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萌芽

 ルミナがフィエルの弟子になってから一ヶ月が過ぎた。一ヶ月という歳月は二人の関係を変えるのにはとても短い期間だったと言えよう。


「フィエルさま、早く起きてください」

「うーん……あと五分……ってあっつ! わかった起きる起きるから! 変なものお尻に当てないでよっ!」


 ルミナは来たときと違って生き生きとした表情になっていた。発言の節々も吃音気味だった頃に比べればかなりはきはきとしている。それもフィエルが与えた環境による変化が大きいだろう。それに甘えてかフィエルが少しだらしなくなってしまっているのだが。


 時を戻すこと一ヶ月。フィエルはルミナに様々なことを叩き込んだ。


「いい? 私のことはフィエル様って呼ぶのよ」

「はっ、はい……っ、フィエ、ル、さま……」


「どっ、どうでしょう、か……?」

「とっても美味しいわ! ルミナは料理の才能あるわね」


「まずは魔導書通りに詠唱するのよ! ルミナの力ならこのくらい楽勝よ!」

「はっ、はい……!」


 それは主従関係から炊事洗濯に魔術の基礎応用まで多岐に渡った。フィエルはルミナのことを娘かのようにみっちりと鍛え上げ、わずか一ヶ月にして別人になるまでに成長させて見せたのだ。その変化量は、王国にいる人たちに今のルミナを見せれば、それがルミナであると感付く人間はおそらくほとんどいないと断言できるほどだった。


 しかし、心の奥底には王国時代での様々な苦況が渦巻いているようで、フィエルはその様子を少し不安に思ってもいた。ただ、最終目的が王国の滅亡であるということは二人の軸として変わることはない。


「フィエルさま、いつ王国を滅ぼしますか? 早くあのゴミ共を断頭台の上に引きずりたいですっ!」

「なら私みたいに無詠唱魔術の行使ができないと困るわね。あとは魔獣の使役もそうだし、武器の扱いにも慣れないといけないわ」

「分かりましたっ! 今日もご指南よろしくお願いしますっ、フィエルさま!」


 こんな風にするはずじゃなかったのになぁとフィエルはため息をついた。ルミナに家の留守を任せると、フィエルは小屋の外へと出て指笛を吹く。その音に呼応するように、フィエルよりも二回りは大きい魔獣が地鳴りを上げながらやってきた。


「よしよしファル、いい子にしてたかしら?」


 魔獣はフィエルにとても懐いているようで、気持ちよさそうに猫撫で声を上げている。禁忌の森に住まう魔獣、そのヒエラルキーの頂点に立つのがファルと呼ばれたこの魔獣である。彼の一声で森の中全ての魔獣の行動が決定づけられるほど強い権力を有していた。そしてフィエルはそんな彼を手懐けられる数少ない存在である。


「……ファル、私はどうしてしまったのかしらね……」


 もっさりとしたファルの毛並みをブラシで整えるフィエルはそんなことを呟いた。ファルはそんなフィエルの言葉に呼応するように、どっしりとした身体を地面に沈めて毛づくろいを始めた。ファルをブラッシングする時はフィエルの愚痴に付き合ってほしいという相互理解があるからこそである。


「あの時ファルに『ルミナを殺すな』って命令したのは正解だったと思うわ。あの子、飲み込みが早いし真面目で……何よりすっごく可愛いし。きっと私、ルミナのことがいろんな意味で好きなんだと思うわ」

「……ガウ」

「だからね、ふと思うのよ。ルミナの復讐が終わった先に、一体何があるのかしら、ってね」


 フィエルの唯一の懸念点はそこだけだった。フィエル自身はルミナに対して特別な感情を抱いていると理解している。それは師匠と弟子だとか、主と眷属だとか、そういうのを飛び越えて恋人として見ていることとほぼ同義であるということも当然分かっている。


「でも、ルミナにとっては違うのよねぇ……」

 

 ルミナにとってフィエルはただ都合のいい魔術の先生ぐらいでしかないとフィエル自身は考えていた。ルミナを貶めた存在を一人残らず殺したら、きっとルミナはそのまま死んでしまうのではなかとすら考えてしまう。


「……ったく、私にしては情が湧きすぎね」

「ガウゥッ」

「あら、慰めてくれるの? ありがとう、ファル」


 ブラッシングを終えると、ファルはフィエルに向かって励ますかのように軽く吠えると、そのまま森の中へと消えていった。いずれファルもルミナに使役されて王国を襲いに行くのだろう。そんな確信的な何かがルミナの中で芽生えつつあった。


「……フィエルさま?」

「っ……やだ、ルミナ。いつからいたの?」

「先ほど掃除が終わったところです。それでっ、今日はどんなことを教えてくださるのですか?」


 キラキラと目を輝かせながらフィエルに教えを請う姿は端から見れば忠犬のようにすら思える。だが、フィエルにしてみればまるで飼い犬が魔獣に変貌していくかのような、そんな根源的な恐怖を覚えるようなものであった。


 実際、ルミナは力の行使ということに対して一切の抵抗がない。彼女はどんな手段を用いてでも目的を果たそうとしてくるため、寝坊しようとすれば火炙りにしようとしてくるし、覚えた魔術をより凶悪なものにして喜ばせようとしてくる。


「そうね……今日からは無詠唱魔術に入ろうかしら」

「ホントですか!? これであいつらを殺すのに一歩近づけますね!」

「……そうね」


 師匠として弟子を正しい道に導かなければならない。そう思いつつも、フィエルは今のルミナに対して好意を抱いているが故のジレンマを抱えながら今日もまたルミナに教鞭を振るうのだった。

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