよ」
しかたなく私達三人は山野さんからおにぎりを受け取り、ラップを外しておにぎりに食
らいついた。
「変わった味していますね。このおにぎり」
ドルが山野さんに、うれしそうに言った。
確かに変わった味だった。けして不味くはないのだが、今まで食べてきたおにぎりと少
し変わった味だった。
バタッ
ドルが膝をつき、ゆっくりと固い床に倒れた。レアルも、ユーロも床に倒れた。そして
私も恐ろしい睡魔に襲われた。
「……!!」
遥か彼方の遠くの方で声がしたような気がした。
「さっさと起きろ!!!!!」
バチン!
ほっぺたの肉がえぐられるた思うくらいの強い平手打ちで私はやっと目を覚ました。
「ハッ…糞っ、あの女!!」
あの女というのはもちろん山野英子だ。私達はおにぎりに含まれていた睡眠薬を飲まさ
れたのだ。今思えば薬が含まれている物なので、おかしな味がして当然だ。
「そうだ!あの三人はどうした!?」
「ここにいるよ」
マルクとユーロが丁度私の真後ろにいた。
「俺達も眠らされるとはなんとも馬鹿馬鹿しいものだ…」
「ドルは!?」
「あいつはここにいるよ」
ドルは鼾をかきながらグーグーとまだ寝ていた。
「何度も平手打ちや蹴りをいれても全然起きる気配がないんだ」
「そうだ!!【怒り】はどうした!?」
私は一番重要な事を思い出した。
「そうだ!それだ!!」
4人も人がいて誰一人思い出せないとは恐ろしく情けないものだ。
ダンッ!
レアルが【怒り】が置かれている部屋の扉を蹴り飛ばして開けた。
絵は盗まれていた。
絵が飾ってある額縁には絵の変わりに、大きくYとコピーされた紙が額縁に入っていた。
そして、その傍らには絵を警備していた二人の警備員が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
一番先に警備員の方に駆け寄ったのはユーロだった。そして脈をはかった。
「ど…どうだ…?」
私は生唾を飲んで恐る恐るユーロに聞いた。ユーロは黙って首を横に振った。
「死んでんのかよ…」
「おい!この警備員はまだ息があるぞ!!」
マルクとレアルが声を張り上げ、私とユーロに言った。私はすぐにその警備員のもとへ
走って脈をはかった。
ドクン、ドクン
脈は十分強く、絶対に助かりそうだった。
「この人達は誰だ?」
「死んでる方が矢口警備員で、生きてる方が上谷警備員だ」
「な…な…なんですか!これは!」
後ろを振り向くと眠そうな顔をしたドルと顔を真っ赤にした風美館長がノロノロとこち
らに近づいてきた。
「どうしてくれるんです…あの絵には…【怒り】には…三億もの保険をかけているんです
よ…」
風美館長の声が涙声になっているのに気づいた。
「どうなさったんですか!?」
山野さんがやって来た。ユーロが最初に山野さんのもとに走った。
「おい!あんた!【怒り】をどこにやった!言え!」
「えっ…【怒り】ですか、知りませ…」
「とぼけるな!!」
ユーロが筆を出して山野さんの首に押し当てた。「ヒッ」と山野さんが小さく悲鳴を上
げた。
「まず俺達4人を睡眠薬で眠らせて、部屋の中へ入って警備員一人を殺しもう一人を重傷
を負わせて絵を取って逃げたんだ!!」
「おい、でもYは変装の名人だから山野さんに変装して俺達を眠らせる事だってできるん
じゃないか?」
「とりあえず、上谷さんは救急車が来るまでソファで寝ててもらおうぜ」
そんなわけで私とレアルは二人係で上谷警備員を1階のソファに運ぶ準備にとりかかっ
た。
「俺は下の方を持つからお前は上の方を持て」
「わかった」
私はすぐに上谷警備員の肩の部分を持った。
「んっ?」
私は思わず声を漏らした。上谷警備員のポケットから白い物が飛び出ていた。顔を近づ
けてよく見たら折り曲げた布だった。かなり厚みがある。
「おい、なにしてんだよ。早く運ぶぞ」
「あ…ああ…」
私はその布を何気に自分のポケットに素早くねじ込むと二人で上谷警備員を持って個室
を出た。
「さて、早くこの人を1階のソファに持って行こうぜ」
しかし上谷警備員の身体は予想よりも重く、一歩一歩を歯を食いしばって歩かなければ
ならなかった。
ようやく2階まで達した時、暗闇から足音が聞こえてきた。
「まさか…Yか?」
背中に寒気が走った。それはレアルも同じだったらしく、暗闇でも顔がピクリと引き
つっているのがわかった。足音が近くなるにつれ、足音の主の影がはっきりしてきた。
「あなたもいらしたんですか、斉藤さん」
その人物は陳列室で山野さんと一緒にいた評論家の斉藤洋一さんだった。斉藤さんは少
し笑みを浮かべ、私達に片手を挙げた。
「丁度よかった。この人を1階のソファに寝かせるのを手伝って下さい」
斉藤さんは少しビックリしたような顔をしていたが、しばらくしたらコクリと黙って頷
き、小走りで私達の方に来て上谷警備員の腹の部分を持った。
斉藤さんの助けで上谷警備員の身体はかなり軽くなり、どんどん下に進められるように
なってきて、ようやく1階のソファに寝かせる事ができた。
「やっと終わった…斉藤さん、ありがとうございます」
斉藤さんは少し笑みを浮かべて後ろ頭を掻いた。
「私どもの仲間が待ってますので、上に戻ります」
そう言って私とレアルは斉藤さんに軽く会釈した。
階段を上っている時、レアルが私に話しかけてきた。
「おい、斉藤さんってなんか少しおかしくないか?」
「おかしい? あの人のどこがおかしいんだよ」
「馬鹿か、人に出会って一言も話さない人間なんて絶対にいないだろ」
たしかに…そんな人間はよっぽど事がないかぎりいないだろう。
「もしかするとあの人がYかもしれないな…」
気がつけばみんなの待っている部屋に辿りついた。
「おいみんな、戻ったぞー」
「ああ…おかえりなさい…」
みんなはゲッソリと、かなり疲れた状態のようだ。
「おい…いったい…どうしたんだ?」
「どうしたもなにも…こっちはこっちで大変だったんだぞ」
「ああ…聞いてくれよ…お前らが下に上谷警備員を運んでいる時、風美館長が泣きなら、
「絵を取り戻してくれ、絵を取り戻してくれ」と土下座してきたんだよ。そしてようやく
俺が説得させて向こうに行かせたんだ」
ユーロがフゥー、と息を吐き出した。
「ご苦労さん。んで、お前らはYの目星がついたか? レアルなんかはもう目星はついたよ
うだぜ」
「フンッ、どうせお前らは根拠もなしに直感だけで「こいつが犯人だ!」と、思っている
んじゃないか? 俺のはちゃんと根拠があるぜ」
ユーロは筆を手でクルクルと回しをしながら言った。(かなりレベルの高い技だった)
「ほー、んじゃユーロ、お前の考えを聞かせてくれないか?」
「いいだろう、俺の考えではYは山野英子だ。
1、 あいつはまず変装をしていない顔で俺達に会って睡眠薬入りのおにぎりを食わせる。
2、 俺達を眠らした後、絵が置いてある部屋に入り、毒ガスで警備員の二人をダウンさせ る。
3、 後は絵を外して持ち去る。
どうだ!!貴様にはここまで思いつかなかっただろ!!」
「少し質問がある」
私は少し疑問がある所があったのでユーロに聞いてみた。
「なんで山野さんは俺達を眠らす時、変装をしなかったんだよ」
「今回のトリックは今までの自分の犯罪の常識を覆すトリックだ。怪盗Yは山野英子に変装して俺達を眠らせまんまと【怒り】を盗む。
普通の素人は山野英子が犯人だと思う。しかしプロは、犯人は変装が得意だからそれを使って山野英子に変装して山野英子に罪をきせるためだと考える。それがあいつの考えなんだ」
「なるほど、深く考えれば考えるほど真相は見えないって訳か…お前はそう考えてるんだな」
「ああそうだ」
「へー、ユーロお前山野さんを疑がってんのか」
マルクが身を乗り出し、グーッとユーロに顔を近づけた。
「俺は風美館長が怪しいと思ってんだが」
「フン…お前の考えを言ってみろ」
こいつ…完全に天狗になってあがる…
「風美館長はさっき【怒り】に、三億もの保健をかけてると言ってたよな。俺の考えでは
風美館長の自作自演だと思うんだ」
「要するにお前は風美館長が怪盗の名前を使って犯行を行ったと思ってるんだな」
「そうだ」
「ハンッ!!それはただの予想だろ」
「ユーロ…お前のやり方とは違って、俺はまず過去から掘り返してから事件の真相に辿り
着く…」
「どうせ俺がこの事件の真相に辿り着くに決まってる」
私はユーロをぶん殴ってやりたくなった。この忌々しい天狗を木の上から叩き落して長
いその鼻をへし折ってやりたくなった。
その時廊下からドタドタという足音がこの部屋に近づいてくるのが分かった。その場に
居た全員が部屋の扉に目を向けた。
「何事だ!!」
ドルが立ち上がり扉の方に駆け出した。ドルが扉の前に来た時、黒い影が飛び出してき
てドルに思いっきりぶつかって吹っ飛ばした。その黒い影も反動で吹っ飛んでしまったよ
うで、反対側からもドンと音がした。私達は倒れているドルをほおっておき、倒れている
影の方に向かった。
「大丈夫ですか?」
マルクが持っていたペンライトで影の顔を照らした。
「あなたは…斉藤さん、どうしたんですか? こんな所へ」
黒い影の正体はさっき上谷警備員を1階に連れて行くのを手伝ってもらった斉藤さんだっ
た。
「どうしたもこうしたもない。とにかく1階に来て下さい!」
彼はそう言って立ち上がり階段の方へと走っていった。
「いくぞ!」
私はみんなに声をかけて一番に1階へと向かった。
私は5人のなかで一番早く1階に来たようだ。
「さん!こっちです!!」
斉藤さんが少し離れた場所で私を呼んだ。
「すぐ行きますよ!!」
私は斉藤さんの方に向かって走り出した。こんなに大急ぎでいったいなにがあったのだ
ろうか?
「あそこです」
斉藤さんは左手を垂直に上げて指をさした。斉藤さんが指をさした先は私とレアルと斉
藤さんが苦労して運んだ上谷警備員だった。
「上谷警備員がどうかなさったんですか?」
「死んでるんですよ…」
「は?」
「だから、死んでるんですって」
「馬鹿な!あんなに脈がはっきりしてたのに!」
「いったいどうしたんですか!」
ようやく他のメンバーの4人が来たようだ。
私はすぐさま上谷警備員の脈をはかった。脈は氷のように冷たくなっていて、すぐにもう
息がないと分かった。なぜだ…
「ほかにこの美術館にいる人間にこの事を伝えようぜ」
「俺は山野の野郎にこの事を伝えてくるから、お前ら4人は風美館長にこの事を伝えてこ
い」
「ユーロ、いっしょに山野さんに伝えようぜ」
ユーロ一人に行かせたら山野さんに何をするか分からない。
その時、マルクがサッと手を挙げて言った。
「俺もいっしょにお前らと行くよ」
彼もまたユーロの態度から山野さんの危険を感じ取ったのだろう。
「じゃあ俺はドルといっしょに行けばいいんだな」
「リーダーと言え」
あんたはたかがこんな小さな組織のリーダーだという事がそんなに誇らしいのか…喉ま
で出かかった言葉だがグッと言うのを我慢した。
「とにかく早く二人に伝えようぜ」
「それもそうだな」
私達は二人と別れ三人で山野さんを探しに行った。
「三人もいるんだ。俺は1階を探すから、マルクは2階、は3階を探してこい」
「いや、固まって探そう」
もしユーロが先に山野さんを見つけたら今度は山野さんの命が危ない。
「分かった、じゃあまずはこの階を探そう」
山野さんは1階の絵や彫刻が置いてある個室にいた。
「何か…御用ですか?」
「上谷警備員が亡くなりました」
「どけ!!!」
ユーロがいきなり私を部屋の外まで突き飛ばし、部屋の中に入った。
「あんたが怪盗Yなんだろ!俺達を睡眠薬で眠らし、毒ガスで警備員を殺って絵をまんまと
盗み出した、理由はなんだ? 二人の人間を殺してあんな絵が欲しかった理由はなんだ?
えっ!答えろ、答えあがれ!この野郎!!」
ユーロがトゲを仕込んでいる筆を取り出し、山野さんに詰め寄った。
「ユーロ!人を疑うのにも程があるぞ!!」
マルクが山野さんの前に出た。
「ほー、犯罪者をかばうのか。それとも、この女に気でも持ってんのか、ん?」
「なんだと!!」
マルクの鉄拳がユーロの顔に入った。ユーロは顔を抑えよろめいたが、なんとか倒れず
に持ちこたえた。
「クク…クククク…マルク君、とうとう君はこの天才画家ユーロ様を怒らしてしまったよ
うだね」
ユーロが顔を覆っていた手を離した。ユーロの顔は鼻血で赤く染まり、鼻は不自然に折
れ曲がっていた。とうとうマルクが天狗の高い鼻をへし折ったのだ。
「死ね!マルク!!」
足の先が見えないくらいの速いユーロのキックがマルクの胸に当たった。マルクは蹲
り、ゲホゲホと咳き込みだした。
「へっ、カスが」
ユーロがペッとマルクに唾を吐きかけた。これには流石の私も頭にきた。
「おい!ユーロお前少しやりすぎじゃねえか?」
「君もか君…まあいい、今から10数えるからその間俺に謝罪したら許してやろう」
「…その必要はないさ…」
ユーロの後ろで体を震わせながらがんばって立とうとするマルクの姿が見えた。
「…こいつは俺が食い止めるから、お前は山野さんを連れてここから逃げろ」
なにかの漫画かアニメのような展開だ。
「行け!!!」
マルクが思いっきりユーロにタックルしてユーロをはじき飛ばした。
「山野さん!!行きましょう!!」
私は山野さんの腕をつかんで走った。マルク…君の尊い犠牲は一生忘れない…
あの個室が見えなくなると私は歩き出した。
「あの…あの二人はいつもああなんですか?」
「いえ…本当はもっといい奴のはずなんですが…そういえばさっき、ユーロが盗まれた絵
の事を「あんな絵」と言ってましたが、【怒り】はそんなにヒドイ絵だったんですか?」
「まあ…けして悪い絵じゃないと思うけど、評論家の私としてはあまり…」
「そうですか」
しばらくして私と山野さんはみんなの待っているロビーに入った。ドルやレアル、風美
館長も斉藤さんもいた。
「遅かったじゃねえか…あれ? ユーロとマルクはどうした?」
ドルが聞いてきたので私は本当の事を言う事にした。
「マルクは俺と山野さんの命を助けるために…死んだ…」
「なに言ってるんだ? あっそうそう、さっき風美館長が警察に連絡したんだが、ここら
へんは交通の便が悪いから最低でも一時間はかかるそうだ」
「そうだ!! この際、警察が来るまで皆さんから事情聴取でもやろうぜ」
レアルが元気よく私とドルに提案した。
「そいつは名案だ、では早速風美館長に個室を借りようぜ」
数分後……
風美館長から個室を借りて、その個室に机と椅子を置いて事情聴取の準備を着々と進め
て行った。レアルはマルクとユーロを探しに行ったので事情聴取に立ち寄るのは私とドル
だけだ。
まず最初に事情聴取を行うのは斉藤さんだ。彼は少しだけレアルにじゃないかと疑われ
ている。
「失礼します」
斉藤さんが軽く会釈をしながら扉の戸を開けた。椅子をゆっくりと引きデンと椅子に
座った。
「さっそくですが、あなたは事件発生の時何をしてましたか?」
「私はその時陳列室で山野さんといっしょに評論する絵をみていました」
ドルがミミズがはったような汚い字でメモ帳にその事を書きなぐった。
「ほかには?」
「少し疲れたんで、陳列室を出て…そしたら上谷警備員を運んでいたあなたとレアルさん
に会ったんです」
「少し質問してもよろしいですか?」
私はレアルが疑問に思っていた事を斉藤さんに聞いてみる事にした。
「なぜあなたは私達に会った時なぜ一言も喋らなかったんですか?」
これにはどう言っていいか分からないだろう。しかし彼は平然とした様子で言った。
「あなた達はよく友人と話している時、つい相手を傷つけてしまう言葉を言う事がある
じゃないですか。私はそれで子供の頃それで人間関係が上手く行かなくなった事がある
んで、それ以来あまり人とは話さないようにしたんですよ。ほかに質問はありまか?」
「はい、あなたはレアルとを手伝ったあと、なにをしていました?」
「そのまま陳列室に戻りましたよ」
斉藤さんはポケットから煙草を取り出し、マッチで火を付けた。
「ご協力ありがとうございました」
彼は立ち上がりまた軽く会釈をすると椅子を戻し、扉の外へ出て行った。
「次は山野英子さんだな」
彼女は必要以上にユーロに疑われている。
「次の方どうぞ」
ドルが医者のように山野さんを呼んだ。
「はい」
山野さんが扉の戸を少し開けて中の様子を窺って入ってきた。きっとユーロがいたら全
速力で逃げる予定だったのだろう。
ユーロがいない事が分かって安心したのかやっと用意してあった椅子に座った。
「山野さん、事件の時貴方は何をしていましたか?」
「私は陳列室で斉藤さんといっしょに絵を見ていました」
「斉藤さんの話しによると斉藤さんは陳列室から休憩のため出たそうですが、斉藤さんが
いない間、何をしていました?」
「しばらく絵をみていたら風美館長がコーヒーを持って来て下さったんでそれを飲んでい
ました。風美館長に聞けばわかると思います。
その後、貴方達の声を聞いてあそこへ向かったんです」
「何か気付いた事はありますか?」
「斉藤さんなんですけでも、私がいくら話しかけてもなかなか返事をしてくれなかったん
ですけども、貴方達を手伝って帰ってきてから喋るようになったんですよ」
「わかりました、ご協力ありがとうございました」
「貴様〜ここにいたのか」
「ユーロ!」
山野さんを必要以上に疑っているあの堕落画家のユーロが山野さんを睨みつけながら扉
の外に立っていた。
「お前、俺にやられてもまだ暴力で聞き出そうとするのか!?」
あの声は…
「マルク! お前生きてたのか!」
「ああ、こんな堕落画家なんかに殺されるような俺じゃねえよ。そうだ、コイツをぶっ飛
ばして気絶させた後、置いてあったパソコンで風美館長の経歴を調べてみたらおもしろい
事が分かったんだ」
「なんだよ、それは」
「まあ、のちほど話すよ」
山野さんのもとへ行こうとするユーロを両手でガッチリと掴み、扉の外へ引きずり出そ
うとした。
「離せ!! 貴様!!」
「お前また俺のパイルドライバーをくらって気絶させられたいのか」
「うるせえ! お前に画家の気持ちが分かるか!!」
「ああ、元軍人の俺にはお前ら芸術家の気持ちなんか分かんねえよ」
マルクが完全に扉の外にユーロを引きずり出してピシャリと扉を閉めた。
「やっと静かになったな」
山野さんも行ってしまうとドルが椅子を座り直して息を吐き出した。
「最後は風美館長か」
「入ってきて下さい、風美館長」
数秒間ほど間があってようやく風美館長が部屋に入ってきた。
「長い時間事情聴取をしませんよ」
風美館長は何も答えずに用意していた椅子に座った。
「【怒り】はちゃんと戻ってくるんでしょうね」
「は…はい、棒人隊の名にかけてを捕まえて絵を取り戻します」
風美館長が私達の方を睨みつけてきたのでドルは話しを合わせようとした。
「頼みますよ、あの絵は私にとって…まあ、そんな事はいいから早く調べて下さい」
「分かりました、では…事件があった時貴方はどこで何をしていましたか?」
「はい、脅迫状を貴方達に見せて貴方達が出て行った後、数十分間、館長室で詰め将棋を
していました、その後山野さんと斉藤さんにコーヒーを淹れてお二人に持っていきまし
た」
絵を守っていた私達には何の差し入れもなかったのかよ…
「そのあと、貴方達の声を聞いて、山野さんよりも速く貴方達の所に向かったんです」
「何か気付いた事はありませんか?」
風美館長は少し黙ったのち、首を横に振った。
「分かりました。ご協力ありがとうございます」
「分かったのはこれだけみたいだな」
私達はさっき事情聴取をした個室に集まった。
「みんなが言ってる事は全部筋が通ってるな」
「みんなはちゃんとアリバイがあって、あの三人には【怒り】を盗む事はできないから、
外部の人間がYだろうな」
ユーロが諦めきって様子で椅子に座った。
「そうだ、お前らが絵や彫刻を見ている時に、風美館長からいい事を教えてもらったん
だ」
うつむいていたドルがハッとした様子で顔を上げて私達に言った。
「なんだよそれは!」
「風美館長の話ではYには部下がいるそうだ」
「なるほど、もしかするとこの犯行も部下の手を借りてやったのかもしれないぞ!」
すると、部屋の隅で座っていたレアルがいきなり立ち上がった。
「分かった…Yの正体…そしてYのトリックがな!!」
「エッ…と、いうことは、Yの正体が分かったんですか!?」
風美館長が動揺した様子でレアルに聞いた。
私達はレアルの指図で、風美館長、斉藤さん、山野さんを、あの【怒り】があった個室
に呼び集めたのだ。
「あと数十分もすれば、警察が来ますから彼らに任せた方がいいんじゃないですかね」
斉藤さんが面倒そうに言った。
「それで…Yは誰なのですか?」
山野さんがレアルに聞く。
「では…話を始めましょうか。
まずYは自分の部下に、自分に変装させて自分のアリバイを作りだしたのです。そして山
野さんに自分も変装し、私達の前に姿を現したのです。
そして私達を睡眠薬入りおにぎりで眠らしたあと、Yはこの個室の中に入り毒ガスで警備
員の二人を殺害したあと、まんまと【怒り】を盗み出したんです」
「おい、お前に二つ質問がある」
ドルがシュッと手を挙げた。
「まず一つ目は、Yはなぜ山野さんに変装して俺達の前に姿を現したんだ?」
「そりゃ山野さんに罪をなすりつけたかったからだよ」
「それともう一つ、なぜYは警備員の二人を殺害したのに、俺達は殺さなかったんだ?」
「今度はいい質問だ。それは山野さんに罪をなすりつけたくても、山野さんがここに来
たってのを知っている奴らが全滅してしまったら意味がないだろう?」
「なるほど…」
ドルが感心したように腕をくんだ。
「次に、上谷警備員の死体をどこか別の場所に隠したYは、今度は上谷警備員に変装すると
私達が起きるまでその場に倒れておいたんです」
「じゃあ、俺達の運んだあの人は…」
私は思わずレアルに聞いてしまった。
「そう、俺とお前が運んだあの人は上谷警備員ではない。大怪盗Y自身だ」
そうか…私とレアルはあの時気付かないうちに、Yの運び屋にされてしまったのか…
「そして、私達に運ばれたYは本物の上谷警備員の死体とすりかえ、自分の本当の顔に自分
を戻してなに食わぬ顔で私達、棒人隊の所に姿を現したんです。
そうですよね?Y、斉藤洋一さん?」
みんなの視線が斉藤さんに集まった。この人がY?そんなばかな…
「…オイオイ…なんで私がこんな男にYにされなくちゃならないんだ?それにだ、そんなト
リックなら風美館長にだってできるんじゃないのか?」
「じゃああんた、俺とがあんたに階段で出会った時や、山野さんがいくら話しかけても言
葉を発さなかったのは、昔、言葉で人間関係がうまくいかなくなった事があると言って
たよな。だが、本当はそんな理由じゃないんだろう?
それは、あんたに変装し、あんたと同じ顔に真似る事はできても、その部下はあんたの
声までは真似る事は出来なかったんだよ。
そう、俺達を手伝ったヤツも、山野さんと陳列室で絵や彫刻を見ていたヤツもあんた
じゃなく、あんたの部下だろう?」
レアルがバスリと止めを刺したので、斉藤さんは頭を下に下げてうつむいてしまった。
風美館長も、山野さんも、以外なYの正体に驚いている様子で、ただポカンと口を開け
て、斉藤さんを見つめる事しかできないようだった。
「ク…クククククク…」
いきなり斉藤さんが声を押し殺して笑いはじめた。
「クク…そうだよ…俺こそが【怒り】を盗み出し、二人の警備員を殺害した、大怪盗Yだ
よ」
斉藤…いや、Yがバッと顔を上げた。
「俺がやったのは今コイツが言ったとおりだよ。いやぁ、自信あったんだがなあ」
「なぜ…あんたはこんな事を…」
ドルがガチガチと歯を震わせてYに聞いた。
「俺はガキの頃から絵描きになるのが夢でな、よく週末には近くの美術館に行っていろい
ろな絵や彫刻を閉館時間ギリギリになるまで心行くまで見続けたよ」
Yはなつかしそうに私達に語った。
「俺は美術大学へ進み、ガキの頃からの夢だった絵描きになるために本格的に美術の勉強
をしたんだが…」
Yの声が一瞬暗くなったのを私は分かった。
「いくら絵を描いても、いくら努力しても、誰も俺の作品を高く評価せず、俺は絵描きに
なるのを諦めるしかなかった…」
「そうか!あんたの動機は昔、自分の絵を評価しなかった美術界への復讐だな!」
ユーロがビシリとYに指をさした。
「誰がいつそんな事を言った?」
Yがユーロを睨みつけた。これには流石のユーロもビビッたらしく、一歩後ろへとさがっ
た。
「まぁ、たしかにそれもあるが、俺がYになったのはそんな理由じゃない」
そう言って、Yは再び語りだした。
「絵描きになれなかった俺は仕方なく評論家という仕事についたわけだが、そこで俺は
ハッキリ言って呆然となったよ」
Yはフウッとためいきをついた。
「俺より才能のない連中が絵描きになってあがるんだよ。
初期の絵だけはいい絵を描いて、数年くらい経つとガタガタの絵ばかりになるヤツの方
が多いかったんだよ」
Yは両手を広げ誰もいない方に歩きだした。
「そこで俺は考えた、そんな腐れ絵描きの絵からこの神聖なる美術界を守れないと…」
「そして、大怪盗Yが誕生した…」
「なぜ、一つの絵を盗むのに、たくさんの命を貴方は奪ってまで絵を…」
「まだ分からないのか?腐った絵から神聖なる美術界を守るなら、人の命なんか軽いもの
さ」
私はこの男を蹴り飛ばしてやろうと前に出ようとしたが、マルクが後ろからガッと私を
押さえこんだ。
「あの…」
風美館長がYに聞いた。
「なんだ?」
「あなたが盗んだ絵はどうするんですか?」
「アジトに持ち帰って焼くに決まってるじゃねえか」
風美館長が足の膝をガックリと落とす。
「だがな、あんたの絵は俺がうっかり落としたんだよ、上谷警備員に変装して、部屋を出
される時にな」
「エッ…」
まさか…その時私が拾った布は…
「まさか…あんたの落とした物ってこれか?」
私はポケットからその布を出して、みんなの前でバッと広げて見せた。
「そ…それは!」
それはまさしく盗まれたはずだった、風美館長の、村田平八の【怒り】だった。
「お…お前それをどこで!」
「拾いました」
「拾ったぁ!?」
私以外のメンバーの四人や風美館長、山野さん、そしてYの声が綺麗にハモッた。
「フンッ」
Yが軽く鼻で笑うとコートのポケットからスプレー缶のようなものを取り出した。
まさかそれは…
「おい、お前。その絵を俺によこせ。
もし渡さなかったらお前ら全員をあの警備員の二人のようにしてやる」
「何!?」
やはりYの出したスプレー缶のようなものは毒ガスのつまった缶だったようだ。
「そのままでいいからコイツをそっちよこせ!」
「やむをえない、【怒り】をコイツに渡すんだ」
ドルのこの発言からすると完全に【怒り】を守る事を諦めた様子だ。
「いけません!さん!!この絵を渡しては!!!」
風美館長の声がこの個室に響く。
隊長の命令を聞くか、依頼人の命令を聞くか…もういい…こうなれば…
「Y…この絵を貴様にくれてやるわ!!」
私は【怒り】をフリスビーのようにYの缶を持っている方の腕にブチ当てた。
カランカラン
パスッ
毒ガスの缶と【怒り】が床に落ちる
「な…何しやがる!」
Yがそれらを拾い上げようと手を伸ばそうとしたその時だった。
「今だ!」
ユーロがYに飛び掛った、それに続いてマルク、レアル、そして私も飛び掛った。
ドルと風美館長は急いで【怒り】と毒ガスの缶を拾い上げる。
「ぐはっ」
マルクが強烈な手刀をYの首筋に入れたので、Yは口から泡を吹き出して美術館の固い床
に沈みこんだ。
遠くの方からパトカーの独特のサイレンが聞こえてきた…
事件が終わったからハイ、サヨウナラと言う訳にもいかなかったらしく、私達も警察へ
と連れていかれ、まるで容疑者のように取り調べを受けた。
Yはその後、留置所内で自殺しているのを発見されたので、Yが過去に犯した犯罪のやり
方や、Yの部下達については、永遠に闇の中へ葬り去られる事になった…
事件から数日後…
私は夕食の時、ずっと気になっていたことを私はみんなに告げた。
「おいマルク、あの日「風美館長の経歴を調べてみたらおもしろい事が分かった」と言っ
ていたが何の事が分かったんだ?」
「ああ、あれか…なんか、風美館長の旧姓は村田っていう姓だったらしいぜ」
「村田…!!」
村田と言えばあの【怒り】の作者の村田平八しか私は思いつかなかった。
「風美館長のじいちゃんに当たるよ、村田平八は…」
「へえ…んで、何で村田の姓だった風美館長は、なんで風美の姓になったんだ?」
「風美家は、世間にも言えないような汚いやり方で村田家に養子縁組を作ったらしいん
だ」
「そして風美館長が…」
「かわいい孫を風美家に奪われた村田平八は、悲しみと怒りのどん底で描き上げた絵があ
の【怒り】だったんだよ。
だから、たぶん俺の想像だが、その怒りのあまり筆が乱れて他の絵に比べたら下手糞に
見えたんだろ」
「そしてYに狙われた」
「そうか…」
ユーロが茶碗を置いて、呟いた。
「お前の話しを聞いてみたら、自分が間違っていた事に気付いたよ…
あの日、俺はあの絵を「あんな絵」なんて言ってしまったが…やはりあの人は天才だ
よ」
「村田平八は風美家に【怒り】を送りつけたんだよ、脅迫状の代わりにな…だが風美家は
それを脅迫状として受け取るどころか、天才画家、村田平八からの贈り物として自身達
の所有する美術館の目玉として置いたんだ」
「絵だからな…」
「アッ、そうだ!【怒り】はあの後どうなったんだ?」
「折りたたまれていたせいで油絵の具が剥がれて傷んでいたらしいのだが、腕利きの画家
に修復してもらったそうだ」
マルクがチラリとユーロの方を向く。
「まっ、今回の件で世間に少し顔を出されて、仕事の方もちょっぴり俺達の所に来るよう
になるだろうよ!」
そう、これで棒人隊は解散という訳ではないのだ。
今回の事件よりも、もっと過酷な事件の壁が私達の前に立ちはだかる事もあるだろう。
しかし、私達五人がそれぞれの知恵や勇気を出し合い、その壁を打ち砕き、たった一つ
の真相への道を見つけ出すのだ…
END