85 一緒に学院祭をみてまわりましょう。
学院祭当日。
私はちゃんと役目を果たしましたよ。
エプロンドレスを着て、恥ずかしいけどネコ耳をつけて、ステージで歌いきりました。
お客様も楽しんでくださったようなので頑張った甲斐がありました。
お母さんがカメラ片手に手を振っていたのは見なかったことにします。
生徒会のイベントを終えてすぐ、舞台袖にひっこっみます。
「イワン。一緒に学院祭まわりましょう!」
「家族はいいのか?」
「前もって、イワンが一ヶ月ぶりに帰ってきたんだって言ってありますから」
お母さんが「なら少しでもイワンさんと一緒にいなさい」と言ってくれたのでお言葉に甘えます。
イワンは頬を赤くしつつ私から目をそらします。
「……根回し済みか。その格好だと使用人を連れ歩いているみたいだから、普段着に戻ってくれないか」
「そうですね。じゃあすぐ着替えてくるので、待っててください!」
この服、ミーナ様のお屋敷の給仕さんが着ていたものです。
恋人としてイワンの隣を歩いているのに、主人と使用人だと思われたら嫌ですからね。
控室に戻ってすぐ着替えます。鏡を見て、襟や髪を整えて、準備万端です!
「出来ました!」
「じゃあ行くか」
「はい!」
手を繋いであちこちの出し物を巡ります。
三年生、ミーナ様のクラスは虹の回廊。中庭の中央にある魔法樹までの道に幾重にも虹のアーチが連なっています。
虹の中をくぐり抜けるなんて夢みたいです。
「わあー。すごいですね」
「さすが三年。巧みだな。霧の魔法と光魔法を組み合わせたのか」
出し物の中身は違えど、日頃の努力の成果を家族に見てもらうためのイベントというところは庶民の学校と同じ。
私も三年生になる頃には、こんな魔法を使いこなせるようになるのでしょうか。楽しみですね。
二年の教室階では、手書きの看板を持ったお兄さんが私たちに手招きします。
「イワン、よく帰ってきたな! そっちの子はアラセリスだったよな。君もうちのクラスを見てけよ。すごくいい物ができたから!」
「イワンのクラスですか。見たいです」
「いや、アラセリスはやめといた方がいいんじゃ」
イワンはなぜか止めようとしましたが、もう入っちゃうので止めたって遅いですよ。
「ひゃあああああ! きゃーーーーーー!! いやですーーーーーー!!」
狭くて真っ暗な通路の中、目線の高さを何か黒いものが横切りました。
コウモリ? カラス? とにかく何か黒いものです。
屋内なのにどこからか風が吹いてくるし、前がよく見えないし、さっきから同じところをぐるぐる回っている気がします。
また変な影が目の前を横切りました。
全然前に進めている気がしません。なんなんですかこの迷路。
「むむむ、むりです、きゃああああっ!」
なんでもっと強く止めてくれなかったんですかイワン。
イワンに抱きついて震えるしかありません。
「うわあああん! 私、暗いのダメなんですよ。お化けとか怪談は苦手なんですよう!」
「怖がりなのに【幽霊屋敷】って名前の部屋に意気揚々入って行くなんて勇気があるな」
「読めていたなら止めてくださいよぅ」
イワンに引っ張られながら、どうにかこうにか出口を見つけて外に出られましたが。
「いやあ、君面白いね。ここまで怖がってくれるなら企画した甲斐があるってものだ」
笑う受付のお兄さん。肩にはさっき目の前を横切ったカラスがとまっています。その子は使い魔さんでしたか。
「どうだったイワン。暗闇で可愛い恋人に抱きつかれて役得だったろう」
「うるさかった」
「ひでえな。そんなこと言ったら恋人が泣くぞ」
これを照れ隠しではなく本気で言うのがイワンです。
私たちの後に入ったのでしょう。教室の中から誰かの悲鳴が聞こえてきます。
「ほ、他行きましょう、他。もう怖いのはいやです」
「そうだな」
残りのクラスは怖い企画がなかったのでよかったです。
びば平和な企画!
一通り企画を巡って、お腹が空いたので食堂舎に来ました。
秋のサラダセットを食べる私の向かいで、イワンが頬杖をついて私を見ています。
「ああ楽しかった。やっぱりこっちにいるのが一番落ち着くな」
「あっちの方が過ごしやすいって思わないです? 本当にルシールがいいです?」
「お前がいるなら、ルシールでもアウグストでも構わないさ」
私もそっくりそのまま返します。
「私も。イワンがいてくれるならどこでも行けます」
「当然だ。つがいなんだから。どこにだって連れて行くさ」
私の言葉で照れるかと思ったのに。サラリと素で言われてしまい、顔が熱くなるのを感じました。
このさき一生、イワンに勝てる気がしません。
明日も19:00ころ更新です!




