鉄と羊
今、あなたはどこにいますか?
どこかへ向かう途中の電車の中?
誰かが運転している隣?
それとも、、、そう、家でゆったりとソファーにこしかけてたり。
もしそうだとすれば近くにはテーブルがあって、そこにはあたたかな湯気がたつココアが注がれたカップ。
それとクッションが一つ二つ、三つ!
彼らはそっとあなたに寄り添ってあなたが快適に過ごせるようにと、あるべき場所でやるべき仕事をしているのです。
それから当然ですが、彼らは夜になってあなたが眠りについたら動き出します。
やかんやクッションも空っぽになったカップも、ライトが消えたらもぞもぞと体をゆすっておしゃべりを始めるのです。
(もちろん、ライトも!)
ぬいぐるみ達も例外ではありません。
夜になったらみんな腕を伸ばして「ふわぁ」とあくびのような声をあげると隣のぬいぐるみに
「やあ、いい夜だね」
「そうだね、月が実にキレイだ」
とあいさつします。
けど、羊のぬいぐるみプーシはぷいとそっぽを向いて洋服タンスの上からぴょいと飛び降りると、トコトコと子供部屋を出て行ってしまいました。
プーシはそのまま階段を下って一階へ。
リビングに向かう暗い廊下をふわふわの4本足でとことこ、とことこ。
書斎にいたアーノルドが歩いているプーシを見かけて慌ててその後を追いました
どうやら、家政婦のミチェルが書斎の扉を閉め忘れたみたい。
「ねえ、プーシ!
こんなキレイな夜に1人でどこへ行くの?」
アーノルドはプーシに言いました。
そんなアーノルドにプーシはぶっきらぼうに「やあ、アン。僕はもううんざりなんだよ」
「何がうんざりなんだい?」
「そりゃ羊のぬいぐるみでいるのがさ」
今日のプーシはいつにもまして不思議な事を言います。
アンと呼ばれたアーノルドは首を傾げました。
「なんでイヤなんだ?君は特別にふわふわでトムは君のことが大好きでぎゅって抱きしめられたり面白い本を読み聞かせてくれたりするじゃないか」
「僕が特別にふわふわだからゆううつなんだよ」
「どういうこと?」
「いいかい?あそこには僕の仲間がいない」
「何を言うんだ!クマのブラウンにコアラのビッツ、それに可愛らしい猫のムースリーもいるじゃないか」
ところが、プーシは首を横に振ります。
「違うよ、誰も羊のぬいぐるみじゃない」
「そりゃそうだけど」
「それに誰もぼくみたいにふわふわな体をしていない。
みんなどこからどこまでが体がしっかりとわかっていて、僕のように体が右によったり、左によったりしないじゃないか」
そう言ってプーシはふわふわとした羊の毛をふるふると揺らしました。
「僕は仲間を見つけたいんだよ」
「羊のぬいぐるみもいいと思うけどなあ」
アンがぽつりとこぼした言葉にプーシはふんと鼻を鳴らしました。
「君に僕の気持ちがわかるもんか。
君には仲間がたくさんいるじゃないか。おなじ硬い体に鮮やかな色のブリキの仲間達が」
そう言われてしまえばアーノルドも何も言えません。
アーノルドには同じブリキのおもちゃの仲間がたくさんいます。トムのお父さんがブリキのおもちゃコレクターだから。
でも、アーノルドからしてみれば、プーシをうらやましいなぁと思っていました。
だって、アーノルドは温かい子供の手で撫でられたり、温かい毛布をかけてもらって子守唄を歌ってもらったことがないから。
勿論、トムのお父さんの事は大好きだけどね?
「でも、どうやって仲間を見つけるつもり?」
「それは、長老に聞くんだよ
長老ならなんでも知っているだろ?」
「ああ、それは名案だね」
「ところで、アン
君も一緒に来るのかい?」
「ああ、ついていっていいかな?」
「まあ、かまわないよ」
そうしてプーシとアーノルドは暗い廊下をとことこ、がちゃがちゃ歩いて行きました。
アーノルドは実はプーシの事が心配なのです。
プーシはふわふわした体と同じように気分屋でそれで、ちょっと危なっかしいのです。
アーノルドが「どうしよう、やってみようかな?、でも危ないかも」と迷っている事を横でひょいとやってしまうのです。
アーノルドはそんなプーシをすごいなぁと思うと同時にいつか怪我をしてしまうんじゃないかと心配していました。
それで、仲間を探しに行くと言ったプーシと一緒にいることにしたのです。
なんて言ったってブリキの体は羊の毛よりは丈夫でしょうから。
2人がリビングに着いた時、長老は丁度日課の体操を終えたところでした。
「おや。プーシにアーノルド、こんなところでどうしたんだい?」
長老は2人を見下ろしました。
「長老!僕、仲間を見つけたいんだ」
「仲間?
どうして?君にはヘビのジャックにウサギのジョン・マーケニーもいるじゃないか」
長老の言葉にプーシはじれったそうに体をよじりました。
「だめだめ!
ジャックには僕と同じような4本の足がない。
ジョンはあんなに大きな耳をしているし、あと気取り屋だ」
アーノルドは心の中でこっそり「君も似たようなもんじゃないか」とつぶやきました。
「そうか、じゃあ
洗濯ブラシのナターシャは?」
「彼女は片っ方にしか毛がない」
「じゃあ、たわしのポニー」
「ねぇ、あいつの硬い丈夫な毛と僕のふわふわの毛が同じだって言うの?」
確かにトムがポニーをぎゅっと抱きしめたら痛くて「うわっ」と声をあげてしまうでしょう。
長老はそう言われて「うーん」「うーーーん」と悩みました。そして、ぽんっ!と手を打つ事はできないので代わりに片足で、とどんっ!とリズミカルに床を叩きました。
「わかった、わかったぞ
これならきっと間違いない」
長老の思わせぶりな雰囲気にプーシとそして、アーノルドも思わずひきこまれます。
「それはふわふわで」
「「ふわふわで」」
「白くて」
「「しろくて」」
「そして何より、お前のように気まぐれで体の形がゆらゆらとかわる」
「ねえ!それって誰なの!!」
プーシが叫びます。
長老はプーシの様子を見てにんまりすると、秘密の話をするようにそっと言いました。
「それは、雲だよ」
プーシのふわふわの体がびびびと電撃が走ったかのようにゆれました。冬に外で冷たい水に指を入れた時みたいでもありました。
「くも」
そっと口に出してみます。
「そう、雲だよ」
「くも、くも」
まるで発音を確かめるようにプーシは繰り返します。
「そうじゃ、雲さ
ふわふわでしろくて、まるでお前さんみたいだよ」
プーシの黒い目がぱっちりと開いてキラキラ輝き、心の中はそうですね、、目の前に大好物がある時を想像してください「はやく!はやく!」ーーそう、そんなかんじ。
「ねぇ!くもはどこにいるの?」
プーシは長老の立派な足にしがみついて聞きました。
「くもがどこにいるって?
そりゃすぐにわかるよ、ほらおいで」
そう言って長老はプーシを窓際に行くよう言いました。
窓はおっちょこちょいのミチェルがカーテンを閉め忘れたので月明かりが細くリビングに差し込んでいます。
「ほら、ここをのぞいてごらん」
長老はプーシにカーテンの隙間と隙間を見るように言いました。
プーシはおそるおそる窓に近づき、それから長老が「上を見あげてごらん」と言うのでそっと上を見ました。
上には空があって、そこには月が今日もやさしくほほえんでいます。
「くもは?くもはどこ?」
「ほら、あれじゃ」
長老が示した場所には何だかぼんやりとした灰色のものが見えます。
「ぜんぜん、白くない」
プーシはむくれて言いました。
「雲は夜は白くない。
太陽がいる間、空が青い間だけ白いんじゃ」
長老の言葉をプーシは黙って聞きながら、目はじっと空の灰色ぼんやりを見ていました。
「僕は明日、外に出る」
それまでむっつりと黙っていたプーシは突然、決意を固めたように言いました。
「それも、昼間にだ」
それを聞いて、アーノルドはびっくり!
ブリキの体が驚きのあまりぎしきしと軋みます。
「ねえ!何をばかな事を言っているんだ!!
外にだなんて、それも太陽がいる間にだなんて!
うそだと言ってくれ!」
「うそなんかじゃない。
僕が嘘をついた事があったか」
確かにないなとアーノルド。と言う事は本当にプーシは昼間に家の外に出ようと思っているのです。
アーノルドは慌ててプーシの考えを変えさせようとします。
「外がどんなに危険か知っているだろう」
「いーや、知らないね
外に出た記憶なんて昔のことすぎておぼえてないよ」
「車がビュンビュン走っていてぶつかりでもしたら僕らはポーンと飛ばされてしまうんだ」
「僕の体なら飛ばされたって大丈夫さ
このとおり、どこにぶつかっても痛くない」
「それに、それに外には鳥がいる!!
君のふわふわの毛を狙ってつっついてくるかもしれんぞ」
アーノルドの言葉にプーシはプライドを傷つけられたように「鳥なんぞに負けるものか」と言いました。
奴らは鳥籠の外から出られないのだし、やれることと言ったら美しい音色で歌を歌うだけ。確かに歌声は素晴らしいですがだからと言ってきれいな歌声でプーシを傷つけられるはずがありません。
でもね、車よりも鳥よりも、アーノルドには心配な事があるのです。
アーノルドは知っているのです。
雲は水滴の塊で、羊のぬいぐるみの仲間じゃないことに。
でも、仲間に会えるとわくわくしているプーシに言えません。だって、それじゃ、プーシには仲間がいないことになってしまうから。きっとそれを知ったらプーシはすごく、すごく悲しい気持ちになってしまうから。
でも、なんと言おうとプーシは決心を変えませんでした。アーノルドもどうしようもありません。
「わかった。じゃあ僕も行く」
「え!君が?」
今度はプーシがびっくりしました。アーノルドはいい奴だけど臆病で水が怖いからこれまでお風呂に入ったことさえないのです。
「ああ、いいだろ?僕の体はこの通り丈夫だからふわふわな君がへっちゃらだと言うなら僕だってへっちゃらさ」
小心者のアーノルドにそう言われたらプーシも「やれるもんならやってみろ!きっとやっぱり関節が軋むからとか言ってやめるに決まってる」と心の中で呟きました。
でも、プーシと長い付き合いのアーノルドにはちゃんとプーシがなにを考えてるかなんてわかっていたんですけどね。
だからね、次の日のお昼をちょっと過ぎた、人間で言う3時ごろ。トムの昼寝の時間にそっと子供部屋を抜け出したプーシはアーノルドが廊下にいるのを見てびっくり。
「アン、君、本当に来るつもりなのか?」
アーノルドは怖くて怖くて仕方がなかったのですが、プーシがびっくりしているのを見て得意な気持ちになりました。
「もちろんさ、僕も行くって昨日行ったじゃないか」
「ふ、ふーん。まあ、いいけど途中でやっぱり無理だって言ったって僕は知らないからな」
「そんな事言うもんか!僕だってブリキの端くれ、弱音なんか吐きやしない」
プーシとアーノルドはやいやい言い合いながら静かな廊下を抜けて犬用のドアを力を合わせてなんとか持ち上げて家の外へと出ます。
「何を言うんだ、アン。
僕は覚えてるぞ、君は最初自分のいる棚から飛び降りることさえ怖がっていたじゃないか」
「それを言うなら君だって掃除機の音を聞くと震えてしまうらしいな」
「ちぇっ、誰から聞いたんだ!
いや、わかったぞ。おしゃべりペンギンのヤンだな、、、おい、待ってくれ、何か動物の唸り声がしないか」
プーシとアーノルドはぎょっとしてかたまりました。
だっていかにも大きくていかにも恐ろしげな唸り声が道路の端からこれまた恐ろしいスピードでこちらに向かってくるのです。
「まずい!きっとオオカミだ!!」
プーシは叫びました。
「いや、オオカミなはずがない。オオカミが町の中にいるはずがない」
「じゃあ、なんだって言うんだ!」
プーシが震える声を出した途端に2人の前をその大きな唸り声の持ち主がものすごいスピードでびゅん!!
プーシとアーノルドはお互いの体を抱きしめあってガクガクぶるぶる。
「い、今のは一体」
「プーシ、あれが車だよ」
「車!?今の大きな生き物が???」
だって読んでもらった本には赤い四角に黒い丸が2つーーなんだかつみきみたいな可愛らしい姿をしていたのに。
でも、プーシはアーノルドが物知りな事を知っていたので彼がそう言ったのならきっとそうなのだと思いました。
「だから言っただろ?
あんなのにぶつかられたらどうなってしまうことか」
アーノルドはプーシが引き返すと言ってくれないかな、とそう思いました。
そうすれば、プーシは雲が仲間じゃ無い事を知らないで済むし、それにやっぱりアーノルドは外が怖いのです。
でも、プーシはただの羊のぬいぐるみではありません。
プーシはとても勇敢な羊のぬいぐるみなのです。
さっき『車』が通り過ぎた地面をじっと見ていたプーシは覚悟を決めたようにぐっと上を見上げました。
プーシの黒い目にはたっぷりと出したコバルトブルーの絵の具を引きのばした美しい空。そして、
「ねえ!アン!!
見てくれ!!くもだよ!くも!!
ねえ!もっとよく見て!ふわふわで白くて、ふよふよと揺れていて、僕にそっくりじゃないか!!」
プーシは大はしゃぎです。
だって、まさか、こんなに似ているとは思っていなかったから。昨日は灰色の体だったのに!きっといい石鹸を使ったに違いありません。
アーノルドはプーシが喜んでるのを見て嬉しいような悲しいような。
だって、プーシはきっと次は「くもに会いたい」と言うに決まってます。それからその次には「くもと話がしたい」。
でも、アーノルドはそれができない事を知っているんです。
だって雲は水なんですもの。
でもやっぱりアーノルドの心の中を知らないプーシは言いました。
「ねえ、アン!
くもに会いに行こう!!」
プーシはふわふわの体を揺らしながらあの恐ろしい『道路』を歩き出しました。
プーシは本当に勇気があるんですね。
アーノルドもプーシを1人にはしておけなくてブリキの体でかちゃかちゃと音を立てながらそっと『道路』に右足、左足。
「ねえ、アン。
くもに会いに行くにはどうすればいいかな?」
「え、っと
、、、ねえ、プーシ、くもは遠いところにいるからきっと会いに行くのは無理だよ」
「無理なもんあるか!だって姿が見えてるじゃないか」
「そうだけど」
「それに、止まっているみたいにゆっくりにしか動けてない。だから、絶対追いつけるよ。
よかった。くもが車みたいに気が短い奴じゃなくて」
アーノルドは『車』と言われてさっきの恐ろしい姿を思い出してがちゃりと震えました。
それから、うしろをちらちら。
プーシはと言うと仲間の姿を見た事で嬉しくて鼻歌混じりに道をふんふんと歩いています。
「ねえ、プーシ。
ところで、君はどうやって雲のいるところまで行くつもりなんだ?」
「え!しまった!それは考えてなかった。どうしよう。どっちの道がくものいるとこにつながってるだろう」
プーシは二つに分かれた道の前で悩み始めました。
さいわい、アーノルドは空と道が余程のことがない限りつながっていない事を知っていたのでプーシにその事を教えてあげました。
「え、じゃあ、道の先に空がないとしたら、どうやったら空に行けるんだ?」
それはアーノルドも知りませんでした。
「ねえ、プーシ?
空に行くのは諦めようよ。仲間がいるのが分かっただけいいじゃないか」
「いや、せっかくこの世で1人じゃないと知ったのだから会わないわけにはいかない、、、そうだ!ねえ!あれはどうかな?」
プーシが示したのは道路の向こうに見えるこんもりとした丘とそこに生えた大きな木。
これがまたとても大きな木で、青々とした頭のてっぺんの側を雲が横切っているのが見えます。
「あの木にお願いして、ちょっと頭の上に乗せてもらうんだ。いや、これは名案だぞ
そうと決まったら、急いで行かなきゃ!トムが起きる前に帰ってこないと行けないからね」
プーシは柔らかい4本の足で『道路』をかけだしました。
慌ててアーノルドはプーシを追いかけます。けど、焦るアーノルドのブリキの体に汗がたらり。すると青い空で気持ちよく昼寝をしていたお日さまの光がアーノルドのつるりとして光沢のある体に反射してキラキラ
ねえ!誰かが2人に向かってくるよ!!
「あ!アンっ!!」プーシが叫びました
「え、うわあっ!」アーノルドは慌てて後ろを振り向いてびっくり。全身真っ黒の大きなクチバシを持った鳥がアーノルドめがけて飛んできました!鳥の名前はトイ。まだ2歳の若いカラスです。トイはキラキラ光るアーノルドを見て「うわ!いいな!!」って大興奮!アーノルドのお腹をがっしりと両足でつかみます。
プーシはアーノルドを助けようとトイの足に飛びつきました。
でも、プーシはふわふわの羊のぬいぐるみですよ?
ふわふわ軽くてトイはプーシにつかまれていることにすら気づいていません。
「アン!大丈夫?」
「ぼ、僕は大丈夫さ、で、でも、どうなっちゃうんだろ、だって、こんな、こんな、地面から遠いだなんて!!」
「ねえ、でも見て!!
今、僕ら、すごく高いところにいるよ!
ねえ、このまま行けば、くもに会えるんじゃない??」
アーノルドはそんな場合じゃありません。だってこんな高いところからもしも、落とされてしまったらどうなってしまうんでしょう?ーーいや、ダメです!そんな事考えただけで体がガチャガチャ
トイはどんどん上へ上へ、アーノルドはますますガチャガチャガチャガチャ、あんまりにも震えるもんだから、まだ若いトイはうっかり右羽を少し斜めにし過ぎました。トイの目の前に長い長い煙突が!!
トイは冷や汗をかきながらぐっと体を捻ってなんとかそれを避けました。
でも、ああ、どうしましょう。
慌てたトイはアーノルドを宙に離してしまって、アーノルドはそのまま自分よりも固くて頑丈そうな煙突へ!!!
『ああ、もうダメだっ』
アーノルドはぎゅっと目を瞑ってぎゅっと腕に力を込めました。
でもね、アーノルド。君が誰と一緒にいるか忘れちゃいけないよ?
世界一勇敢な羊のぬいぐるみプーシはアーノルドの危機にぱっとトイの足から離れるとそのままアーノルドと煙突との間に入ってクッションの代わりになったのです。
「プーシ!!」
「アン!!」
ふたりはお互いの無事を確かめて喜びました。
でも、それから途方に暮れました。だって、こんな高いところからどうやって降りればいいんでしょう?2人の体は煙突から突き出た釘のようなものに引っかかって身動きが取れません。そのおかげで落ちないんですけどね?
2人には翼もプロペラもないのにどうしましょう。
「アン、、、」
プーシの悲しげな声にアーノルドは慌てました。
「大丈夫だよ、プーシ!なんとかなるさ」
アーノルドの言葉にプーシは首を振ります。
「違うよ、アン。僕らはこんなに地面から離れていて高いところにいるんだ」
アーノルドはちらっと下を見て体がぎしりと鳴らしました。
そんなアーノルド見てプーシは言いました。
「いや、違うんだ。
つまり上を見るんだ」
「え、上?」
「ああ、そうだ。上を見てくれ」
アーノルドはそろりそろりと上を見上げました。
上には煙突の先しかなくてそれ以外は青空。
「あっ」
「そうさ、僕らこんなに高いところまで来たのに、くもって奴はまだまだあんな上にいるよ。
僕らが地面にいた時と比べてちっとも近付いてないじゃないか」
こんな時なのにプーシは拗ねたようにそんな事を言います。その様子がおかしくてアーノルドはついついこんな時なのにくすくすと笑ってしまいました。
「あ、笑ったな」
「笑ってないよ。体がきしんでいるだけさ」
「うそつき!絶対に笑ってたよ」
こんな時なのに2人は「笑った」「笑ってない」で喧嘩をしてそれで最後には2人とも笑い出しました。
2人が笑い合っているそんな時、煙突の下の方から誰かがよいしょ、よいしょ。
こんな高い煙突を登る人は誰でしょう?
そう、トムのお父さんです!!
「え、なんでこんなところに」
トムのお父さんはトムのぬいぐるみと自分のコレクションが工場の煙突に引っかかってるのを見てびっくり
もちろん、プーシとアーノルドもびっくりです。まさかこんなところでお父さんに会えるなんて。
でも、会いたくなかったわけじゃないのです。
むしろ、とんでもなく会えてうれしいのです。
トムのお父さんは2人を抱き抱えてもっていた袋に入れました。
アーノルドはほっとしてプーシを見てにやり
ね?なんとかなるもんさ。
トムのお父さんに連れられてプーシとアーノルドは無事に家に帰ってくることができました。
ふたりはくたくた。
トムのお父さんが玄関の扉を開けるとそこには溶けてしまいそうなほど大泣きをしているトムの姿が!!
「ねえ!プーシが!プーシがいないの!!」
慌ててお父さんが袋からプーシをトムに渡します。
途端にトムの涙はぴたり。プーシのふわふわな体を抱きしめました。
「ねえ、僕がこんなに探して見つけられなかったのにプーシはどこにいたの?」
「煙突の上さ」
「煙突の上!なんで??」
トムにそう言われてお父さんは困りました。
お父さんにも分からない事はあるからです。
でも、「さあね」とは言いたくはありませんでした。
お父さんが子供の時、お父さんのお父さんはどんなに難しい事を聞かれても「さあね」とは言わなかったからです。
「そうだねもしかしたら、、、ほらトム、ここをごらん」
「?」
お父さんはアーノルドのブリキの足の裏を指差しました。
そこにはアルファベットで
『 Nebutal 』
「あ!これ!プーシにもあるよ!!」
大発見に気づいたトムはお父さんにプーシのしっぽの近くに生えている小さな紙の切れ端のようなものを指差しました。
「そうだよ、これは彼らが生まれた国の名前なんだ
この国は羊毛のぬいぐるみとブリキのおもちゃが有名でね、それともう一つ有名なものがあるーーロケットさ」
「ロケット!!」
トムはロケットが好きなので「ロケット」の言葉を勢いよく繰り返しました。
「そうさ、だからもしかしたら2人もロケットのように高いところに行きたかったのかもしれない」
「それか自分の国のロケットが飛んでいくのを見たかったのかもね
僕だったら近くで見たいもの!」
「おやおや、あんまり近づいちゃダメだよ
危ないからね」
トムのお父さんはトムのプーシを抱えてない方の手をとると書斎へと向かいました。アーノルドもいつもの場所に帰りたいでしょうからね。
その日の夜、アーノルドが「ふわぁ」と、いつもより幸せそうに「ふわぁ」とあくびのような声をあげると(だって、あんな目にあったんです。当然いつもより幸せな「ふわぁ」になります)プーシが家政婦のミチェルが閉め忘れた書斎のドアからこちらにやってくるところでした。
さっきまでくたくただったはずのプーシは元気よくアーノルドに言いました。
「ねえ、聞いた?
僕たち、同じ国で生まれたんだ!!
と言う事は僕らは仲間なんだよ!!!
やった!僕にはちゃんと仲間がいたんだ!!それもこんな近くに!!!」
それから、プーシは嬉しくて嬉しくてアーノルドの足の裏を見ようとひょいと持ち上げるもんだからアーノルドもたまったもんじゃありません。
皆さんもやってみてください。立ちながら片足だけ足の裏が見えるように足を前に出すのは中々大変ですよ?ああ、無理はしないで。
「プーシ!ああ、もうだめだめ。今日はクタクタだから休ませてくれ」
そう言ってアーノルドは座り込んでしまいました。
そこでプーシは仲間ができた事を自慢しようと長老のもとへうきうきわくわく走っていきました。
「長老!長老!!」
「おお、プーシ、聞いたぞ?おまえさん家の外に出たらしいな、ダメじゃないか、そんな危ない事をして」
長老のお小言にプーシはじれったそう。そんな事より早く聞いてほしいの!
「ねえ、長老!僕に仲間ができたよ!!」
長老はほう?と体を捩りました。まだ日課の体操の途中だったのです。
「あのね!聞いて!!アーノルドは僕と同じ国で生まれたんだって!!僕ら同じ国の名前が体に書いてあるんだよ!僕のは背中にあるから僕には見えないんだけど、あと、アーノルドのは足の裏に!!」
「ほおそうじゃったか、そうじゃったか」
「ねえ、びっくりだよね!こんな近くに仲間がいたなんて僕嬉しくて嬉しくてたまらないや!」
プーシはそう言ってふわふわの体をふわふわとゆすりました。
「ところで、プーシ。
アーノルドの体はお前さんみたいにふわふわしてないぞ」
「そんな事小さな事さ」
「アーノルドの体は白くない」
「色鮮やかでいいじゃないか」
「それにアーノルドの体はぬいぐるみよりもどこまでが体でどこまでが体じゃないかきっちりかっちりしておる。とてもなめらかにな」
「ぜんぶ、ぜんぶどうでもいいことさっ!
なんたって僕らは同じ国で生まれたんだ!!」
そんなプーシを見て長老はにこりとほほえみました。
「でも、もし、それがアーノルドでなくて別のブリキのおもちゃだったらどうかな?
同じように仲間だなんて思えたかな?
今ほど嬉しかっただろうか?
それからおまえさんが怖がっているあの掃除機のビリヤード。
彼が同じ国で生まれたと知ったら今と同じくらいに嬉しいと思えるかな?
プーシ、わしが言いたいのはな、いつも一緒にいたアーノルドだったからおまえさんはそんなに嬉しいんじゃないのかな?」
長老にそう言われて、プーシは何も言えずに黙り込んでしまいました。何か言い返したいけど、何も言い返せないんですもの。
「見た目が似ていることだけが仲間なんじゃない。それは仲間の一つで。
生まれた場所が同じことだけが仲間じゃない。それは仲間の一つ。
仲間というのは、おまえさんが何かをしたい時に胸に浮かんできた相手や、ふとした時には思い出して懐かしく思ったり、そういう相手だって仲間なんじゃよ。
たとえ、見た目が全く違っても、考え方や性格が違っても」
プーシはそのまったく新しい考えにうんうんと悩みながらそれから一つだけ聞きました。
「なんで、僕とアンがいつも一緒にいるって分かったの?
長老の大きな体じゃリビングの外には出れないでしょ?」
その言葉に長老は大きな革張りのお腹をゆらして笑いました。
「わしを誰じゃと思っておる。ソファーじゃぞ?みんなが座っておしゃべりをするソファーじゃ。知らないことなんてないのじゃよ」
そう言ってくすくすと笑うと、それから一つだけプーシにヒントをくれました。
「おまえさんたちがお互い同じ国で生まれた事を知らなかったからじゃよ」
プーシは首を捻りました。
でも、さっぱりです。
「僕をからかってるんだな!」
プーシはむくれてリビングを出て行ってしまいました。そんなプーシの様子を見て長老はまたくすくす。
リビングを出たプーシはすぐさま書斎のアーノルドのもとへ行きました。
アーノルドはまだ座っていましたが、疲れてはなさそう。
無事に帰ってこれたし、それにプーシが悲しい思いをしないですんだので嬉しかったのです。
そんなアーノルドの隣にプーシはプンスカしながら座りました。
「ねえ、聞いてくれよ!アン!
長老が僕をからかってさ!!」
あんな大冒険の後にいつもと変わらないプーシにアーノルドもくすくす笑いました。
ブリキの人形と羊のぬいぐるみは今日も仲良く隣に並んで遊んでいます。
ところで、なんでトムのお父さんは煙突なんかを登っていたのでしょうか?
長老に聞いたらわかるかもしれませんね。
「そりゃ、体がなまったら困るじゃろ?
トレーニングじゃよ、トレーニング。
あともう少しじゃからな」
だ、そうです!
最後まで読んでくれてありがとうございます。
このお話は、もう一つ『冬のぬいぐるみ』で書いた『大統領のぬいぐるみ』という話から生まれた話です。
その話を読んでくれた方の感想を見た時に「うわっ!何それめっちゃいい!もらいっ!!」と思い、どうにか話にできないものかと羊のプーシとブリキの人形アーノルドに登場してもらいました。
ですので、もしよければ『大統領のぬいぐるみ』という話も読んでもらえたらもっと楽しめると思うのですが、いかがでしょうか?
こちらも『大統領のぬいぐるみ』同様、しばらくしたらふりがな、解説付きにしますので読むのが大変だなと思ったらそちらを読んでもらえたらうれしいです。