炎竜討伐
一時間程馬を走らせると、正面に沢山の天幕が見えた。
「負傷者を収容する場所かな?」
人を轢かないように、注意して馬を歩かせていくと、何やら騒がしい場所があることに気が付いた。それが進んでいる方向だったので、まっすぐ歩かせていくと、三人の人が揉めていた。その内一人は、私の知り合いだ。
「ミリーさん!」
私が声を掛けると、ミリーさんは驚きながら振り返った。
「アイリスさん!?」
私は、ミリーさん傍で馬から降りる。
「キティさんは、どこにいますか!?」
すぐにミリーさんに詰め寄った。もしかしたら、キティさんが怪我をして、ここに運ばれている可能性もある。その考えが頭を過ぎってしまったため、少し語気が強くなってしまった。
「こ、ここにはいません! まだ戦闘中です!」
ミリーさんは、少し焦りながらそう言った。
「戦闘中……あの赤い魔物がいる場所ですよね?」
「はい。それとは別に魔王が来襲してきているとの事です。そちらは、ライネルさんや勇者達が応戦しています」
「そうですか。分かりました。ありがとうございます。では、この子をよろしくお願いします!」
私は、ミリーさんに馬の手綱を預けて駆け出した。ここからは、馬による移動はしない。下手に馬で近づいてしまうと、巻き込んでしまう可能性が出てしまうからだ。
私は、赤い魔物が見えた方に向かう。そこにキティさんがいる。絶対に助けて一緒にリリアさんの元に帰るんだ。絶対に。
────────────────────────
アイリスが駆けていったのを、呆然と見送った愛羅と美夏萌は、すぐに我に返った。
「私も宗近の援護に行かないと!」
「だから、駄目と言っているでしょ!? 見た目こそ軽傷だけど、身体の中は、まだ危ない状態なのよ!? 治療も終わっていないのだから、大人しくしていなさい!」
アイリスが気が付いた騒がしさは、この二人によるものだった。少し休憩を取った愛羅は、宗近の手助けをするために戦場に戻ろうとしていた。それを美夏萌は引き留めていたのだ。
「それでも! このまま見殺しになんて出来ないです!」
「だからって、そのまま行っても足手まといでしょ!」
美夏萌にはっきりと足手まといと言われ、愛羅は少し怯む。そこにミリーも入っていった。
「恐らく、もう大丈夫です。アイリスさんが来たのなら、ドラゴンとの戦いは時間の問題になるかと」
ミリーが微笑みながらそう言うと、愛羅と美夏萌は少し訝しみ始めた。アイリスが来たから大丈夫などと言われても、そのアイリス本人の事を知らないので、ミリーの言っている事が本当なのか判別が付かないのだ。
「アイリスさんって、さっきの女の子ですか? そこまで言える程の強さなのですか?」
美夏萌の問いに、ミリーは自嘲気味に笑う。
「はっきりと言って、私達よりも遙かに強いです。下手をすると、ギルドマスターであるガルシアさんよりも強い可能性もあります」
『!』
ミリーの言葉に、愛羅と美夏萌は驚いて目を見開く。愛桜達は、ガルシアとの模擬戦に、一度も勝った事が無い。そのガルシアと同じくらいの強さを持っていると言われてしまえば、驚くなと言う方が無理があった。
「そんな強さを持つ人が、何で今更戦場に来てんのよ!」
「今まで戦場に来ることが出来なかったからです。私達が戦場に出ていった時には、病院で寝たきりの状態になっていましたから」
『!?』
愛羅と美夏萌は、再び驚きで目を見開く。
「何故、今になって目を覚ますことが出来たのか……それは私にも分かりません。ですが、私達にとって幸運である事には変わりありません。何度も言いますが、アイリスさんがいらっしゃれば、今の状況は好転します。ですので、愛羅さんが治療に専念しても問題はありません。治療した後に同じく治療を終えた者達と一緒に援護に向かった方が良いと思いませんか?」
「…………」
ミリーの説得に愛羅は眉を寄せていた。言っている事は分かっているのだが、それでも宗近を助けたいという気持ちが邪魔しているのだ。その愛羅の肩に美夏萌が手を置く。
「ミリーさんの言うとおりよ。さっきの子の強さは分からないけど、治療した後に皆で援護に向かう方が良いわ。宗近君なら、大丈夫よ。彼を、そして千晶さん達を信じましょう?」
「……はい」
愛羅は渋々という感じで頷いた。それに対して、美夏萌は優しく微笑む。
取りあえず、この場は丸く済んだことにミリーも安堵していた。そして、ミリーはまっすぐ炎竜がいる方を見る。
「アイリスさん、発作が出ないと良いのですが……」
アイリスが発作で危険な目に遭った事を知っているミリーは、アイリスが発作を起こさない事を祈っていた。
────────────────────────
ミリーさんと別れてから三十分程で、戦闘音がかなり大きく聞こえるようなった。若干煙も上がっているので、森が火事になっているのかもしれない。
「キティさん……」
戦闘音の激しさから、かなりの激闘が予測される。つまり、その分キティさんが危険という事だ。不安で心臓が締め付けられる感覚がする。地面を蹴る足に嫌でも力が入る。
そんな風に移動していたら、赤いドラゴンが空に飛び上がった。さらによく見てみると、脚に何かが絡みついていた。氷や岩で出来た鎖のように見える。恐らく動きを阻害するためのものだと思う。よく考えられた戦いに見えるけど、空を飛んだドラゴンに対しての攻撃力が不足している感じがする。
「取りあえず、あれを地面に落とす」
私は、星雲を取り出し構える。
「『グリッター・レイ』!」
星雲から放たれた魔力矢は、光線となってドラゴンに向かう。光線はドラゴンの前脚に命中した。全く警戒していない場所からの攻撃だったから、ドラゴンも反応しきれなかったみたい。
光線が命中した前脚は千切れることは無かったけど、しばらくは使い物になりそうになかった。
「まだ使い慣れていないから、狙いが甘いか……でも、攻撃力は十分!」
ドラゴンは、前脚をやられた痛みで若干動きが悪くなっていた。私は、再び星雲を構えて引き絞る。
「『グリッター・レイ』!」
二度目の技を放った。今度も命中するかと思ったけど、ドラゴンが大きく動いたため避けられてしまった。鎖で繋がれていても回避くらいなら出来るようだ。
「なら、手数で攻める! 『グリッター・ホールド』!」
放った光線が分裂していき、小さな光線の大群となってドラゴンに殺到した。面攻撃になったため、鎖に繋がれたドラゴンは逃げ場がない。無理矢理鎖を引き抜こうとしているが、それでは避けるのに間に合わない。
ドラゴンの身体に次々光線が命中していく。だが、『グリッター・ホールド』は、『グリッター・レイ』よりも広範囲に攻撃が出来る分、威力が弱くなっている。そのため、先程の様に大怪我を負わせる事は出来なかった。
でも、私の狙いはそこじゃない。『グリッター・ホールド』を受けたドラゴンは、動きを止めていた。これが狙いだ。私は続けて技を放つ。
「『グリッター・レイ』!」
攻撃によって怯んでいたドラゴンは、技を避ける事が出来なかった。ドラゴンの胸に命中し、そのまま墜落させることが出来た。
「落ちた。今の内に!」
私は、ドラゴンが落ちていった方面に向かって走っていく。戦っているのがアルビオ殿下なら、地面に落ちた瞬間に拘束するはず。地面にいれば、雪白で斬ることが出来る。天燐や星雲よりも雪白の方が使い慣れているので、その方が都合がいいのだ。
段々と戦場が見え始める。その中に、私の愛する人の姿を見つけた。すぐに駆け寄って抱きしめたいという気持ちを胸に押し留めて、まっすぐにドラゴンのところに向かう。
ここで戦闘を指揮していたのはアルビオ殿下だった。そして、私の予想通りドラゴンは地面に拘束されている。さすがはアルビオ殿下だ。
「そのまま拘束していてください!」
私は、アルビオ殿下に向かってそう言いながら、雪白を取り出す。
「アイリス!?」
横を通り抜けていく私を見たアルビオ殿下の驚く声が聞こえてくる。それに脚を止める事なく進む。
すると、地面に拘束されたドラゴンが、私を見て大きく口を開いた。
「炎を吐き出してくるぞ!!」
後ろからアルビオ殿下の警告が飛んでくる。それを受けた私は雪白を天燐に入れ替える。
「『ホーリー・ジャベリン』!」
白い光を纏った天燐をドラゴンに向かって投げつける。飛んでいった天燐は、ドラゴンの目に命中して、破裂させた。突然視界の一部を失ったわけだから、攻撃を止めると思ったんだけど、ドラゴンはお構いなしに口の中を赤熱させていく。
(ちょっと考えが甘かったかも……でも、炎くらいなら……)
そんな風に考えて、足を止めずに進んでいると、私の横を矢が飛んでいき、目の前に少し不格好な氷の足場が出来上がった。本当に突然の事だけど、私はあまり驚かなかった。矢が飛んできた時点で、誰がやってくれたのかすぐに分かる。思わず私の口角が上がってしまう。
「ありがとう! キティさん!」
氷の足場を使って高く跳躍する。同時にドラゴンが炎を吐きだした。私の足元を炎が通り過ぎていく。
私は、空中で身体を捻り、雪白を手に取る。雪白が白い光を纏う。
「『グローリアス・シャイン』!」
放たれた斬撃は、身動きの取れないドラゴンに向かって飛んでいく。斬撃は、ドラゴンの鱗を易々と斬り裂いていき、首と上半身の一部を完全に斬り落とした。
地面に着地した私は、まだ再生する可能性を考えて、雪白を構えておく。だけど、ドラゴンは一切動かなかった。
「ふぅ……倒せたみたい。それにしても、【剣姫】の技の威力が上がっている気がする。これが、雪白の本来の力なのかなぁ?」
今までだったら、ドラゴンの身体に傷を付けるくらいで、一撃で斬り落とすなんて事は出来なかったと思う。宝級武器になる事だけが雪白の本領ってわけじゃないみたいだ。そんな事を考えていると、背後から重みと衝撃に襲われた。
その正体は私の元まで走ってきたキティさんだった。走ってきた勢いのまま、私に飛びついたのだ。
「馬鹿。心配した」
「ごめんなさい。でも、この通り無事に起きましたよ」
私は、背中に抱きついているキティさんを一度離して、正面から抱きしめる。
「本当に心配掛けてごめんなさい」
「ん。本当に心配した。後で、我が儘聞いて貰う」
「あはは、分かりました。何でも聞いちゃいます」
「ん」
そんな風に抱き合っていると、遠慮がちにアルビオ殿下が近づいて来た。
「ああ~……大丈夫か?」
話に入っても大丈夫かという意味だと思う。
「はい。大丈夫です」
私は、キティさんを抱きしめたまま返事をする。取りあえず、この態勢のままでも会話は出来るからね。ちょっと失礼かもしれないけど、アルビオ殿下なら分かってくれると思う。
そんな私の思惑通り、アルビオ殿下は、このことに関して一切何も言わなかった。
「別の場所でガルシア達が魔王と思しき者と戦っている。俺達は、その援護に向かう。アイリスにも来て欲しいのだが、問題はないか?」
アルビオ殿下がこんなに確認を取ってくるのは、私が今まで眠ったままだったからだと思う。
「大丈夫です。体調にも問題はありませんから。私よりも殿下達の方が心配ですけど……」
ここまで戦っていたアルビオ殿下達は、多かれ少なかれ怪我をしているし、消耗もしているはずだ。そんな状態で魔王と戦うのは現実的ではない気がする。
「大丈夫……とは言い難いが、行かないわけにもいくまい。最悪勇者の盾になることだって出来るだろう。足止めさえ出来ればそれでいい。そこにアイリスがいれば、百人力だ」
「う~ん……お母さん達だったら、本当に百人力なんですけどね……」
夢の中で見たお母さん達は、魔王相手に圧倒していた。あれを私も出来るかどうかと訊かれれば、無理だと答えざるを得ない。でも、お母さんの十分の一くらいでも力になれたら良いかな。
「自分と親を比べる必要はないだろう。お前はお前に出来る事を最大限に発揮してくれれば良い。まぁ、それも難しい事ではあるがな」
アルビオ殿下はそう言って少し自嘲気味に笑うと、冒険者や兵士達の方に向かって行く。国王様の事は詳しく知らないけど、アルビオ殿下も大きな背中を見て育ったのかも。だから、親に劣等感を抱いてしまった私の気持ちが分かるんだ。
もしかして、学生自体から気に掛けてくれていたのは、そういう面を考えていたのかな。そうだとしたら、私は本当に色々な人に支えられていたんだなと実感する。
「冒険者は、宗近の援護に向かうぞ! 兵士達は、負傷者を後方に運んだ後、回復した者達を連れて援護に来い!」
『おう!』
アルビオ殿下の指示で皆が動き始める。
「キティさんは……」
「一緒に行く」
「ですよね。無理はしないでくださいね?」
「ん。アイリスこそ」
私達は、微笑み合って離れる。
「殿下! 私は先行して叩いてきます!」
「分かった! 戦場は向こうだ! 俺達もすぐに向かう! 無茶はするなよ!」
「はい! じゃあ、行ってきます」
「ん」
まだ十分に余力を残している私は、アルビオ殿下達とは一緒に行動せずに先行する事にした。その方が戦力が腐らないからだ。私の考えを分かっているので、アルビオ殿下もキティさんも特に反対はしなかった。
私は、魔王とガルシアさん達が戦っている場所に向かって駆け出す。夢の世界でのお返しをしないとね。




