優しい嘘は、時に人を傷つける
リリアさんが、カルメアさん達に話を訊きにいってから、一時間程が経った。一人で、資料をまとめていると、扉が開いてリリアさんが帰ってきた。
「お帰りなさい。どうでした?」
「……ううん。何も思いつかないって。色々と質問してみたり、他の資料を漁ったりもしたけど、何も無かったよ」
リリアさんは、そう言った。でも、少しだけ、ほんの少しだけ、顔が歪んだようにも見えた。でも、私は、追及することはしなかった。
「そうですか。じゃあ、仕事を進めちゃいましょう」
「そうだね。さっきと同じ分担でやろう」
私とリリアさんは、テキパキと仕事を進めていく。それでも、終わりの見えない書類整理。ようやく全体の五分の一程が、片付け終わった頃に、終業時間になったので、そこで中断して、家に帰った。
「じゃあ、ご飯作っちゃいますね」
「うん。私は、お風呂にお湯を張ってくるよ」
家に帰ってきた私は、ささっと、夕飯の支度をしてしまう。二人で、ご飯を食べ終わると、私が洗い物をしているうちに、リリアさんがお風呂に入った。
そこで、私は洗い物を中断する。なぜなら、リリアさんのお風呂に乱入するためだ。資料室に帰ってきた時、リリアさんは、確実に何かを隠していた。それは、絶対に私が傷付くことだ。リリアさんは、何かと私を気遣ってくれている。なら、あそこで葛藤するのも、私のためのはずだ。
「私の事を考えてくれるというのは嬉しいけど、こればかりは、話を訊かないといけない事だから」
お風呂でなら、気が緩むはず。そうすれば、何を聞いたのかを訊ける可能性がある。まぁ、ダメな可能性もあるけど。少し恥ずかしいけど、情報を得るには仕方ない!
意を決して、お風呂に乱入する。
「えっ!? アイリスちゃん!?」
「お背中流します」
リリアさんは、身体を抱きしめるようにして隠す。私は、ささっと泡だったタオルをひったくり、背中を優しく流していく。
「い、いきなり、どうしたの?」
「いえ、せっかく同居しているんですから、親睦を深めようと思いまして」
「え、そ、そう?」
リリアさんは、少し怪訝そうにしてはいたけど、私にされるがままになっていた。背中を洗う場所が無くなったので、少し悩んでから前の方に手を伸ばした。
「ちょっ!? そっちは、自分でやるよ!」
「親睦を深めるためです!」
「そんな事しなくても、親睦くらい深められるよ~~!!」
少し揉め事があったけど、そのまま身体を洗い合って、二人で湯船に浸かった。私達の間に、ゆるやかな空気が流れ始めた。
ここだ。そう思い、リリアさんと向き合う。
「リリアさん」
「どうしたの?」
「あの時、本当は、何を知ったんですか?」
私は、リリアさんの顔を見続ける。資料室の時みたいに、表情が変わるかもしれないから。
「ううん。資料室で言ったとおりだよ」
今度は、表情が一切動かない。意識して、表情を固めているのかもしれない。
「本当ですか?」
「本当だよ」
リリアさんは、そう言ってニコッと笑った。絶対にはぐらかされている。どうにかして、このガードを突破出来ないかな。
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アイリス一緒にお風呂に入ることになったリリアは、内心焦っていた。
(資料室に行ったとき、私の表情が一瞬だけ変わったから、その追及に来たんだよね。絶対に、何も言わないぞ! アイリスちゃんのためにも!)
リリアは、焦りつつも改めて決心をする。
「リリアさん」
「ん?」
アイリスが、首までお湯浸かりながら、
「少し寂しいです」
と上目遣いに言った。何も教えてくれないので、疎外感を受けてしまっているのだと、リリアは考えた。
(うぐっ! さすがに、心が痛む……私が言えば、私は楽になれるけど、アイリスちゃんは、傷付くはずだもん。私は、アイリスちゃんよりも年上。つまり、お姉ちゃん! だから、心を鬼にして黙っておく!)
リリアは、ニコッと笑ってアイリスちゃんの頭を撫でることで誤魔化した。
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この方法でもダメみたい。これは、いつか話してくれるのを待つしかないかな。
お風呂で話を聞くことは諦めて、二人揃ってお風呂を上がった。身体を拭いて、少しだけゆっくりとしてから、ベットの中に入る。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
リリアさんは、私の手を握ろうとする。それを避けて、リリアさんの身体に抱きつく。
「アイリスちゃん?」
子供っぽいけど、寂しいって言ったのは本当の事。皆、私に隠し事をする。お母さんとお父さんが亡くなったときも、私に知らせてくれた人は、嘘をついていた。なんとなく、その人の様子がおかしかったから、多分合っていると思う。
私は、こうやって嘘に塗り固められた世界で生きていくことになるんだ。何にも真実を知らないまま……
私に寄り添ってくれているようで、皆、私を隔離する。一人でいるくらいだったら、心に傷を負うことになっても真実を知りたい。
お願いだから……私を……一人にしないで……
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リリアに抱きついたアイリスは、リリアに呼び掛けられても反応しなかった。抱きついた直後に、眠りについてしまったのだ。
「ごめんね。これは……私の……私達の我が儘。これで、アイリスちゃんが傷付くとしても。大きな傷よりも小さな傷で済むのなら、私はそっちを望むから……」
リリアはそう言いながら、アイリスを抱きしめて、頭を撫でる。二人は、抱き合いながら眠りについた。
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