悪夢
セリアの名前をアンジュに変更しました。
カルメアさんが来てから三日が経った。私は、朝から窓の外を見ていた。ようやく脚が動くようになってきたけど、まだ違和感がある。だから、まだ歩き回ることが出来ない。
「はぁ……」
「あら? もう起きてたの?」
部屋の入り口から聞こえたので、そちらを見ると、この病院の医師が立っていた。私の担当医アンジュ・キュリアさんだ。長い金髪をポニーテールでまとめており、その碧眼は、空のように綺麗だった。
「はい。あまり寝られなくて……」
「ちゃんと寝ないと治るのが遅くなるよ」
「分かってはいるんですけど……」
実際、カルメアさんが来た次の日から、私は、一睡も出来ていなかった。私には見えないけど、きっと目の下には薄らと隈があると思う。
「今日も眠れなかったら、呼んでね。睡眠薬を処方するから」
「分かりました」
「じゃあ、診察するよ」
アンジュさんは、私の身体を手で触っていき、診察を始める。これは、魔力を使った診断方法で、身体の状態を見ることが出来る。
「やっぱり、脚の疲労度が高い。こればかりは、時間でしか解決出来ないから、しばらくは入院しててもらうよ」
「はい」
「普通は、ここまで疲労することはないんだけどね。もしかして、アイリスちゃんは、強いスキルを持ってる?」
「…………はい」
私は、少し目を伏せて答える。
「なるほどね。強いスキルに身体が追いついてないわけか。だから、必要以上に身体を酷使しているのね」
アンジュさんの話は図星だった。私が持っているスキルのいくつかは、通常のスキルよりも強いものになっている。特に、剣姫のスキルは、剣を扱うスキルの中で最上位に位置しているスキルだ。その能力に私の身体がついていけていない。それは、紛れもない事実なのだった。
「身体作りをサボっていたわけではないみたいだけど、それでも身体への負担は少なくない。あまりスキルを使い過ぎないようにね。特に、今回みたいに全力での戦闘は控えるように」
「分かりました」
「身体作りは続けてね。それで、改善していくから」
「……はい」
「じゃあ、問題があったら、呼んでね」
そう言って、アンジュさんは、部屋を出て行こうとする。
「あの、キティさんは?」
「……傷は順調に治ってる。危険な状態からも脱したよ。でも、意識は深くに沈んだまま。いつ眼を覚ますかは分からない。でも、それは、アイリスちゃんのせいじゃないから、それだけは覚えておいて」
それを最後に、アンジュさんは部屋を出て行った。
「私の……せいじゃない……そんなわけ……ないのに……」
私は、再び窓の外を見る。それしか、やることがないから……
────────────────────────
それから、三日の時が過ぎた。脚もまともに動くようになった。そして、未だに、私はまともに寝ることが出来ていなかった。何故か、眠ることが怖いと感じている。
「アイリス、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ、サリア」
今日は、サリアが見舞いに来てくれていた。依頼が立て込んでいて、今まで来られなかったみたい。
「それより、依頼の方はもういいの?」
「大丈夫。今日は、午後からだから。ねぇ、ちゃんと寝られてるの?」
「ううん。全然寝れない。だけど、大丈夫だよ。今日からは、強めの睡眠薬を使う事になるみたいだから」
「…………」
サリアは心配そうに私も見る。多分だけど、今の私の顔は、すごく酷いものになっているんだと思う。
その後、サリアと世間話をしていると、サリアの依頼の時間になったので、サリアと別れた。
「明日から、機能回復訓練か……歩けるようになったら、キティさんの見舞いに行かないと……」
その日の夜は、睡眠薬を服用して眠りについた。
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気が付いたら、真っ暗な空間を歩いていた。真っ白だった病室から一転しているので、違和感がすごい。
「あれ? ここは? 確か、病院で寝ていたはずじゃ……」
周りを見回しても何も見えない。辺り一帯が真っ暗な闇の空間だ。
ポタッ……ポタッ……
少し遠くで何か音がする。それはまるで、溜まっている水に水滴が落ちるような音だった。
「何だろう?」
音のする方に歩いて行くと、足が少し濡れてきた。
「川か何かかな?」
見えないだけで、普通場所なのかと思い、足下に目を向けると、自分の足が赤い水溜まりに入っていた。いや、水溜まりでは無い。これは……血溜まりだ……
「ひっ……!」
思わず、後退るとうまく足が動かず腰を地面に打つことになる。腰に痛みが走る。しかし、そんな事を気にすることは出来なかった。私の意識は目の前にいる人に注がれていた。血溜まりの正体……キティさんに……
「キ、キティさん……」
キティさんに呼び掛けても返事がない。生きているか確かめるために、自分の身体を動かそうとするが、動かすことが出来ない。
「キティさん!」
返事がない。そう思ったそのとき、俯いていたキティさんの顔がグルリッと私の方に向いた。キティさんの眼は、開ききっていて、血が滴り落ちている。
『ナンデ、タスケテ、クレナイノ……』
口から血を吐きながら、キティさんが這いずってくる。キティさんの表情は憎悪に歪んでいた。
『オマエノ、セイデ、ワタシガ……』
「いや……」
後退ろうとするけど、私の手足は血溜まりを滑るだけだ。やがて、キティさんの手が、私の足を掴む。振り払おうとしても、すごい握力で掴まれているため、全く離れない。
キティさんは、そのまま私の足を引っ張って、私を引き寄せる。
『オマエノ、セイデ……』
「やめて……」
キティさんが、私の上に馬乗りになった。そして、その手が私の首に掛けられた。
『オマエガ……シネ……!』
「嫌……やめて……!!」
首を絞める力が強くなり、呼吸がうまく出来なくなる。目の前が段々と暗くなっていった。
意識が消えていく直前、キティさんの口が弧を描いたように見えた。
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「はっ……!」
目を開くと、白い天井が見えた。外はまだ暗い。多分、一時間も寝ていないと思う。
「夢……?」
体力回復のために寝ようとしていたはずなのに、逆に疲れがドッと押し寄せてきた。寝汗もかいていたのか身体がびっしょりになっている。
首にあの感触が残っている気がする。キティさんがあんな事するはずない。それは分かっているはずなのに、私の恐怖は消えない。ずっと寝られていないから、眠いはずなのに、もう寝られそうにない……
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