エピローグ 最強のギルド職員は平和に暮らしたい
アイリス達と魔王との戦闘から一ヶ月が経った。結局魔族がスルーニアに再侵攻する事はなかった。魔王の敗北という事実が大きかったのだ。
だが、人族側が負った損害も小さいものではなかった。複数の村が滅ぼされ、三つの街が半壊していた。唯一の救いは、王都が無事であったということだろう。これも王都まで戻った宗近達の働きがあったからだった。
終戦の触れは、すぐに出された。そして、魔王を討伐した宗近達は、王都にて凱旋パレードを行った。宗近は笑顔で民の声に応えていたが、内心では居心地の悪さを感じていた。アイリスがいなければ、魔王に勝つことは出来なかったからだ。
民には勇者が討伐したという事だけ伝えられている。よく知らない一介のギルド職員が魔王と接戦を繰り広げて、トドメだけ勇者が刺したと伝えられるよりも、そちらの方が民も信じやすいからだ。さらに付け加えるなら、アイリスはあまり目立つことを望まないだろうというアルビオの気遣いもあった。
終戦後の慌ただしさは、スルーニアにも存在した。領主の不在。ギルドマスターであるガルシアの入院などがあり、責任者がいなくなったからだ。現在はカルメアとアミレアが協力して、事の収拾に当たっている。
この戦後に、一番厄介だった事は、魔物の分布の乱れだった。すぐに職員、冒険者総出で分布の変化を調査する事になった。その結果、魔物の分布は、かなり変わってしまっていたが、特に危険な魔物が近くに住み着くという事はなかった。
このせいでギルドの依頼をがらりと替えなくてはいけなくなり、職員はその作業に専念しなくてはいけなくなった。当然アイリスやリリアもこれにかり出された。
この収拾には二週間掛かり、かり出されたギルド職員達は、ゾンビのような状態になっていた。その中で、活躍したのがアイリスだった。これまで常に寝不足のような状態で業務を行っていたので、このくらいの睡眠不足は、全く苦にならなかったのだ。
これが終わる頃には、ガルシアも退院許可が出た。もう傷も塞がっているが、今後の戦闘への参加は難しいと診断を受けていた。ただ普通に暮らすことは出来るので、キティやアイリスは少し安堵していた。
同じく重傷を負ったクロウは、ガルシアと同じくもう戦うのは厳しいとされていた。片腕がないので、当然と言えば当然だった。だが、それでもクロウやライネル達は諦めなかった。王都にあると言われている義手を手に入れるために、金稼ぎを始めていた。クロウが居ないことで、前衛が薄くなるので、新たにサリアをメンバーに加えていた。サリア自身は、無理だと言っていたのだが、共に冒険した経験からサリアなら任せられるとライネル達が判断し、三度に及ぶ誘いでサリアの方が折れたのだ。
新しいパーティーという事もあって、まだ安全な場所での戦闘しかしていないが、今後はどんどんと難易度が高いダンジョンに挑むことだろう。
そんな慌ただしさがあったが、さらに二週間程経つと、少しずつ落ち着いていった。
魔王の襲来に対応した宗近達は、召喚された理由を達成したため、元の世界への帰還準備に入った。準備が整うまでは、さらに一週間程掛かるので、もうしばらくこの世界に滞在する。この間にしたい事があり、宗近はアルビオにある頼みをしていた。
「アイリスに会わせて欲しい?」
「ああ。あの戦場で会っただけで、大して会話出来なかったからな。ちゃんと会って礼を言いたいんだ」
宗近達は、あの戦闘があった二日後に出立していた。その準備などで忙しく、アイリスに挨拶する暇がなかったのだ。
「なるほどな。確かに、アイリスがいなければ勝てなかったからな。その礼がしたいっていうのも分かる。だが、期待には添えないな。昨日、アイリスから手紙が来てな。ガルシア達の計らいで、新婚旅行に行くらしい。だから、スルーニアに来ても、しばらくは会えないだろうとの事だ」
「新婚旅行……そんな年齢だったのか……」
「いや、お前より年下だぞ」
「…………」
年下が既に結婚しているという事実に、宗近は少し動揺していた。だがすぐに、日本ではそもそも結婚出来る歳じゃないなと思いだし落ち着いた。
「礼も言えずじまいか。あの後、時間が取れなかったのが痛いな……」
「手紙でも書いていくか?」
「いや、こっちの字は書けないからな。そっちから伝えてくれ」
「分かった」
宗近は、少々落胆しつつアルビオから離れていった。それを見送ったアルビオは、少し息を吐く。
「あいつ……もしかして、アイリスに惚れたのか……? いや、もう元の世界に帰るんだ。それはないか」
アルビオはそう言いつつ、机に仕舞っていたアイリスからの手紙を取り出す。そこには、近況報告と新婚旅行に行くという旨が書かれている。
「ようやく呪いが解けたんだ。これを機に、ゆっくりと羽休めが出来れば良いな」
アルビオは遠くを見ながらそう呟いた。
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強い日差しが部屋に入り込んでくる。窓の外では、綺麗な色をした海が広がっている。
「う~ん……! 良い天気だね~」
「そうですね。まぁ、ここは基本的に晴れが多いらしいですけど」
「ん。だから、観光地に選ばれる。良いところ……」
キティさんは日差しを浴びて身体を丸めていた。今にも寝てしまいそうだ。
「そろそろ出る時間になりますよ。起きてください」
「ん……」
身体を揺すると、キティさんが渋々立ち上がって抱きついてくる。これだと結局寝てしまうのでは……
「昨日は海水浴をしたから、今日は、買い物だっけ?」
「なんか色々と有名な銘柄のものが揃っている商店街があるみたいですね。正直、そういうものにあまり頓着はないんですけど、ガルシアさんがせっかくだから見ていけって」
「これで、良いものがなかったら、ガルシアをとっちめる」
「そこまでしなくても……」
キティさんの言葉に、苦笑いをしてしまう。
この旅行は、ガルシアさんが提案してくれて、宿の選択もやってくれた。おかげで、すごく良い宿に泊まることが出来ている。ガルシアさんもここに来た事があるのかも。
「ほら、二人とも着替えるよ」
「は~い」
「ん」
私達が部屋着から外着に着替えていると、外が騒がしくなっている事に気が付いた。
「嫌な予感……」
「前にもこんな感じの事があったよね……」
「?」
同時多発スタンピードの際にも同じような事があったので、私とリリアさんは少し嫌な顔になる。キティさんは、その事を知らないので、首を傾げていた。
ちょっと窓を開けて、顔を出してみると、外を沢山の人が走り回っていた。
「スタンピードだ!」
「近くのダンジョンでスタンピードが起きたぞ!!」
大声で触れ回っている人がいて、私達の部屋へも声が飛び込んできた。
「…………」
「…………」
「…………」
私達三人は、全員何とも言えない表情になっていた。
「確か、この近くのダンジョンは、かなり弱いものでしたよね?」
「そうだね。ガルシアさんがくれた資料だとそうなっていたと思うよ」
「ん。なら、ここの冒険者とギルドに任せれば……」
「冒険者不足みたいだ! 観光客に冒険者はいないか!?」
キティさんの言葉の途中でそんな声が飛び込んできた。私達は、再び何とも言えない表情になる。
「はぁ……私、参加してきますね。キティさんは、リリアさんの護衛をお願いします」
「ん。分かった」
「気を付けてね」
「はい」
私は、雪白達の確認をしてから部屋を出て行く。旅行だったから防具は持ってきていない。でも、ガルシアさんが教えてくれた通りのダンジョンなら、私一人でも何とかなるはず。
「はぁ……何でこうなるんだろう……呪いは解けたのに、まだ呪われている感じ……」
ギルド職員になってから度々思うけど、私ってかなり不運な気がする。まぁ、その度に強くなっているんだけど……そう考えると、これは神様が与えた試練なのかな。だとしたら、神様なんてくそ食らえなんだけど。
「ああ~!! もう! 私は、平和に暮らしたいだけなのに!!」
ずっと願っていた私の願望。いつか必ず叶うと信じて、私は、今日も生き続ける。愛してくれる人達、そして愛する人達と共に。




