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第6話 定期検診

 今日は、梨央奈(りおな)の1ヶ月に一度の定期検診だ。

 事故から8年ほど経っているが、記憶の欠落は治っておらず、継続して治療を受けている。

 病院は、都内の国立病院だ。


 梨央奈は、名前を呼ばれ診察室へと入った。


「失礼します。今日もよろしくお願いします」


「どうぞ。荷物は、そちらの籠に置いて座ってください」


 梨央奈は、荷物を先生に指定された籠へ置き、先生の正面の椅子へ座った。


 室内は、机にパソコン、本棚、治療に使うものを納めた棚、診察台、先生と患者が座る椅子、荷物を置く籠などが置かれている。


 白を基調にした整理整頓された室内は、とても清潔感があって気持ちがいい。


 だが、所々に病院には不釣り合いなものが置かれている。

 少しならまあ子供の緊張を解くのに効果的だが、この数は、その範囲を超えていた。


 ”動物のぬいぐるみ”だ。

 かわいいものから、リアルなものまで、さまざまな動物のぬいぐるみが、部屋の至る所に置かれている。その数は、大小10〜20個は、あるだろう。


(前来た時より増えてない?)


 そんな、動物のぬいぐるみ達に囲まれた部屋の主である先生は、目の前で机の前の椅子に座り梨央奈のカルテを読んでいる。


 かわいい女性医師なら納得もできるが、そこに座っていたのは、体格も立派な男性医師だ。

 しかも、白衣姿の神秘的な名画に出てくるような美男子。


 彼は、梨央奈の今の主治医のハリソン・ウィリアムズ。

 イギリス人。年齢は、20代後半だろうか。軽くウェーブのかかった長めの髪を真ん中分けにし、サイドを後ろに流している。


 特徴的なのは、彼がアルビノだということだ。アルビノとは、先天的にメラニン色素をつくれない、もしくは少ししかつくれない体質。

 彼も、肌は白く、髪も眉毛もまつ毛も白い。瞳はスミレ色をしている。身長は、180センチ代。細身ながら、筋肉がしっかりとついた体格だ。

 垂れ目で、通った鼻筋、整った唇、整った顔立ち、そこにアルビノの特徴が加わり、とても神秘的だ。


 思わず、眩しそうに目を細めながら梨央奈は心の中で呟いた。


(毎回思うけど、ここだけ別世界かな? 成人男性が動物のぬいぐるみが好きだろうが、どうでも良くなるよね……。何で私の周りの美男美女って個性が強いんだろう……)


「先生。動物のぬいぐるみまた増えたんじゃないですか?」


 梨央奈の質問に、カルテから目を離し、梨央奈に最高の笑顔を向けてウィリアムズ先生が言う。


「無類な動物好きでね。これでも我慢してるんですよ。本当は、本物に一緒にいてほしいんですけどね。流石に、病院に動物は連れてこれないでしょう。ちなみに、ぬいぐるみじゃないですからね。ちゃんと名前あるんですよ〜」


(眩しい! 目がつぶれる!! なんか、言ってることいろいろおかしいけど、なんかどうでもいいくらいに、笑顔が眩しい!!)


 梨央奈は、両手で顔を覆った。


「はい。では、診察を始めましょうか。左腕と左足触りますよ」


 顔を覆っていた梨央奈の左手を掴んで、左腕を診察し始める。同じように左足も診察してもらう。


「違和感は、ないですか? 1ヶ月で変わったことありました?」


「特にないです。会社のイベントの運動で転んだくらいですね」


「転んだ? 何で?」


「もつれただけです」


「左足に違和感はありました?」


「ないです」


「じゃ、大丈夫かな」


 ウィリアムズ先生は、カルテに書き始める。


「いつも思うんですけど、左腕と左足の怪我は、もう完治してますし、先生の専門じゃないですよね?」


「念のためですよ。これでも、いろいろ学んでいますから。異変が有れば専門医に診てもらわないといけないですからね」


 カルテを机に置き、体を梨央奈に向けながらウィリアムズ先生が言う。


「さて、記憶の方だけど、その後どうですか?」


「事故当時の記憶は、変わらず思い出せないです。ただ……」


 梨央奈は、好きな色、嫌いな色が変わり違和感を感じたこと。いつも見ていた夢が変化して誰かに『生きろ』と言われた話をした。


「事故より前の記憶の齟齬や一部欠如は今までありましたが、今回は、少し違うきがしているんです。友人の万知(まち)からは、事故前から私は赤が好きだったと聞いてます。事故後も好きで赤い物を買ってましたし、自分自身も赤が好きだと思っていて人にも話していました。なのに、突然だったんです。”私は、前から赤色が嫌いで、緑色が好きだった”って思いが出てしまいました」


「何か、きっかけはありましたか?」


「特には、ありませんでした」


「なるほど……。赤が嫌いな理由と緑が好きな理由は答えられますか? 例えば、きっかけになる出来事があったとか」


「……いえ。赤い色を見てると、背中がゾワゾワして、気持ちが悪くなって、嫌いだと感じるとしか……。緑色は、自然の色だから癒される感じがして好きです。きっかけになる出来事はないですね」


「好みは、出来事の記憶と結びついてる場合があるので、過去の記憶が関係してるかとも思ったんですが……。少し様子をみた方が良さそうですね」


 ウィリアムズ先生は、次に、夢についての質問を梨央奈にする。


「夢については、その夢はいつから見ていますか? きっかけになる出来事はありましたか?」


「はっきりは、覚えていないんです。何せ、起きると内容を忘れてしまっていたので……。ただ、自覚し始めたのは、事故の後だと思います。きっかけになる出来事は覚えていません」


「事故の時に誰かに『生きろ』と言われたとか?」


「それも、覚えていません。事故現場で、救急隊員や医師の先生から言われていたのかも知れませんが、事故当時の記憶が無いので……」


「そうですよね……」


「ただの夢だとも思うんです。ただ、妙に心に残るんです」


 話す梨央奈をじっと真剣な目で見ていた、ウィリアムズ先生は、ふっと伏し目がちに微笑みながら言う。


「きっと、大切なことなんでしょうね……」


 姿勢を正したウィリアムズ先生が、笑顔で明るく言った。


「ひとまず、この後、全身のメディカルチェックを行って、結果をみましょう。問題があれば対応しますし、無ければ様子をみましょう。ただし、変化や思い出したことがあったら、定期検診関係なく、予約して診察に来てくださいね。不安になった時もです、不安は溜め込まない方がいいですから」


ーーーーーー


 看護師の女性に案内を受けて、別室へ通された梨央奈は、メディカルチェック用の検診着へ着替えていた。

 身につけていた衣服を全て脱ぎ、眼鏡や時計を外し、ピンク色のガウン式の検診着に着替える。


 通された検査室には、丸い筒を横に倒したような形の医療機器が置かれていた。

 筒状の両端と下側には、機材が取り付けられいるが、それ以外は透明な強度が強い特殊なガラスでできている。

 ガラス部分が開けられていた。


「そちらに、仰向けに寝てください」


 看護師に言われた通り、仰向けに寝ると、看護師は、手慣れた手つきで、器具をつけ始めた。付けながら、説明が続く。


「全身の状態をみていきます。時間は、1時間ほどで終わりますね。検査液が筒内を満たしますが、呼吸はできるので安心してください。検査液が入ってきたら、慌てずに落ち着いて吸い込んで肺を満たしてください。検査液といっても、液体よりも空気のように感じるものなので苦しくはありませんから安心してください。」


 看護師は、器具をつけ終え、説明を続ける。


「検査中、苦しいとか何かスタッフに知らせたいことがありましたら、上にあるボタンを押して教えてください。眠くなったら眠ってもらってかまいませんからね。説明は、以上になりますが、質問はありますか?」


 梨央奈は、答えた。


「大丈夫です。質問は、ありません」


「では、はじめますね」


 看護師がそう言って、ボタンを押すと、密閉するようにガラスが閉じた。検査液が筒内を満たしていく。落ち着いて、検査液を吸い込んで肺の中を満たした。


 筒内いっぱいに検査液で満たされると、筒の中に仰向けに寝たように浮かんだ形になった。腰部分や手足に取り付けられている器具で仰向けの体勢で、安定している。


 液体の中にふわふわと浮いている。だが、感覚としては、空気の中に浮いているようだ。

呼吸も普通にできる。


(何回やっても、不思議)


 この医療機器ができたのも、ここ数年らしい。

 10年前に国が専門の組織を設立してから、次元の歪み、ディメンションゲート、未知の生命体(アンノウン)の調査が進むにつれ、副産物のように医療技術が進んだ。


 新しい治療方法、医療機器、薬などが開発されている。そのおかげで助かった命も多い。


 そのような副産物の恩恵を受けているのは、医療分野だけに留まらず、多くの分野に影響を与えている。


(眠くなってきちゃったな)


 梨央奈は、眠くなりうつらうつらしてきた。

眠くぼやける視界の中で、いつもとは違い検査液がキラキラと輝くのをみた気がしたが、眠気には勝てずにそのまま眠りについた。


ーーーーーー


「終わりましたよ」


 梨央奈は、看護師の声で目を覚ました。

 検査液は抜かれていて、器具は外され、ガラスの開いた医療機器に仰向けに寝ていた。


「お疲れ様でした。体調は大丈夫ですか?」


 看護師に聞かれ、梨央奈が答える。


「はい。大丈夫です」


 看護師が、梨央奈を気づかいながら言う。


「着替えたら、診察室の前の椅子でお待ちください。ふらつく方もいるので、座ってお待ちくださいね」


「はい。わかりました」


 梨央奈は、そう答えると、のそりと起き上がった。

 少し頭がふわふわしている。

 不思議と検査液で濡れることはない。

 髪も体も検診着もさらっと乾いていた。


 着替えが置いてある場所へ移動し、身につけていたピンク色のガウン式の検診着から、自分の衣服へ着替えた。

 診察室の前の椅子で待っていると名前を呼ばれ、診察室へさっきと同じように入り、荷物を置いて、椅子へ座る。


 パソコンの画面を見ていた、ウィリアムズ先生が梨央奈へ向かい笑顔を見せる。


「お疲れ様でした。結果は、新しい問題はないですね。現状維持の数値はありますが、悪化はしていないので、このまま様子をみましょう。薬は、変わらず出しておきますね。朝夕食後に飲む薬と体調がすぐれない時に飲む薬があるので、飲むときは注意してください」


「わかりました」


「さっきも言いましたが、少しでも異変を感じたら、必ず、予約して病院に来てくださいね」


「はい。わかりました。ありがとうございました」


 お礼を言って、荷物を持ち出口に向かうと、ふと、入り口脇に置いてある大きなオオカミのリアルなぬいぐるみが目に入った。

 無意識に、オオカミのリアルなぬいぐるみの頭をポンと撫でた。

 ふわりと長めの毛が、柔らかくて心地良い。

 撫でていると、笑顔のウィリアムズ先生に声をかけられた。


「どうしました? かわいいですよね。その子」


「ええ。なんだか懐かしくって」


 微笑みながら答えた後に、梨央奈はふと思い出す。


(あれ? 私、こんなに大きな犬飼ったことあったっけ?)


 微笑ましそうに見ていた、ウィリアムズ先生に挨拶をして、帰路についた。

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