裏方の仕事
ギルドマスターの部屋から出て、一階に降りると、カルメアさんが階段の傍に立って待っていた。
「来たわね。大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
カルメアさんは、出会ってすぐに私を気遣ってくれた。お見舞いに来たときよりも調子が悪そうだったら、さすがにそうなるよね。
「無理せずに、何かあったら言うのよ。じゃあ、裏の仕事に行くわよ」
「はい。分かりました」
カルメアさんについていくと、依頼書の複写や製図をしていた部屋とは違う部屋に案内された。
「ここは、何の部屋ですか?」
「ギルドの資料室よ。とは言っても、今は物置っていうほうが正しいけど」
カルメアさんの言うとおり、そこには大量の紙資料が積み重なっており、地面も見えなくなっている。資料室よりも物置という方が正しそうだ。
「過去の資料を確認することが減ったから、あまり整理されなくなってしまったのよ。かなり大変だろうけど、ここの整理を頼むわ。疲れたら、いくらでも休憩して良いから。時折、様子を見に来るわね」
「はい。分かりました」
カルメアさんはそう言うと、部屋から出て行った。裏の作業というから、何かと思えば、まさかの資料整理だった。多分だけど、誰も見ていない場所だから、休み休みやっても問題ないということだと思う。でも、やるからには、しっかり働かないと。
「さて、入り口から片付けていかないと」
早速、紙資料の片付けを始める。入口から埋まっているので、そこから片付けないと、自分の居場所すらない。積み重なっているのは、重要な書類から、必要なさそうな書類まで多種多様だった。
「これは、重要書類……こっちは、そうじゃない……」
適当な木箱が二つ転がっていたので、分類した紙資料を取りあえず入れていく。細かい分類は、後でやればいい。
「意外と、重要なものが多いなぁ。かなり前のものは、別の紙に、簡単にまとめてから、捨てた方が良さそう……」
作業開始から、かなり経っても、入口周辺から抜け出せずにいた。書類整理を続けていると、ドアがノックされた。
「はい」
「アイリスちゃん、お昼だけど、今大丈夫?」
ノックしたのは、リリアさんだった。
「もうそんな時間ですか? 気が付きませんでした」
「えっ? そうか。ここ、時計がないんだね」
リリアさんは、部屋の中をキョロキョロと見回してからそう言った。
「まぁ、それよりもお昼食べに行こう?」
「はい」
私は、更衣室によってお弁当を持ってきて、リリアさんと一緒に食べる。
「アイリスちゃん、大丈夫?」
リリアさんも私の体調を気遣っているみたい。なんだか、申し訳ないな。
「あんなに資料に囲まれてたら、頭パンクしちゃうよね」
と思ったら、全然違った。仕事面の話だった。
「そうでもないですよ。色々な資料があって少し面白いです」
「アイリスちゃんって、地味な仕事が好きだよね」
「そうですかね?」
リリアさんは、私に気遣って話すなんて事はせずに、いつも通り接してくれた。少し気が楽だった。
「そうだ。午後からは、私も資料整理を手伝うことになったんだ。一緒に頑張ろうね」
「そうなんですか? 助かります」
昼ご飯を食べ終わった私達は、さっきの物置(資料室)に向かった。
「どういう区分けにしてるの?」
「予算とかの重要そうなものと、よく分からない捨ててもよさそうなもので分けてます」
「なるほど……確かに、よく分からない走り書きみたいなものもあるね」
「それが、この部屋一杯にありますからね。かなり掛かりそうですよ」
「頑張んないと!」
リリアさんは気合いを入れて書類を整理していく。私もテキパキと書類を整理していった。途中、カルメアさんが様子を見に来てくれて、問題ないことを確認すると、仕事に戻っていった。
「う~ん!」
ずっと猫背で仕事をしていたからか、リリアさんが唸りながら身体をほぐしていた。
「大分進んだと思ったけど、まだ入口周辺なんだね」
「入口を開けて投げ込んでいたんでしょうか?」
「あり得そう……」
職員の中には結構がさつな人もいる。だから、私が言ったような事をする人もいそうだった。そうじゃないと、こんなに沢山の資料が入口に重なっていないと思う。
「そろそろ木箱も一杯だね。私、使えそうなものを取ってくるよ」
「ありがとうございます」
リリアさんが、木箱の代わりになるようなものを探しにいった。私は、その間にも、書類の整理を続ける。その最中、
「うぅ……」
いきなり、目の前が揺れる。一瞬、地震かと思ったけど、視界がぐらっと揺れた事から、これが目眩だと気が付く。ここ一週間、まともに寝られてないから、いきなり睡魔が襲ってきているんだと思う。
朦朧とする意識の中、ふらふらと歩いていき、壁に背中を預ける。そして、ズルズルと、座り込んだ。
「ふぅ……まずいかも……」
瞼が重くなってきた。段々と視界が霞んできた。
「嫌だな……寝たく……な……」
私の意思とは関係なく、意識が消え去っていった。
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暗い空間。血溜まり。血まみれのキティさん。上手く動かせない身体。憎悪に満ちたキティさんの顔。そして、首を絞められる。
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「はっ……!!」
目を覚ますと、額に汗をかいていた。いつもと同じ悪夢を見た。もう何度目か分からない。そんな事あり得ないと認識していても、無駄みたいだった。
「アイリスちゃん! 大丈夫!?」
リリアさんが顔を覗き込んできた。その顔はすごく心配そうだ。
「大丈夫です。すみません、仕事の途中で……」
「ううん。事情は聞いてるから」
「じゃあ、仕事に戻らないと」
「待って!」
私が身体を起こそうとすると、リリアさんが肩を押して止めた。
「今日は、ここで休むこと。それが、アイリスちゃんの仕事だよ」
「ですが……」
「カルメアさんからの指示だよ。きちんと、寝ないと」
「……分かりました」
こんな状態じゃ、仕事にならないのは目に見えている。私は大人しく横になることにした。でも、もう一度寝るなんて、無理だと思う。あの悪夢を思い出す度に、身体が震えてしまうからだ。そんな中、リリアさんの顔をが視界に入る。
「あの……リリアさん」
「ん? 何?」
リリアさんは、安心させるかのように、ニコッと笑う。
「あの……少しの間だけ、手を握って貰えますか?」
「いいよ」
リリアさんが、私の左手を握ってくれる。そのおかげか、悪夢の恐怖が少しだけだけど、薄れていった。同時に、再び眠気が襲ってきた。
「ありが……とう……ござい……ます……」
お礼の言葉と同時に、意識が沈んでいった。どうか、悪夢を見ませんように……
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