変わりゆく戦況
魔王が繭に籠もって一時間が経過した。ガルシア達は、多少気が緩んでいるが、まだ完全に警戒を解いているわけではなかった。体力の回復の方を優先している。
「宗近の様子はどうだ?」
魔王を見張っているガルシアは、隣にいるライネルに問いかけた。
「まだ集中している。大分苦戦しているようだな」
「聖剣との対話は、思ったよりも難しいという事か。奴の繭が解ける前に終わってくれると良いんだが……」
ガルシアがそう言った瞬間、魔王を包んでいた繭に変化が訪れる。
「ちっ! 現実はそう甘くは無いって事か!? 全員戦闘態勢!」
ガルシアの声に、ライネル、ドルトル、マイン、千晶が反応して、武器を構える。先攻を許してしまうが、こちらから仕掛けてカウンターを食らうよりはマシだろうと判断して、そのまま動きを見ていた。
繭が徐々に解けていき、魔王の姿が見え始める。魔王は先程までの消耗が完全に回復していた。だが、その顔に余裕というものは見られなかった。ガルシア達は知る由もないが、先程夢の中でアイリスの両親に完膚なきまでに負けたばかりだった。
(これは……完全に油断出来ない状況だな……)
ガルシアがそう考えたのと同時に魔王が動く。ガルシアが瞬きをしたと同時に、魔王が目の前まで迫っていた。
(さっきまでよりも速い!)
ガルシアは、本当にギリギリで反応し、大剣で攻撃を防ぐ。しかし、その攻撃の威力に耐える事が出来ずに、そのまま吹き飛ばされていった。
「ぐおおおおおっ!!」
「くそ!」
その真横にいたライネルが大斧で薙ぎ払う。それに対して、魔王はジャンプをする事で避け、そのまま空中で身体を捻り、ライネルの頭を蹴った。攻撃直後という事もあり、もろに攻撃を受けてしまう。
「うがっ……!」
頭を激しく揺らされたライネルは、受け身を取れずに倒れた。倒れたライネルを一瞥する事もなく、魔王は次の目標を視界に入れる。それはマインと千晶の魔法組だった。それを察したドルトルは、マイン達と魔王の間に身体を滑り込ませる。
「『シールド・バッシュ』!」
突き出された大盾に対して、魔王は漆黒の剣を使うこともなく、ただの蹴りを打ち込んだ。
「んなっ……」
技を使っているはずのドルトルの方が押される。体勢を崩したドルトルの横に移動した魔王は、脇腹目掛けて蹴りを打ち込んだ。ドルトルは、ガルシアと同じく吹き飛ばされた。蹴りを受けた鎧はひしゃげていた。
守りを失ったマインと千晶は、全く動けなかった。何度も千晶を叱咤激励してきたマインも魔王の唐突な変わりように、怯えの方が勝ってしまっていたのだ。
「あぅ……」
マインはなけなしの勇気を振り絞って、千晶を後ろに庇う。千晶は、歯の根も合わなくなってしまっていた。
怯えきっている二人を前に、魔王は剣を振り上げる。そして、無慈悲に振り下ろす。マインと千晶は思わず目を瞑る。
魔王はこの光景に既視感を感じていた。奇しくもそれは、アイリスの夢の中で見た光景と瓜二つだったのだ。あの時は、アイリスにトドメを刺そうとしたところで両親という邪魔が入った。
そして、それは今回も同じだった。違うのはただ一つ。割って入ってきたのが両親では無く、聖剣を携えた宗近だというところだ。
「ちっ……どうやら聖剣が覚醒したようだな」
宗近の持つ聖剣は、先程までと違い、青白い靄を纏っていた。魔王は、その状態の聖剣を見て、汗を垂らす。その危険性を身をもって知っているからこその反応だ。
「聖剣が言っている。この場でお前を倒せと!」
宗近は、魔王の剣を跳ね返す。魔王は、その勢いを使って、大きく後退した。
「千晶達は、皆を連れて避難してくれ。今のこいつは、俺じゃないと相手出来ない!」
宗近の言葉に、マインと千晶はこくりと頷く。そして、急いでガルシア達の元に向かって行った。
その間も宗近は、ずっと魔王を睨み付けていた。魔王がどんな動きを見せても対応出来なければ意味が無い。それならば、魔王から目を離してはいけないからだ。そのおかげで、魔王の初動に付いていくことが出来た。
魔王は、マインに向かって地を蹴る。魔王がマインを狙ったわけは、この中で一番頭が切れると判断したからだ。魔法のタイミングは、基本的にマインが仕切っていた。状況判断などを的確にする事が出来なければ、そんな事は出来ない。だが、魔王の狙いはそこじゃなかった。
宗近は、マインと魔王の間に入るように動く。その直後、魔王が宗近の方に進路を変えた。突然の進路変更に、宗近の反応が遅れる。
「くっ!」
辛うじて聖剣で防ぐ事が出来たが、踏ん張りを利かせる事が出来ず、押し込まれていく。
「やはり、聖剣を覚醒出来ても、使い手は成長しないようだな。そんなお粗末な動きで我を倒そうなどと片腹痛いわ!!」
漆黒の剣による連撃が宗親を襲う。宗近は必死の思いで剣を弾き続ける。
(何が俺じゃないと相手に出来ないだ! 相手の攻撃を防ぐので精一杯じゃ無いか!! クソ! さっきよりも強くなっている!)
ガルシアを起こしながら、その様子を見ていたマインは思わず呆然としてしまう。宗近は攻勢に出られない事に焦りを覚えているが、そもそもマインの目からは、二人の動きが掠れて見えていた。
「速い……」
「まずいな……」
マインに支えられながら起きたガルシアは、二人の戦いを見てそう言った。
「そう? 宗近も結構反応していると思うけど……」
「反応出来ているだけで、攻撃を止められていない。力ではあちらの方が上だ。そして、速度は同等。攻勢に出ることは出来ないだろう。かといって、俺達では宗近の援護も出来ない。これが魔王の本気か……」
ガルシアはいざとなれば援護出来ると思っていた自分を恥じていた。まさか自分と魔王とで、ここまでの差があるとは思わなかったのだ。
「全盛期なら、まだ何とかなったかもしれないが……」
アイリスの両親と一緒に冒険者として暴れ回っていた時であれば、この状態の魔王相手でも援護くらいは出来たはずだったが、今のガルシアでは、それも難しい。
「聖剣を覚醒させた宗近に頼るしか無い。宗近の言う通り、俺達はここから離れる。向かう先は、殿下の元だ」
「こちらに援護をしに来るかもしれないから?」
「ああ。急ぐぞ」
魔王から受けたダメージが残っているため、ガルシア、ライネル、ドルトルの動きは遅くなっている。避難するにしても、少し時間が掛かるだろう。ガルシア達は今出せる最大限の速さで移動を始める。
ガルシア達がようやく宗近達から離れ始めたと同時に、激しい音が鳴り響いた。ガルシア達が音の方向を見ると、宗近が近くにあった岩にめり込んでいた。大きな一撃を食らったらしい。
岩にめり込んだ宗近は、すぐに動けそうになかった。ガルシアは、このままでは宗近にトドメを刺されてしまうと判断した。
「マイン! 魔法を撃て!」
「え?」
「早くしろ!」
「わ、分かった!」
マインは、もしもの時のために予め詠唱しておいた魔法を発動させる。炎の球が魔王に向かって放たれた。それに対して、魔王は振り向きもせずに、軽く剣を一振りする。それだけで、炎の球は消え去った。
そして、鋭い目付きでマインのことを睨む。マインの背筋が凍り付く。
「やはり、貴様等は鬱陶しいな」
魔王は、標的を宗近からガルシア達に変わった。これはガルシアの思惑通りだ。この間に宗近が岩から這い出せればいい。
「お前達は先に行け! ここは俺が……」
「俺が、何だ?」
ガルシアが前に出た時には、既に魔王はすぐそこまで移動してきていた。ガルシアは、碌に狙いも付けず、大剣を振り回す。
魔王は大剣に漆黒の剣を合わせる。その瞬間、ガルシアの大剣が半ばから折れた。今回の戦いで散々酷使していたせいだろう。だが、ガルシアの目に絶望はない。残った刀身で、攻撃を続けようとする。
「邪魔だ」
魔王は、ガルシアを袈裟懸けに斬る。
「ぐっ……」
「?」
魔王は剣から伝わってくる感覚がおかしい事に気が付いた。その理由は、ガルシアの後ろにあった。マインが、腰のベルトを掴んで、後ろに引っ張っていたのだ。そのおかげで、身体を袈裟懸けに両断されないで済んだのだった。それでも大怪我である事には変わりなかった。
「やはり、貴様が一番厄介だな」
魔王の視線がマインを突き刺す。マインは顔を青ざめさせていた。
「マイン……逃げろ……」
ガルシアのか細い声がマインの耳に届く。だが、マインは、すぐに動き出す事が出来なかった。ライネルとドルトルが駆け寄ろうとする。千晶は、出が早い魔法を撃とうと詠唱をしている。
だが、これらよりも早く魔王が剣を構える。
「そう何度も同じ事は続かない。諦めろ」
魔王は、今度こそマインを仕留めるため剣を突き出す。マインの心臓に漆黒の剣が迫る。もう誰の助けも間に合わない。誰もがそう思っていた。
だが、そうはならなかった。魔王の真横から白い一撃が飛んでくる。
「!?」
魔王は大きく後退し、その攻撃をやり過ごした。そのつもりだった。
「何っ!?」
魔王の前を通過した白い攻撃は、その軌道を変えて、また魔王に向かって行く。
「『グングニル』か!?」
【槍姫】の技の一つ。【剣姫】の『グランドクロス』と並ぶ技だ。その特徴は、目標に当たるまで追い続ける事。
その事を知っている魔王は、漆黒の剣を合わせる事で攻撃を受ける。
「ぐっ……『ナイトメア・エンチャント』!」
剣で受け止めるだけで大丈夫だろうと考えていた魔王は、その威力の高さに驚きつつ、剣に黒い光を纏わせた。ぶつかり合う白と黒の光が明滅していく。
そこに細い光の筋が走る。『グングニル』を止めている魔王は、それを見逃さなかった。自身の影を操り、その光の筋を防ぐ。影の壁に細い光が突き刺さった。すると、影の壁が吹き飛んだ。
「こっちは『ミストルティン』か!?」
【弓姫】の技の一つ。『グングニル』同様『グランドクロス』と並ぶ技だ。その特徴は命中対象への大ダメージだ。今回は、影の壁に命中したため、その威力で影の壁を吹き飛ばしたのだ。
魔王は、この二つを何とかやり過ごす事が出来た。
「最上位スキル持ちが複数人いるのか……人族の中にも面白い人材がいるじゃないか」
魔王は面白そうに笑う。そこに、突然白い影が現れる。
「『グロウ・ピアース』」
即座に放たれた高速の突きが、魔王の顔面に迫る。魔王は、ギリギリのところで、漆黒の剣の腹で防ぐ。
「貴様か」
魔王の視線の先には、雪白を持ったアイリスがいた。その脚は、白い光を纏っていた。




