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追放

 憎い。憎い。なんで私がこんな目に遭わなければならないのと灰被りの少女は嘯く。ぼろ切れを纏い、おぼつかない足取りで……それでも人目は確実に避けるように。彼女の足はどこか遠くを目指して歩みを進めていた。


 ルミナ・エメラリア。ポラール王国の中では名門と言われているエメラリア伯爵家の次女である。本来ならば溺愛されて然るべきなのだが、ルミナには一つの問題があった。それは、くるくるとカールしたアッシュグレーの髪の毛である。エメラリア家の血脈はブロンドの髪が代々続いているため、ルミナの髪の色というものは冷遇の要因たり得るのだ。さらに、ルミナの性格自体も温和で内気であることも相まって、それはより酷いものへと変わってしまう。


 たとえば、家庭内ではルミナの姉、エミナや母にしつけと称した過酷ないじめを受け、家庭外……特にルミナが通う学院がそうであるが、そこでは筆舌に尽くしがたい悪逆非道の数々をその身に受けていた。そのためか彼女の髪はよりくすんでしまい、白い柔肌にも様々な傷痕が刻まれている。ルミナは人の目を避けるかのように図書館の地下……様々な魔導書が鎮座されているエリアで黙々と読書を続けていた。


 ルミナにとって、読書とは唯一気の安らぐ時間であった。特に魔導書を読んでいる間は彼女が唯一全てのしがらみから抜け出せる場所でもある。そのためか、ルミナの成績はとても良いもので、特に魔術に関しては学院内でもトップクラスの成績を収めていた。しかしそれは座学での話であり、実践レベルになると他の生徒とは水をあけられてしまってはいるのだが。


 そんなルミナも一応は名家の令嬢であるためか、既に婚約の話が持ち上がっていた。その相手はなんと王国の第二王子であるリオンであった。リオンは王位継承権を持つ王太子の中でも美形と評判であり、そんな彼が何故私を選んだのかと疑心暗鬼を生じていた。しかし、元々婚約にも興味が無かった上に断れば母親だけでなく父親からも虐待を受けることになってしまうルミナは二つ返事で受け取る。しかし、今になって思えばこれは狡猾な罠だったと自嘲せざるを得ない。


 そうしてもうすぐ学院を卒業しようという頃、事件は起こった。王国の第一王子であるシオンが夜中に何者かによって魔術を用いて襲われるというもので、シオンは生死を彷徨うほどの大怪我を負ってしまう。王国にとっては大事件であり、すぐさま犯人の捜索が行われた。物理的な証拠が残っていないことから相当な手慣れが犯行に及んだという思考回路に至り、最終的にルミナに疑惑の視線が向けられた。さらに、その理論を補強するかのように姉のエミナが証言を上げる。


「アタシ見ました……! シオン様が襲われた日の夜、王宮に行っていたのですわ!」

「……それは、リオン様に呼ばれた、から……」

「……? おかしいな、ボクはその日ルミナを呼んだはずはないのだが……?」


 やられたとルミナは心の中で舌を噛んだ。最初からエミナとリオンは共謀して私に罪を被せた挙げ句、第一王子を殺害することで自分に王位継承権が向くようにしていたのだ。確かにルミナはリオンに王宮に呼ばれていた。だが、会いに行くために王宮に入った瞬間にシオンの叫び声が王宮内を轟かせたことから、ルミナにはできるはずもないのである。


 しかし、民衆はエミナとリオンの言葉を信用した。民衆の前に引きずり出されたルミナは投石やら罵詈雑言やら、目の前にいる一人の少女を大罪人かのように扱って見せた。

 

「それでも私は……やってない、です……!」

「うるせぇ! お前がシオン様を殺ったクセによぉ!」

「人殺し! シオン様を返しなさいよ!」

「……」


 ルミナにはもはや何かを言う気力すら起きなかった。判決としてルミナは魔術を封じるアンクルを装着した状態での国外追放が言い渡され、リオンとの婚約は破棄。その日、ルミナ・エメラリアという少女の生活は奈落の底へと突き落とされることになった。


 ポラール王国における国外追放とは、王国領と魔族領の境目にある『禁忌の森』と呼ばれる広大な魔獣たちの蔓延る巣へと放逐することである。それは実質的な死刑を意味するもので、獰猛な獣が骨すら残さず罪人を食いちぎると言われており、誰も近寄ろうとしない場所であった。


 王国の執行官に転移魔術で禁忌の森の真ん中へと吹き飛ばされたルミナは、瞳孔の定まらないままふらふらと歩いて行く。空を覆い尽くすほど木々が生い茂るこの森の中で、ここがどこかなど分かるはずもない。ただ、ここじゃないどこかへ行きたい。ただそれだけの一心で歩を進める。魔術は使えなくても生き物の気配は何となく分かる。それは学院での壮絶ないじめの末に身につけた処世術であった。


 そうしてルミナはひたすらに歩き続けた。自分のいる場所がどこか分からないまま、ただ心の中に憎悪の炎だけを灯し続けながら。しかし、心の中の炎が燃えたぎるたびに身体には疲れが蓄積していく。


「……わたしは……っ、ふつうに……っ! いき、たい……だけっ……のに……っ……!」.


 ……どうして。どうして私だけがこんな目に遭わなければならないの? 魂からの叫びに呼応するかのように、ふらりとルミナの身体が揺れる。何かの気配がルミナに近付いた。ルミナの本能がそこから逃げようと動くが、既に肉体も精神もボロボロになっていたルミナにはもはや抵抗する余地など残されていなかった。


「あらあら……これは可愛い獲物ね……♡」


 ルミナの意識が消える寸前に彼女が見たものは、じっと彼女のことを観察する漆黒の瞳、そして人ならざるものが持つ黒い尻尾だった。

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