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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬼と切腹

作者: 上田一兆

 瓦屋根の連なる洛中に、人々の悲鳴が響き渡る。

 人々は我先に逃げ出す。

 それを追うように大路を駆けるのは、足6本に角6本の、蜘蛛のような体に牛のような顔を乗っけた鬼である。


 そこに、人の流れに逆らうように二人の男女が現れる。

 女の方が鬼の迫るなかで静かに刀を抜く。

 戦闘が始まった。


 やがて女は鬼を一刀両断した。

 そして刀に付いた血を振り払う。

 同時に切断面が広がり、鬼は左右に崩れ落ちた。


 彼女のように鬼を狩る者を”侍”という。


「どうだ見たか! 私の華麗な戦いを!」


 見るからに活発そうな、金髪を後ろで一つくくりにした15、6の女、乃木(のぎ)(ほたる)は自慢気に胸を張った。


 だがそれに男の方の侍が冷たく返す。


「0点だ」


 短い黒髪を後ろに撫でつけただけの27、8の、見るからに堅物そうな男だ。

 名は椿(つばき)十造(じゅうぞう)という。


「どこがだ! 完璧だったろ!」


「まず周りの被害を考えていない」


「ぐっ」


 椿の冷静な反論に言葉が詰まる。

 彼の言う通り、いくつもの家や道が切り裂かれたり、穴を開けられたりしていた。


「それから戦いが終わったら、すぐ刀をしまえ。鬼になるぞ」


「うっ」


「あと最後の技……」


疾風(しっぷう)怒濤(どとう)爆風(ばくふう)突進(とっしん)(じん)か?」


「それだ。長い。疾風(しっぷう)(じん)に改名だ」


「技名くらい自由に決めさせろよ!」


「駄目だ。敵は待ってくれない」


「いいじゃないか! 倒してるんだから!」


「駄目だ」


「グルルルル」


 乃木は椿のすげない答えに不満そうに唸る。


「まあまあその辺で。団子でも食べて落ち着いてくださいな」


 目の前の団子屋の女将が団子を皿に乗せて持ってくる。


「おお! 団子! いただきます!」


「馬鹿かお前は。まず家を壊したことを謝れ」


 椿が乃木の頭をはたく。


「いえいえ、命を守っていただけただけで十分です。ささっ、お礼にお団子を召し上がってください」


「女将さんが言うなら……お言葉に甘えよう」


 女将に促されて二人は軒先の長椅子に座る。


「乃木、食べてもいいが処理隊が来るまでだぞ」


「へーい!」


 乃木は意気揚々と串を掴んで団子を食べ始めた。


「さ、どんどん食べてくださいね」


 女将が次々に団子を持ってくる。


「すまない。代わりにこれを」


 椿は懐から小包みを取り出して女将に手渡した。


「これは?」


「お団子代と家の修理代だ」


「多すぎますよ? 半分余ります」


「それは迷惑料としてもらっておいてくれ」


「まあいいんですか! ありがとうございます!」


 女将は素直に喜んで懐に入れた。


「そんだけ渡したならいくらでも食べていいね! 女将さんどんどん持ってきて!」


「はーい!」


 女将は二つ返事をして、どんどん団子を作り、それを乃木がどんどん食べた。


「いやー、食った! 食った!」


「よくそんな入るな……」


 着物の上からでも分かるほど膨れた乃木の腹と長椅子に重ねられた何枚もの皿を見て顔を青くする椿。


「そりゃあうまいからね」


 乃木が快活に笑っていると遠くから、たっつけ袴をはいた処理隊の面々がやって来るのが見えた。


「処理隊到着いたしました!」


 一人が代表して言う。


「来たな、後は任せた」


 椿は鬼の死体の処理などを処理隊に任せて、去ろうとする。


「お待ちください。伝言があります」


 先ほど挨拶した処理隊の一人が引き止める。


「伝言?」


「丹波で村人四人と侍二人が行方不明となっています。すぐに向かってください」


「鬼の仕業か。分かった、すぐ向かう。行くぞ乃木!」


「う、うす……げふっ」


 乃木は息苦しそうに立ち上がった。


「お待ちください」


 今度は女将が椿を引き止める。


「どうした?」


「言いにくいのですけど、先程のお金じゃお代に足りなくて……」


 女将は気まずそうに言った。

 椿は乃木をギロリと睨む。


「ごめん、つい……」


 乃木は顔を赤らめる。


「まあいい。女将さんどうぞ」


「ありがとうございます」


 追加で小包みを渡した。


「よし、今度こそ行くぞ乃木!」


「うす!」


 椿と腹の膨らんだ乃木は、凛々しい表情で歩きだした。



 ◇



「ここか」


 二人は丹波の山間の村にやって来た。

 村の入り口に人影が見える。


「おや? 出迎えがあるぞ。 これは美味しいご馳走があるんじゃないかな!」


 乃木がご機嫌な声を上げる。


「浮かれるなよ、六人行方不明になってるんだから」


「分かってるよ」


 二人は表情を引き締めて近付いていく。


「ようこそお越しくださいました。村長の上野でございます」


 村の入り口で村長が7、8歳の少年と共に出迎えてくれる。


「侍の椿だ。わざわざ出迎えご苦労」


「乃木です」


 二人も挨拶をする。


「いえ、一刻も早く会いたかったものですから。……というのも今朝新たに一人いなくなったのです」


「何!?」


 深刻そうな村長の言葉に驚く椿。


「この子の姉です。朝起きたらいなくなっていたのです。まだ間に合うのでは!?」


 村長は椿を縋るように見る。


「かもしれん。乃木、食事はなしだ」


「おう」


 二人の目つきは一瞬で鋭くなった。



 その後四人は村と山の境にやってきた。


「長造さんの話だと朝早くにここらで人影を見たそうです。気のせいでしょうか?」


「いや……跡がある。鬼が連れ去ったんだ」


 屈んで調べた椿は、草むらに巨大な足跡があるのを見つけた。


「しゃあ! さっさとぶっ殺してやるぜ!!」


 乃木は気合いを入れて、手の平で拳を叩いた。


「待て俺が先に行く」


 乃木の出鼻を挫くように椿が前に出た。

 乃木は見るからに不満そうな表情になる。


「やだね、私が行く! 今度こそちゃんとやってやる!」


「駄目だ、侍もやられるような敵だぞ」


 もう一度前に出た乃木の肩を椿が掴む。


「今回は山ん中だ。周りの被害を気にする必要はねえ。私が行く」


「分かったよ、質問に答えられたら認めてやる」


 折れる気のない乃木にため息を吐く椿。


「質問?」


「侍はなぜ常に二人以上で行動するのか、二つ理由を答えろ」


「なんだそりゃ。人が多い方が鬼を倒すのに有利だからだろ?」


「それだけか?」


「あと一つは……えーと」


「やはりお前は半人前だ。俺が先に行く」


 時間切れだとばかりに、椿はさっさと山に入っていく。

 乃木は不満を抱えながらも、その後をつけた。


 そうして二人が入っていった山の奥のある洞窟では。


「やめて」


 闇の中で、女が逆さに宙吊りになった状態で、涙目で懇願していた。


「駄目だ」


 恐ろしい男の声が響く。

 と同時に女の首に切り傷ができ、そこから血が流れ落ちる。

 それを恐ろしい声の主は頭蓋骨でできた杯で受け止める。

 やがて杯がいっぱいになると、不思議なことに女の首から流れる血がピタリと止まった。

 声の主は頭蓋を呷り、血を飲み干す。

 そして大きく息を吐いた。


 その時外からわずかに光が入り、洞窟の中がかすかに明るくなった。

 そうして明らかになった声の主は、頭に一本の角を生やした、3メートルを越える巨大な筋骨隆々の鬼だった。

 爪や犬歯は尖り、赤い目の周りは闇のように黒かった。

 燃えるように赤髪を逆立たせたその容貌は見るからに恐ろしかった。


 また洞窟内には縄が吊るされ、そこに先ほど血を取られた女や、もうすでに白骨になった数人が縛られて吊るされていた。


「うまい!! やはり丹波の女にかぎる!!」


 杯の血を飲み干した鬼は獰猛に口角をつり上げた。


 その様子を外から覗いていた椿と乃木は驚愕した。


 なぜなら鬼の強さは角の数で分かる。

 人を食らい強くなるほど角は減っていき、やがて一本になる。

 それは最強の鬼の証、百年に一体現れるかどうかの災厄である。


「乃木、選択肢が二つある。帰って応援を呼ぶか、ダメ元で挑むか」


「いや、選択肢はねぇ。鬼を倒して女の人を救うだけだ」


 冷や汗を垂らしながら呟く椿に対して、乃木は迷うことなく即答した。


「愚問だったな。行くぞ」


「おう」


 椿は素直に謝って立ち上がる。

 乃木も勇ましく相槌を打つ。

 その時、


「どこにだ?」


 後ろから先ほどまで洞窟にいたはずの鬼の声が聞こえた。

 驚き振り向くと同時に、椿は刀を抜く。

 そうして振られた刀は鬼の胴にぶつかり、甲高い金属音を響かせた。


 だが刀を受け止めた部分は赤黒い物で覆われていて、鬼の胴には傷一つ付いていなかった。

 その事実に驚愕する椿だったが、すぐに次の手を打つ。

 目つきが鋭くなると同時に、刀身から冷気を吹き出させ、相手を凍らしていく。


「おっと」


 気付いた鬼は素早く後退した。


「氷か……だが問題ない」


 鬼は凍らされた横腹を内側から血を吹き出させることによって壊した。

 そのことに驚く椿。

 そのように血を操る能力を持った一角の鬼に心当たりがあった。

 100年前、侍を何十人と殺して姿を眩ませた鬼。


酒呑童子(しゅてんどうじ)だな?」


「いかにも! 我は酒を飲むように血を飲む鬼、酒呑童子!」


 堂々と宣言する酒呑童子。


「侍は苦いが、甘い(もの)を飲んでいた途中だ。口直しにいい。まず男、次に女だ」


 椿と乃木を順に指差し、下卑た笑みを浮かべると、フッと姿を消した。


 次の瞬間、椿の左腕に酒呑童子の足がめり込んでいた。

 メキメキと骨が折れる音を立てながら、椿は吹っ飛ばされる。

 そして何度も地面をはね飛ばされているところに、酒呑童子が現れ、拳が振り下ろされる。

 それを何とか回転して躱した椿は、その勢いのままに冷気を纏った刀を振るう。


 だがそれは宙に浮いた血の壁によって阻まれる。


「いい攻撃だが……残念だったな」


 酒呑童子は椿の首を掴み、持ち上げ、嘲笑する。


「お前の頭がか?」


「何!?」


 首を絞められながらも不敵に笑う椿に、酒呑童子は怪訝な顔をする。


「乃木! 疾風刃だ!」


「! 了解!!」


 椿の叫びを聞いて走り出す乃木。

 その刀と手足には風が纏われ、切れ味と速さが増している。


「そんなバレバレの攻撃が通用すると思うのか?」


 後ろから走ってくる乃木に気付いた酒呑童子は冷笑する。


 だがそこで気付く。

 自分の足が地面と一緒に凍らされていることに。


 血で氷を壊している余裕はなく、焦る酒呑童子。

 そこに乃木が疾風の如く迫り、刀を振り下ろす。


 “疾風刃”


 酒呑童子は一瞬で背後から前まで通り過ぎる高速の一撃をまともに食らい、苦悶の声を上げる。


「なんてな!」


 苦しそうな表情は一瞬で獰猛な笑みに変わった。

 背中にはわずかに跡がついているだけだった。


「この程度の攻撃、くらっても問題ないのだよ」


 不遜に笑いながら、足の氷を血で破壊する。


「勘違いさせてしまったか?」


「この野郎……!!」


 最初に血で胴を守ることによって、あたかも切られれば傷付くかのように誤解させる。

 そんな人を小馬鹿にしたような態度に、乃木は青筋を浮かべる。


 だが酒呑童子は意に介さない。


「ハッハアーー!!!」


 酒呑童子は椿を宙に放ると、足を高く上げて蹴った。


 蹴りは一撃目と同じように椿の左腕にめり込み、そのまま乃木も巻き込んで吹っ飛ばす。

 二人は木々を何本も倒し、何度も地面にぶつかって飛んでいく。


 やがて一本の木にぶつかって止まった。


 吹っ飛ばされている間に二人とも傷だらけになっていた。

 特に椿は二度も蹴られたことによって、左腕はひしゃげ、口からも血を吐いていて、満身創痍だった。


「だが距離を取れたな。これから最後の作戦を伝える」


 肩で息をしながら言う椿。


「勝てる作戦があるのか!?」


「ある。奥の手を使う」


「奥の手?」


「ああ……侍がなぜ鬼と戦えるか分かるか?」


「鬼の力を使ってるからだろ?」


「そうだ、侍の刀は鬼の体からできていて、持つと鬼が体を乗っ取ろうとしてくる。それを強い意志で従えることによって、侍は鬼の力を使えるようになる。しかし全ての力を使っているわけじゃない。乗っ取られないように一部だけだ。つまり鬼の力を全て使えば、今より強くなれるということだ」


「でもそれって……」


「ああ……」


 乃木は椿のやろうとしていることを察する。


「駄目だ!! 他の方法が……!!」


「何かあるのか?」


「……」


 乃木は何も浮かばず、辛そうに押し黙る。

 そうしているうちに、酒呑童子が近付いてくるのが見える。


「時間切れだ、この作戦で行く」


 椿はボロボロの体に鞭を打って立ち上がり、前へと進む。


「これが教えられる最後の機会だ。目を離すなよ」


「……分かった」


 乃木は微笑む椿の目をしっかりと見て頷いた。


「よし」


 椿は刀を右手に持って胸の前に水平に構える。

 そして、


鬼解(きかい)


 左手に突き刺した。

 すると刀がぐにゃりと曲がり、刺した場所から体内に入っていく。

 次いで椿の体は吹雪に覆われ、見えなくなる。

 そして、しばらくすると、吹雪が爆発するように広がった。


 乃木が思わず閉じた目を開けると、そこには一面の白銀の世界が広がっていた。

 木々も地面も凍りつき、全てが白く染まった世界が広がっていた。

 そして、その中心に髪も目も肌も全てが白くなった椿が立っていた。

 その額には一本の角が生え、白く染まった髪は腰まで伸び、白絹の長羽織りを羽織っていた。


 “凍色白磁雪女(とうしきはくじゆきめ)


 それが椿の持つ刀の名だった。


「す、すげえ……」


 乃木は思わず感嘆の声を漏らす。


「ほう、一角の鬼解か。これは本気を出さねばな」


 腰を屈めて構えた酒呑童子は高速で飛び出した。

 今までは見えないほど早かった動きだが、鬼の力を全て引き出した椿にはしっかりと見えていた。

 殴りかかってくる酒呑童子の拳に合わせて右手を振るう。

 拳と拳がぶつかり、衝撃が辺りに広がる。


「……!! 何て戦いだ……!!」


 飛ばされそうになった乃木は木に捕まって何とか耐える。


「力は互角か……」


 拳を突き合わせながら呟く酒呑童子。

 その拳に急速に氷が広がる。


「おっと」


 慌てて後ろに飛び退く。


「凍らされるんだったな。ならば遠くから」


 血で氷を壊した酒呑童子は、そのまま右手を掲げる。

 すると右手から大量の血が吹き出し、天に昇っていく。

 やがて上昇した大量の血は山全体を覆うほどの傘になる。


「嘘……だろ……!?」


 乃木はその規模に驚く。


「落ちろ!!」


 酒呑童子が手を振り下ろすと、血の槍が雨のように降り注ぐ。

 これほどの広範囲では逃げようにも逃げられない。

 それに対して椿は天をまっすぐ見上げ、大きく息を吸った。

 そして全力の咆哮をした。

 すると血の槍がたちまちに凍りついていき、全てが凍ると、砕けて散った。


 キラキラと氷の欠片が降り注ぐ中で、椿は酒呑童子を睨んだ。

 その視線をまっすぐ受け止めた酒呑童子は、


「相性が悪いな。よし、逃げよう」


 身を翻して走り出した。


「あっ、逃げるな! 卑怯だぞ!!」


「フッ、戦いに命を懸けるなど馬鹿のすることよ」


 乃木の叫びを一笑に付して、素早く木々の間を駆ける。

 だが、


「逃がさん」


 椿が酒呑童子に向けてまっすぐに右手を伸ばして、その先に拳大の尖った氷塊を作りだし、発射した。

 放たれた氷の弾丸はみるみるうちに酒呑童子に迫る。


 だが当たろうかという瞬間、酒呑童子は胴をひねって躱した。


「あっ!」


 思わず乃木が声を上げる。


「この程度予想済みよ……!!」


 酒呑童子は口角を吊り上げる。


 だが椿は眉一つ動かさなかった。


「開け!」


 椿は右手を上に開く。

 すると氷の弾丸が爆発する。


 しまっ……、と思う酒呑童子だったが、その意識は途中で途絶える。


 “氷花(ひょうか)


 酒呑童子の全身は氷に包まれ、その形はあたかも花のようだった。


「散れ」


 椿が右手を下に向けると、酒呑童子は粉々に砕け散った。

 後には無数の氷の欠片が残るだけだった。


「倒した!」


 乃木は歓喜と安堵の混じった声を上げる。

 一方、肩で息をしていた椿は苦悶の声を上げ、地面に手を付く。


「十造!!」


 乃木が慌てて駆け寄る。


 椿は荒く息をしながら、右目を押さえる。

 その右目は酒呑童子と同じように、白目の部分は闇のように黒くなり、黒目の部分は赤くなっていた。

 そんな半分鬼になっている状態で、椿は脇差しを抜く。


「十造……」


 乃木は悲しげに椿の名を呼ぶ。


 だが椿はそれに応えずに質問する。


「乃木、侍がなぜ常に二人以上で行動するか分かったか?」


「ああ、今なら分かるよ……」


 一拍置いて、乃木は涙を浮かべながら答えた。


「そうか、ならいい」


 椿は額に汗を流しながらも、優しく微笑んだ。

 それから脇差しを腹の前に持っていく。


 そして勢いよく腹に刺した。


 さらに苦痛に顔を歪めながらも、横に大きくかっ捌く。

 辺りに血が飛び散り、白絹の着物もみるみるうちに赤く染まっていく。


 その様子を乃木は目を逸らさずに見つめる。


 侍が常に二人以上で行動する理由の一つ、それは死に様を見届けるためだ。


 そしてもう一つは――


「後は頼んだぞ」


 血を流し蒼白になった椿は左目で乃木を見ると、力なく地面に横たわった。


「うん……!!」


 乃木は涙を流しながら頷いた。


 侍が常に二人以上で行動する理由、その二つ目は、思いを継ぐためだ。


 山にいつまでも哀哭の声が響いた。



 ◇



「お姉ちゃん!」


「鉄太!」


 無事に帰ってきた姉と弟は、お互いに駆け寄り、涙を流して抱き締め合う。


「よく無事だったのお……!!」


 村長も指で涙をぬぐう。


「お侍さんが助けてくれたわ」


「そのお侍さんはどこにいらっしゃる? お礼をしたいんじゃが」


「処理隊が来るまで離れられないみたい」


「なら今のうちに宴の準備をしよう」


「はい」


 村を上げて準備に取り掛かった。


 一方山の中では。


「処理隊、ただいま到着いたしました」


 処理隊の面々が到着した。


「椿さんはどちらに?」


「死んだよ」


 乃木は角の生えた椿の遺体に視線を送りながら言う。


「まさか!?」


「いや、人として死んだよ」


「そうでしたか、誇りに思います」


 処理隊の人々は敬礼をした。


「ありがとう」


 乃木はわずかに口角を上げた。



 その後。


「村を救ってくださり、誠にありがとうございます」


「いいよいいよ、仕事なんだから。それじゃあね!」


 村人たちに見送られながら、乃木は旅立った。


「後は頼んだぞ」


 椿の最後の言葉を思い出して、感傷に浸る。

 だが、すぐに気分を入れ換える。


「さっ、早く相棒を見つけないとな」


 乃木は元気を出して、意気揚々と歩き出した。

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