治療
「うぅ……」
小さなうめき声が聞こえた。誰の声だろう。そう思ってから、私自身の声だということに気が付く。閉じていた瞼を開けると、白い天井が見えた。
「ここは……?」
知らない天井。使った覚えのないベッド。何で、こんなところにいるんだろう? そんな思考が頭を過ぎっていく。何か重要な事を忘れている。何だっけ……?
「はっ……!」
霞が掛かっていた頭が、段々と鮮明になっていく。冒険者の人に救援を呼んでもらっている間に、キティさんが戦っている場所に戻って、ジェノサイドベアを倒して……
「そうだ……キティさんが……」
私は、キティさんの元に向かおうとして、急いでベッドから降りる。いや、正確には、降りようとして、地面に上半身から落ちた。
「あれ?」
脚にうまく力が入らない。感覚はあるから、脚がないというわけではなさそうだけど。
「なら、這いずってでもキティさんを探さないと……」
私は、這いずってキティさんを探しに行こうとする。
「アイリスちゃん!?」
声がした方を見ると、部屋の入り口にリリアさんが立っていた。
「リリアさん……」
「何してるの!? まだ、寝てなきゃダメだよ! アイリスちゃんの身体は、まだ本調子じゃないんだから! 傷は上半身が多かったけど、疲労具合は下半身に集中していたみたいで、しばらくは、脚に力が入らないかもって、先生が言っていたんだよ!?」
リリアさんは、私の身体を支えて、運ぼうとしてくれる。私の足に力が入らないから、リリアさんに体重を預けることになってしまう。リリアさんは、大変そうにしながらも、ベッドまで運んでくれた。
「すみません、ありがとうございます。でも、キティさんが……」
「…………」
私がキティさんの名前を出した途端、リリアさんの顔が強張った。なんだか嫌な予感がする。
「リリアさん、キティさんはどこですか?」
「…………この病院に運ばれてる」
「じゃあ、どの部屋ですか!?」
「…………」
リリアさんは言いにくそうにしている。
「リリアさん?」
私は怪訝な顔でリリアさんを見る。リリアさんは、私から目線を外している。
「キティさんはどこですか?」
「……集中治療室にいる。怪我が酷すぎて、手術だけでは治しきれなかったの。今もゆっくりと傷を治しているんだ」
「今も……」
「うん。回復魔法で作り出した薬液に浸かってる」
キティさんは、今も治療を受けているみたい。魔法によって、医療技術が発展した今でも、全ての傷や病気を治せるわけではない。集中治療室は、手術で治しきれない程の深い傷をゆっくりと治療するために存在する。つまり、キティさんの負った傷は、かなり深い傷だったみたい。
「でも、生きているということですよね?」
「…………」
リリアさんは、何故か少し顔を歪める。
「リリアさん?」
「実はね。キティさんは、まだ目が覚めるか分からないんだ」
「え……」
私は、全身から血の気が引くのを感じた。
「かなりの量を出血したからか、意識が深くまで沈んでいる状況らしいの。それが、浮上するまで時間が掛かるか、あるいは二度と浮上しない可能性もあるそうなんだ」
最後の方の言葉は、言いにくそうにしていた。それでも、私に伝えるべきだと思ったみたい。
「そう……ですか……」
頭の中が真っ白になる。リリアさんが私の事を呼んでいるのが見える。でも、その声が聞こえない。段々と意識が遠のいてきた。リリアさんの焦った顔を最後に私の意識が無くなった。
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次に私が意識を取り戻したのは、それから一日経った後らしい。ベッドの横にいるカルメアさんから聞いた。
「じゃあ、私は、血だらけで街まで戻ってきたんですね。そして、すぐに意識を失って、治療を受けた後にここで眠っていた」
「そうよ。幸い、アイリスの怪我は治せる範囲内だったから、こうして眼を覚ますことが出来たわ」
「キティさん……」
一瞬だけ心臓が跳ねたけど、何とか意識を失わずに受けとめることが出来た。でも、胸はずっと締め付けられている。
「一応、あの後の事を教えるわ。アイリスが帰ってきた後、冒険者と職員を派遣して、ジェノサイドベアの死体を確認したわ。二頭ともね」
「そうですか。そういえば、キティさんに聞いたのですが、魔物の目撃情報が増えているはずだったのでは?」
「そうね。私達もその報告を受けて周辺調査をすることを決めたのよ。でも、実際には違った。二人が帰ってきた後に、それについても他の職員が確認に向かったわ。結果、分かったのは、魔物の数が減ったという事実よ」
やっぱり魔物の数が減っているらしい。じゃあ、増えているという報告は一体何なんだったんだろう。
「ジェノサイドベアのせいですか?」
もしかしたら、急にジェノサイドベアが現れて、魔物達がいなくなったのでは無いかと思い、そう訊いた。
「その可能性もあるけどね。まだ、ちゃんとした結果は出てないわ。今も調べている最中よ」
まだ、魔物の数が減った理由が分からないらしい。
「そうなんですね」
「怪我が治るまでは、ギルドに来なくて良いわ。きちんと休んで、身体を治して。その後は、様子を見つつ、復帰してもらう事になるから」
「はい。分かりました」
怪我が完全に治るまでは、休暇扱いになるのかな。まぁ、働いて怪我が酷くなっても困るからね。
「今は、休んでいてね。ここの治療費はギルド持ちだから、あまり気にしなくて良いわよ」
「はい。ありがとうございます」
カルメアさんは、私の頭を優しく撫でてから病室を出て行く。治療費を考えなくても良いというのは、少し有り難い。
カルメアさんがいなくなり、病室の中に静寂が広がる。誰もいなくなった途端、私の頭の中は、キティさんの事で一杯なった。キティさんが起きないという事実。私が、一人で逃げたから……私が助けるのが遅れたから……私が弱いままだから……
そんな考えが頭の中でぐるぐると回っている。そして、気付かない内に眠りについた。
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