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尋問

「……っ、あれ、ここは……?」

「目が覚めたかしら?」


 ルミナが目を覚ました場所はふかふかのベッドの上だった。ぐるぐると周囲を見渡すと、どうやらここは森の中にある小屋であるらしい。今横たわっているベッドが自分が使っていたそれよりもずっと大きいことに驚きながらも、彼女がさらに驚いたのは声をかけてきた主だった。


 さらさらとした黒い髪を靡かせ、私をじっと観察するその瞳は夜のとばりが下りたかのように漆黒に染まっている。エプロンこそ着ているものの、背中からちらちらと垣間見える黒い尻尾は、目の前にいる存在が人ならざる何かであるかを示すには十分だ。


 ルミナはその表情から何をしようとしているのか分からないようで、ずいずいと壁際まで逃げて行ってしまう。そんな様子を見ても黒髪の少女はなんでもないと言わんばかりに余裕綽々といった感じだ。


「あらあら、逃げなくてもいいのに」


 そう言って黒髪の少女は苦笑を浮かべると、机の上に置いてあった鍋を開けた。ふんわりとお腹をくすぐる匂いが部屋を包み込み、ルミナのお腹もつい鳴ってしまう。


「ふふっ、お腹ぺこぺこみたいね」

「っ、こっ、これは……」

「食べたいの?」


 ルミナは少しだけ押し黙ると、消え入りそうな声で懇願する。


「食べたい……です」

「よくできました。いっぱい作ってあるから好きなだけ食べるといいわ」


 黒髪の少女は深めの皿にリゾット状になった麦をよそい、スプーンと一緒にルミナに手渡す。ルミナは渋い顔をしながらも、湧き上がる食欲には耐えられなかったかのようでゆっくりとそれを口に運んだ。


「どうかしら? ……口に合う?」

「……はい。とっても美味しい、です……」

「よかったわ。()()()()()()作ったんだもの。好きなだけ食べてちょうだい」


 ルミナはどんよりとした灰色の瞳を少しだけ輝かせ、スプーンを無心に動かしていく。そんな様子を黒髪の少女は少しだけニヤッとしながら、それでいて平穏は保ちつつも眺めている。そうして鍋いっぱいにあったリゾットが空になったところで、黒髪の少女がベッドの上へと上がる。


「っ……! やめ、て……!」


 ルミナは少女を突き飛ばそうとするが、その身体が石像にでもなったかのようにカチコチに固まってしまう。その様子を見た少女はケタケタと笑いながらルミナを見ていた。


「……意外としたたかなのね」

「おまえ、やっぱり悪魔……!」

「……はぁ、まぁそうなるわよねぇ」


 黒髪の少女は少しだけげんなりとした感じでため息をつく。確かに禁忌の森は王国領と魔族領の境目にあるし、何より自分の見た目的にもそうだしと思いつつも少女は少しだけ声にドスを効かせて続ける。


「なら悪魔ってことにしておきましょう。私は貴女が何故ここにいるのか知りたいの。だからさっきのご飯にも細工をしておいたわ」

「さい、く……?」

「そう。自分の言うことにウソがつけなくなるおクスリをね……♡」


 少女の柔な指先がルミナの顔を撫でる。ルミナの顔には青痣や傷痕が未だに残り、とてもじゃないが直視できるようなものではないはずだ。だが少女は愛おしそうにそれを堪能するかのようにルミナの顔を、髪を優しく撫で上げた。


「っ、言う……言うからそれ、やめて……!」

「ふふっ、まずは名前を教えて?」

「……ルミナ、エメラリア」

「ルミナ・エメラリア……えっ、エメラリアってことはエメラリア伯爵の娘?」

「……」


 ルミナは首を縦に振る。少女は驚愕を隠せないようで思わず言葉が詰まってしまうが、逆にルミナが少女の目を睨み付けた。


「お前の名前、も……教え、て、ほしい……」

「そうね……フィエルとでも呼べばいいわ。正直名前なんてどうでもいいし。それで尋問の続きね……ルミナはどうしてこんなところに来たのかしら?」

「国外追放、された。私、シオン様、傷つけた……って言われて。私、何も知らない、やってない、のに……! ……ぶっ殺してやる、あいつら、みんな、みんな死んでしまえ……!」

「つまりは冤罪ってことね」


 ルミナはこくこくと首を縦に振りフィエルの言葉を肯定する。フィエルは道理で少女にしてはみずぼらしい格好をしているはずだと納得した。それに、彼女の右腕についている少女には不相応な黒いアンクル。フィエルの目が少しだけ紅く光ると、それが魔術封印用の拘束具、それも重罪人用の強力なものであると理解した。


「……お前、魔術……使った?」

「……! ……ウソでしょ? なんで分かったの……?」

「だって……魔力の流れ、変だった、から……」

 

 フィエルが驚くのも無理は無い。なぜなら、フィエルは無詠唱で魔術を唱えることができるからだ。基本的に魔術の発動の有無は『詠唱が行われたか否か』によって決められる。そのため無詠唱での魔術はとてつもない技量が要求され、自由に行うことができる者は世界的に見てもほんの僅かだ。無詠唱での魔術、それも分析型のものは発動したかどうかすら分からないと言われている。


 ルミナはこれまでの人生経験から、魔力の流れを直感的に感じ取ることができるようになった。そのため、分析魔術が行使されたことを理解したのだ。そして今のルミナは自白剤の効果でなんでも素直に口に出してしまうようになっているため、自分の強みを盛大にアピールしてしまっているのだ。それはフィエルにも当然理解できていることであり、ルミナに対してある提案を行った。


「さて、貴女には二つの選択肢があるわ。一つ、今すぐにこの家を出て魔獣共の餌になる。そしてもう一つ……私の弟子になって王国に牙を剥く魔族の尖兵になるか。選択権は貴女にあげる」


 フィエルは悪戯に笑ってみせるが、瞬間に背筋が寒くなるほどのぞっとする圧を感じた。それはさっきまで怯えたようにフィエルを見つめていたはずのルミナから感じ取れるもの。先ほどまでの小動物のようなそれはなく、まるで魔獣が人を狙うかのようにフィエルを凝視していた。


「……お前の……っ、弟子になれば、復讐、できる……の?」

「それは貴女の実力次第よルミナ」

「なる。なって、復讐する。そのため、なら……魔族に堕ちたって、構わない……からっ……!」

「ふふっ、契約成立ね……♡」

「……! っ……!」


 フィエルがルミナの唇を塞ぐ。フィエルの唾液がルミナの中へと注がれていく度に、ルミナの中にうっすらと忠誠心のような何かが芽生えていった。目の前の存在に対する恐怖が、フィエルへの恐怖がルミナの中から薄らいでいく。フィエルにしてみればただ下僕を増やすだけの手段に過ぎない。それでも、人間であるルミナにしてみればそれがファーストキスであることには変わらないわけで。ただ、フィエルもフィエルで紅潮した表情を隠すかのように取り繕っていた。


 なぜなら、ルミナはフィエルの初めての下僕なのだから。

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