約束の帰還
私が後方に戻ろうとすると、何か重い物が地面とぶつかる音がした。
「?」
音のした方を見ると、勇者が倒れていた。
「……あの……大丈夫?」
「……」
声を掛けても返事が一切ない。脈拍はちゃんとあるので、死んではいない。戦闘の消耗で気絶してしまったらしい。
「私もかなり疲れているんだけど……」
最上位スキルの一番消耗度が高い技を連発しているから、今すぐにでもベッドで眠りにつきたい程に疲れている。だから、さっさと帰りたいんだけど、最大の功労者を放置しておくわけにもいかない。
私は勇者の後ろ襟を掴んで、引き摺りながら移動する。さすがに、背負ったり抱えたりするのは無理があるから、これくらいは許して欲しい。
そのまま三十分程森の中を歩いていると、正面が騒がしくなってきた。
(まだ天幕があった場所まで距離があるはず。援軍が来ているのかな?)
私は、そう思いつつも少し警戒する。向かってきているのが、本当に味方かどうか分からないからだ。でも、すぐに杞憂だったと気付いた。木々の間から、見覚えのある猫耳と尻尾が見えたからだ。
向こうは、私よりも前に気が付いていたみたいで、ものすごい速さでこちらに向かってきた。少しずつ減速して、私の前で立ち止まると、私の身体をペタペタと触り始める。
「えっと……キティさん?」
「ん。あまり怪我はしていないみたい。所々擦り傷とかがあるくらい?」
「そうですね。マイラさんの防具様々です」
魔王との戦いで傷らしい傷は受けずに済んだけど、散々ぶつかり合ったから、気付かぬ内に擦り傷とかを負っていたみたい。でも、これで済んだのは防具のおかげだと思う。後でお礼しないと。
キティさんとそんな事を話していると、キティさんの後ろからアルビオ殿下が現れた。さらにその後ろには、沢山の冒険者がいる。最初に考えた通り、援軍として来ていたみたい。
「二人が戻ってきているという事は、魔王は……」
「はい。倒しました。魔王の死体は、塵になったんですが……」
「ああ。文献通りだ。魔王の死は、死体すら残らないらしい。肉体は使い捨てという事だろうな。恐らく魂は、また転生に備えて眠りについているのだろう」
「なるほど。なら、安心しました。後は、他の戦場ですね」
魔王が死んだことで、魔族の動きは変わってくるはず。撤退すれば良いけど、侵攻を続けるようだったら、どっちかが全滅するまで続くかもしれない。
「そうだな。だが、スルーニアへの侵攻は止まるだろう。魔王が敗北した戦場だからな」
「来るとしたら、戦力を整えた後ですか?」
「そうだが、敵の戦力は、恐らく王城方面に集中しているはずだ。こっちに魔王とドラゴン二体が来たのは、かなりの異常事態だったと考えていいだろう」
殿下は、本当に侵攻が止まると考えているみたい。
「寧ろ、王都などが陥落していないかの方が心配だ」
「そうですね」
「取りあえず、スルーニアに戻るぞ。誰か、宗近を運んでやれ」
殿下の指示で、冒険者の人が勇者を背負ってくれた。
「アイリスも誰かに運んで貰うか? 途中から参戦したとはいえ、魔王と戦ったんだ。かなり消耗しているだろ?」
「いえ、まだ歩けるので大丈夫です」
「そうか。なら、歩きながら聞いてくれ」
「?」
冒険者の人達が、私達を守るように周囲に配置された。その陣形のままスルーニアへの帰路につく。少し歩き始めると、アルビオ殿下が話し始めた。
「今後についてなんだが、ガルシアの戦線復帰が難しい」
「!!」
まず話された内容は、悪い内容だった。思わず、横を歩いているキティさんを見ると、少し暗い顔している。アルビオ殿下の言っている事は本当みたいだ。私は、そんなキティさんの手を取る。キティさんにとって、ガルシアさんは、育ての親だ。そんな人が大怪我しているのだから、不安になって当然だ。そんなキティさんに対して、私が出来る事と言えば、こうして手を繋いで励ますことだけだった。
私の手を握るキティさんの力が強い。それがキティさんの不安の程を表している。
「魔王討伐を終えたからな。俺達は、一度王都に戻る事になるだろう。そうなると、再びスルーニアへの侵攻があった時に、俺達はいない」
「今回の負傷者も合わせると、戦力の低下は免れないという事ですね?」
「ああ。アイリスには、最前線で戦い抜いて欲しい。無茶な頼みという事は理解している。だが、今のこの状況で、戦線を頼めるのはお前しかいない」
アルビオ殿下の目は真剣だった。まだ、スルーニアへの侵攻が続くかどうかは分からない。でも、そうなった時に戦線を任せられる人が必要だって事なんだろう。ガルシアさんは出てこられないし、ライネルさん達も負傷している。キティさんは後衛だし、私が前に出るしかないという事だね。
「今は街の防衛を任せているが、アミレアにも前線に出て貰う事になる。戦いの指示は、アミレアから出されるだろう」
「分かりました。私も街を守る理由はありますので」
「そうか。助かる」
アルビオ殿下は、少し申し訳なさそうにしていた。確実に私に負担が集中するからだと思う。それは、私の強さが原因だ。自分で言うのもなんだけど、同年代の人達よりは確実に強いし、今の私ならガルシアさんよりも強くなっていると思うしね。不本意だけど、魔王にも認められたみたいだし……
「話題を変えるが、呪いの方はどうなっている?」
「!!」
この話題に強く反応したのは、キティさんだった。呪いを知ってから、ずっと心配していたから当然だと思う。ここにリリアさんが居たら、同じ反応をしていただろうしね。
「正直、よく分かりません。ですが、もう発作は出ないと思います」
「何か確信があるのか?」
「はい」
私がはっきりと返事をすると、アルビオ殿下は安心したな顔をする。
「今後の事は、ギルドから連絡が行くだろう。最後に……」
「?」
言葉が途切れたので、首を傾げていると、アルビオ殿下が頭に手を乗せてきた。
「良くやった」
アルビオ殿下はそう言うと、私から離れていった。他の人達に指示をするためだ。すると、キティさんが私の顔を覗きこんできた。
「どうしました?」
「ん。アイリス、顔色が良くなっている気がする。呪いが良くなってきているのは、間違いじゃない」
「呪いの主になっていた魔王は倒されましたし、完全に消え去っていると良いんですけどね」
「ん。ん? 呪いの主?」
「ああ……帰ったら、話します。リリアさんにも話していないので」
「ん。分かった」
そんな風に話ながら移動を続けていると、ミリーさん達が働いていた天幕があった場所まで辿りついた。そこにはもう天幕はなく、撤収の準備が整っていた。
見たところ、負傷者は残っていない。先にスルーニアに戻されたってところかな。ガルシアさんの様子を確かめたかったけど、それは先伸ばしになった。
そこで休憩する事はなく、そのままスルーニアへと向かって行く。行きは馬で来たからあっという間だけど、帰りは徒歩なので、スルーニアに着く頃には夕暮れになっていた。途中でキティさんが頭を縦に揺らし始めたので、今は背中で眠っている。
「アルビオ殿下。キティさんが、こんな状態ですし、ここで別れてもいいですか?」
「ああ、構わない。今後の事で質問があれば、ギルドに来てくれ」
「分かりました。では、失礼します」
私は、アルビオ殿下に頭を下げて、自宅へと向かっていった。そして、家の前に着いたところで、ある事を思い出した。
「あっ、そういえば、私、病院から出発したんだった。リリアさんは、帰ってきてるかな?」
私がそんな事を言った瞬間、家の扉が勢いよく開いて、中からリリアさんが飛び出してきた。
「おかえり!」
「ただいま」
リリアさんは、そのまま私達を抱きしめてきた。その衝撃で、キティさんも目を覚ました。
「キティもおかえり!」
「ん……ただま……」
キティさんが降りた事で、私達は三人で抱きしめ合った。
「ようやく新婚生活を始められるね」
「そういえば、私、披露宴で倒れたんですよね」
「ん。でも、新婚生活って、何か変わるの?」
キティさんにそう言われて、私とリリアさんは顔を見合わせた。
「何か変わります?」
「う~ん……睦言とか?」
沈黙が広がる。最初にそれを破ったのは、キティさんだった。
「する?」
キティさんは、素の表情でそう言った。私とリリアさんは、一気に顔が赤くなる。
「駄目! そういう事は、アイリスちゃんが十八歳を超えてから!」
「十八歳?」
キティさんが首を傾げる。私も何で十八歳なんだろうと思っていたので、リリアさんの事をジッと見る。
「十六歳でも、大人の仲間入りはしているけど、そういう事は、やっぱりもう少し大人になってからが良いと思うの。十八歳ならちょうど良いかなって」
「そういうもの?」
「さぁ……?」
さすがにそういう分野に詳しいわけじゃないので、適正年齢がどこら辺かは分からない。でも、リリアさんがそう言うのであればそうなんだろう。こればかりは、カルメアさんに確認するというのも難しいというか、恥ずかしいから真実は分からない。
「そういうもの! ほら、早く家に戻るよ!」
リリアさんはそう言うと、私達の背中を押していった。
「お風呂に入っちゃって。その間にご飯も用意するから」
「分かりました」
「ん」
私とキティさんは、先にお風呂に入る。戦場にいたから、私もキティさんも結構汚れている。二人で丁寧に身体を洗いあっていき、湯船でゆったりと寛ぐ。
十分に温まったところで、お風呂から出て着替えると、リリアさんが調理を終えてテーブルに並べているところだった。
「ちゃんと温まった?」
「はい」
「ん」
「じゃあ、ご飯にしよ」
私達は、いつも通り同じテーブルに着く。久しぶりの三人揃っての食事だ。久しぶりだからか、ちょっと心が弾んでいる。激闘とかがあったから、余計にそうなっている気がする。
私達は、一斉に手を合わせる。
『いただきます』
帰ってきたいつもの日常。こんな時間がいつまでも続くと良いな。




