地竜の意地
地竜から振り落とされた宗近達は、地面に転がって呻いていた。
「うぅ……くっ……」
「うぅ……」
「だ、大丈夫か……」
経験値の差か。クロウは、地面に落ちる時に上手く受け身と取っており、他二人のように地面に転がる事はなかった。だが、それでもその衝撃を完全に受け流せるものではなく、木を支えに立っていた。
「あ……ああ……大……丈夫だ……」
「え、ええ……」
クロウの呼び掛けで、何とか二人が立ち上がる。だが、立ち上がる事は出来ても、まださっきのように動き回る事は出来なかった。宗近の方は、技を使った消耗も多少あるのだろう。
今現在、地竜は青い炎に包まれて暴れている。つまり、宗近達のすぐ傍で暴れているということだ。
「急いで、この場を離れるぞ。ここにいたら、踏み潰されちまう」
「ああ」
三人は、地竜から離れるために走り始めたが、まだダメージが回復したわけではないので、その速度は遅い。その間も地竜は藻掻いて暴れているので、宗近達はいつ踏み潰されるか分からない状況の中で、必死に逃げる。
そこにガルシア達と別れたドルトルが合流した。
「大丈夫か!? 急いで離れるぞ!」
ドルトルは、どう見ても動きの悪い宗近と愛羅を肩に担いで走り出す。一番ダメージが少ないクロウは、宗近達に合わせていた速度を上げ、ドルトルもそれに合わせて地竜から離れていった。
「ここからの作戦は!?」
クロウはドルトルに訊く。
「多分、依然変わらず宗近君の攻撃を頼りにしたものだと思う。そうじゃないと、助けに行くように指示は出さないと思う」
「なるほどな。じゃあ、ライネルさん達は、まだ、遠距離攻撃を続けているのか」
「そのはず。魔法も攻撃に切り替えているし、宗近君の回復を待つ形だと思うよ」
「なら、こっちは、宗近が回復するまで待機だな」
二人の会話に、宗近は少し申し訳なさそうな表情をする。自分がダメージを負ったが故に、こうして耐える時間が生まれてしまった。先程の一撃でケリを付けられなかった事にも責任を感じていた。
(俺は、勇者だっていうのに……)
自分の不甲斐なさを痛感していると、ドルトルに降ろされた。十分に地竜から離れたからだ。
「ここでしばらくは静観だな」
クロウがそう言った直後、地竜が暴れた事によって巻き上げられた岩が、クロウ達の元に飛んできた。それをドルトルは大盾で受け止める。ガルシアがドルトルをクロウ達の元に派遣した理由は、これも含まれていた。ガルシアは、恐らく三人はまともに動けないだろうと考えたのだ。
「静観出来れば良いけど」
ドルトルは、再び飛んでくるであろう岩を警戒しながらそう言った。
(早く動けるようにならないと……)
宗近は、早く回復出来るように木に身体を預けて休んだ。だが、心の内では、かなり焦りを抱いていた。
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ガルシアとライネルは、マインが生成する槍を投げつつ、地竜の様子を確認していた。地竜は、あれから五分経っても青い炎で覆われていた。『インフェルノ』の継続時間は術者本人の腕前次第だ。その点で言えば、転移者である千晶なら十分間は堅いだろう。
「大分弱ってきていると思うが、まだ暴れるな……」
「ドラゴンの耐久度だ。他の魔物と同じようにはいかないだろうっ!」
ガルシアはそう言いながら、また槍を投げつける。地竜の身体は、『アイスコフィン』、炎の息吹、『インフェルノ』によって、身体のどこの部分にでも槍が刺さるくらいには、ボロボロにされている。それでも地竜は、まだ息絶えない。それどころか、まだ炎をどうにかしようと藻掻く元気があるくらいだ。
「この槍だけでは、勝てないな……仕方ない」
ガルシアは、槍ではなく人の身長程もある大剣を掴んだ。
「どうするつもりだ?」
「俺が斬り込む。上手くいけば、あいつの脚を落とせるだろう」
「なら、俺も」
「いや、ライネルは、まだここで槍を投げていてくれ。俺達二人がいなくなるのは、戦況的にまだ危ない」
「……分かった。死ぬなよ」
ガルシアは不敵に笑うと、大剣を担いで地竜に向かって駆けていった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
スキル【闘魂】。気合いを入れることで、自身の身体能力や頑丈さを底上げする事が出来る。冒険者時代から使い続けているガルシアの十八番だ。
ガルシアは、地面を思いっきり蹴ると、地竜の膝まで跳び上がった。
「おおおおおおおおらああああああああああああああああ!!!」
身体を回転させて遠心力を載せたガルシアの一撃は、地竜の膝に深い傷を与えた。だが、それでもまだ脚を斬り落とす事は出来なかった。
「ちっ……だが、これでもマシな方か……」
戦闘開始直後の状態では、浅い傷しか負わせられなかったはずなので、こうして一撃で宗近が負わせるような傷は付けられなかっただろう。
『ガアアアアアアアアアアアアア!?』
地竜は、突然の激痛に怒り心頭に発す。その眼をガルシアに合わせると、炎に包まれたままの前脚を振う。当然、怪我をしていない方の脚だ。
ガルシアは、空中で姿勢を整えつつ、大剣で迎撃する。ガルシアと地竜の攻撃がぶつかり合う。普通であれば、空中にいて踏ん張りの効かないガルシアが押し負けるはずだが、実際に弾き飛ばしたのはガルシアの方だった。
「舐めるな!!」
地面に着地したガルシアは、体勢を立て直している地竜に向かって再び跳び上がって、先程斬りつけた脚を狙う。地竜は、怪我をした脚を上げて、同じ箇所ではないところで受け止めた。次に膝で受ければ、両断されてしまうと判断したからだ。実際、受け止めた箇所は、同じように深い傷を負う。
ガルシアに集中している地竜の身体に、次々に槍が飛んできた。ライネルが絶え間なく投げ続けているのだ。槍が飛んでいく先は、ガルシアが傷を付けた箇所。傷がある場所の方がより深く刺さる。それが深傷を負っている箇所なら、尚更だ。
この調子でいけば、宗近の回復までの時間を稼ぐどころか、もしかしたら勝てるかもしれない。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ガルシアは、再び気合いの入った一撃を振おうとする。その瞬間、地竜が勢いよく両前脚を地面に叩きつける。すると、その衝撃が周囲に撒き散らされる。空中にいたガルシアは、その衝撃によって吹き飛ばされてしまう。
「くっ……」
地竜の行動は、まだ続く。地竜が咆哮をすると、周囲の土が隆起していき、鋭い杭となって、ガルシア達に襲い掛かった。それは、少し離れた所で回復を待っている宗近達や魔法の準備をしていたマイン達も含めた全員に対してだった。
ガルシアとライネルは、大剣や斧で迎撃しつつ杭を避けていく。宗近達の方は、ドルトルが襲い掛かる杭を全て盾で防いでいた。
一番危うかったのはマイン達魔法組だった。
「伏せなさい!」
杭が飛んできた時、突然の事に動けなかった千晶に飛びついて、マインが強制的に伏せさせる。さっきまで千晶の頭があった場所を杭が通過した。
「『吹き荒べ・有象無象を斬り刻む嵐よ』!」
マインは、まだ飛来してくる杭に対して、風魔法の『ストームカッター』を使用した。嵐のような突風が、中に入るもの全てを斬り刻むという魔法だ。マイン達の前に設置された『ストームカッター』は、マイン達に襲い掛かる杭を斬り刻んで防いでいた。
助かったと千晶は安堵しているが、マインは違った。
「ほら! 立って! ここも安全じゃないから!」
「え!?」
マインの言葉に驚きつつも、千晶は言う通りに立ち上がって、マインに引っ張られながら逃げていく。
「『聳え立つは土の要塞』!」
マインは逃げつつ、どんどんと防壁を創り出して、地竜が飛ばしてくる杭を防いでいく。防壁は杭を四、五本受け止めると壊れてしまうので、同じ場所に留まる事は出来ない。逃げる事に必死の千晶では、魔法まで手が回らないので、マインは襲い掛かる杭の全てを認識して、どうすれば防げるかを考えながら逃げ続けていた。
だからこそ、次の行動に対する反応が遅れてしまった。地竜がその場で息むと、再び周囲の地形が隆起する。だが、今度は杭ではなく、巨大な土の龍となっていた。地竜が生み出した土の龍は三体。それらは、宗近達、ガルシアとライネル、そしてマイン達に、それぞれ襲い掛かっていた。宗近達やガルシア達は、それぞれギリギリで対応出来ていたのだが、マイン達は、先の杭の対応に追われていたため、龍の対応に遅れてしまった。
「!!」
マインは、襲ってくる土の龍に対抗する魔法の詠唱が間に合わないと判断し、千晶を突き飛ばす。二人の間を土の龍が通って行く。その際、千晶を突き飛ばした事で伸ばされていたマインの右腕が巻き込まれる。幸い、引きちぎれる事はなかったが、ズタズタにされてしまい使い物にならなくなっていた。
「っ……」
マインは痛みに耐えつつも杖を構える。
「『爆ぜよ』!」
マインは、土の龍の一部を爆破した。身体の一部だけなので、そこまでのダメージにはならないのだが、長く伸びているためたったそれだけのダメージでも自壊する事になった。土の龍は、勢いそのままに地面に墜落し、そのまま地面の一部となった。
「マインさん!」
千晶は、顔を青くしてマインに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「私は良いから! あんたは、奴を止める事だけ考えなさい!」
マインは、右腕の激痛に耐えながら、千晶にそう言う。マインの言葉を受けた千晶は、涙を滲ませつつもマインの言う通りに行動するため、まっすぐ地竜を見る。
ライネル達や宗近達も土の龍を撃退していた。マイン達程の被害は出ておらず、全員軽傷で済んでいた。ライネル達と宗近達は、土の龍撃退の最中で近くまで移動していたので合流していた。
「宗近の状態は?」
「もう大丈夫だ。十分戦える」
宗近はそう言って立ち上がった。
「ドルトルはどうだ?」
ガルシアは、宗近達の傍で膝を突いているドルトルに訊く。宗近達に襲い掛かってくる土の杭や土の龍を防いでいたのは、ドルトルだ。そのためかなり消耗していた。
「す、すみません。少し体力を回復させないと、前衛で地竜の攻撃を防ぐのは厳しそうです……」
「そうか。なら、マイン達と合流して、二人の護衛に向かってくれ。想像以上に遠距離攻撃が強い。マイン達では、これ以上耐えきるのはキツいだろう」
「俺達は、奴に接近戦を挑む。今の奴は、かなり消耗している。さっきの攻撃は奴にとってもなるべく切りたくない札だったのかもしれん。今の奴に、俺達の攻撃を弾く事は出来ない。今が勝機だと見るべきだ。宗近。何度も言うが、お前の力が頼りだ。俺達が削る。折を見て、地竜の首を刎ねろ」
「分かった。今度は仕損じない」
宗近は、覚悟を決めた表情で頷く。
今の地竜の身体は、度重なる魔法攻撃によってボロボロになり、技でなくとも攻撃が通じるようになっている。さらに、宗近の『セイクリッド・トレント』によって、喉を貫かれており、炎の息吹を使う事が出来ない。現状、呼吸出来ているのが奇跡と言っても良かった。そして、先程の土を用いた攻撃によって、かなり消耗している。
ガルシア達は、ここが勝機と見て動き出した。




