戦争開始
暗い……暗い……暗い……そんな空間。
それは落ちていくだけ……
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先行してきたのは、赤、青、黄などの肌をした鬼だった。鬼の特徴は、その巨体からなる力強さと頑丈さにある。先兵としては、この上なく優秀な魔族だ。
『ガアアアアアアアアアアア!!』
鬼は、手に持った棍棒を地面に叩きつける。それだけで地面が陥没し、地面が捲り上がり、人の頭ほどの大きさの岩が飛んできた。
「大盾部隊!! 前へ!!」
人の身体を隠せる程の大盾を持った兵士と冒険者が前に出て、岩を受け止める。
「魔法部隊! 撃て!!」
鬼に向かって様々な魔法が飛んでいく。鬼にどんどんと命中していくが、それでも止まる事はない。だが、鬼の頑丈さでも無視出来ない痛みではあるらしく、顔を顰めている個体もいた。
「前衛部隊は、前に出ろ! 弓兵部隊は、後方の個体への攻撃! 大規模魔法を使える者は準備! それ以外は、弓兵と共に後方への攻撃!」
ライネルは矢継ぎ早に指示を繰り出す。ライネルの声は、魔法によって拡大されている。つまり、魔族側にも聞こえてしまっているが、緻密な作戦というわけでもないので気にしていない。
ライネルの指示で、戦況が動く。後ろにいる鬼に魔法が連続して命中する。そして、突っ込んできた鬼にも次々に冒険者と兵士が斬り掛かる。鬼一体に対して、三人ずつ掛かっていく。鬼の知性は、少し低いらしく、冒険者と兵士の拙い連携でも翻弄し倒す事が出来ていた。
「前哨戦は、こっちに分がありそうだな」
「ライネルさん、俺達はいつ加わるんだ?」
クロウは、早く戦いたくてうずうずとしていた。ドルトルは、すでに前線で戦っている。大盾を持った冒険者の数が足りなかったためだ。
「俺達が出るのは、前線を突破された時だ。つまり、俺達も加勢しないといけない状況になった時ということだ」
指揮を執る立場のため、ライネルは、基本的に後ろにいる。そのパーティーメンバーもドルトル以外は待機になっている。力を蓄えているのだ。
戦況は、人族有利に進んでいく。だが、人族側にも被害は出ていた。無傷での勝利など不可能なのだ。
「…………」
この状況を、ライネルは喜んでいなかった。ただただ眉を顰めて、戦場を見ている。
「何か気になる事でもあるの?」
マインがライネルに尋ねると、ライネルは少し難しい顔をする。
「ああ、俺達は魔族と戦うのは初めてだ。だから、魔族の強さを知らない。だが、本当にこの程度なのか……?」
「それって、魔族が弱すぎるって事? でも、弱いなら弱いで、こっちに不利益はないと思うけど」
「嵐の前の静けさでなければ良いんだがな」
この後も、人族有利の戦況が続く。宗近達は、不利になっている戦場を渡っていき、その場の戦況を打開していた。完全に人族有利ということもあって、冒険者や兵士達の士気は高まっていっている。
それを良いことだと、ライネルは言い切れなかった。何とも言えぬ不安が、胸の内に広がっていたのだ。
そんな戦いが三日間に渡って続いた。互いに戦力は削がれている。そして、三日間の戦闘によって、冒険者や兵士達の体力は、かなり消耗していた。兵の損耗が激しい場所には、クロウやマイン達が派遣された。さすがに、戦力を温存しておくことが出来なくなったからだ。
「そろそろ限界が近いな……」
「ですが、それは向こうも同じだと思います」
ライネルの傍に血だらけのミリーが来ていた。先程まで怪我人の治療をしていたのだ。
「ああ、そうだな。ここから見える数も大分減ってきている。この戦いはもうすぐ終わるだろうな」
「最後の正念場ですね」
この戦場での最後の戦いが始まる。それは、この三日間の戦闘よりも激しいものとなった。
「魔法が足りねぇぞ!!」
「こっちでやられた! 衛生兵!」
「うおおおおらあああああああああ!!」
「ぐああぁっ……!」
『ガアアアア!!』
『ちへ!』
『そほらおく!!』
『ガアアァァ……』
戦場は阿鼻叫喚な状況になっていた。魔族は死に物狂いで、攻め込んで来ているため、人族側もそれに応じて死に物狂いになるしかなかった。
その戦場を一人の男が駆け抜けていく。その男は、勇者である宗近だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
宗近は、近くにいた鬼を一刀両断すると、その傍にいたウェアウルフの首を刎ねる。そこに、岩で出来たゴーレムが襲い掛かる。
「はあああああああああ!!」
振り下ろされる拳を剣で砕き、その股下をくぐり抜けて、ゴーレムを操っている青白い肌のメイジの心臓に剣を突き立てる。
その瞬間を狙ったウェアウルフが噛み付こうとしてくるが、それは愛羅によって防がれ、千晶の魔法で丸焼きにされた。
「宗近! 一人で先行しないで!!」
「すまん! 助かった!」
剣を引き抜いた宗近は、再び走り出す。
「ああ、もう! 行くよ、千晶!」
「は、はい!!」
一人で駆けていく宗近を、愛羅と千晶が追う。愛羅だけなら追いつけるが、千晶が一緒にいるため、愛羅達は少し遅れて走っていた。
美夏萌は、ミリーと一緒に後方で負傷兵を治療していた。そのため戦場にいる事はなかった。
「うおおおおおおおお!!!!」
宗近の獅子奮迅の働きは、相手の戦場を大いに乱していた。それは、冒険者や兵士達の負担を減らすことに繋がっていた。
『したや!』
魔族達を倒し続ける宗近の元に、今までの魔族達とは違う威圧感を持っている鎧の魔族が迫ってきた。種族名はデュラハンと言う。
デュラハンは、剣を引き抜くと、宗近に斬り掛かった。
「ぐっ……」
剣を受け止めた宗近は、その重みに少し驚いていた。
(この威圧感に、重み……この魔族達の指揮官か!?)
宗近は、相手を強敵と判断して、改めて気を引き締めた。そして、デュラハンの剣を跳ね返し、隙だらけになった胴体を斬るべく薙ぎ払った。しかし、デュラハンはバックステップを踏むことで避けた。
「ちっ!」
宗近はそこで止まらず、デュラハンに向かって突っ込み、上段から剣を振り下ろす。デュラハンは、その攻撃を剣で受け止める。先程と立場が逆転した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
裂帛の気合いを込めたその一撃は、デュラハンの剣を少しずつ押し込んでいた。
「このまま叩き斬ってやる!!」
『たてうさ!!』
互いに力を入れていた状態で、デュラハンはいきなり力を抜いて、少し右側に身体を動かす。
「!?」
その結果、より力を入れていた宗近は体勢を崩す事になった。その腹にデュラハンの拳が振われる。互いに鎧を着ているので、腹にめり込むような事はなかったが、それでも二メートル程飛ばされる事になった。
「ぐあっ……!」
デュラハンは追撃を掛けようとするが、その足を止めることになった。突然、デュラハンの身体を炎がなめ回すように襲ってきた。デュラハンは、煩わしそうに腕を振って、炎を消していく。
そこに死角から遅れて到着した愛羅が襲い掛かり、その首を刎ねた。
「よし!」
敵を倒したと思った愛羅は、ここで少し油断してしまう。平然と動いた身体だけのデュラハンが、愛羅に向かって剣を突き出した。
「!!」
「愛羅さん!!」
愛羅の鎧に命中したその一撃は、貫通するという事はなく、その衝撃を内部に伝え、愛羅が吹き飛んでいった。吹き飛んだ愛羅に、千晶が駆け寄っていく。
「愛羅!! 貴様!!」
目の前で愛羅を倒された宗近は、怒り心頭に発し、デュラハンに向かって剣を振う。あらゆる方向から連続で振われる剣を、デュラハンは危うげに防いでいく。
この時、デュラハンは驚愕していた。宗近の剣を受け止める度に、その重さが上がっていたからだ。何撃目かの剣撃で、デュラハンの剣はその手を離れてしまった。その隙を見逃さず、宗近はトドメの一撃を繰り出す。
「『セイクリッド・スラッシュ』!!」
勇者が持つ【聖剣】のスキルの技だ。神聖さを感じさせるような青白い光の斬撃が、デュラハンの胴体を縦に真っ二つにする。デュラハンの身体は、左右に倒れると動かなくなった。
それを確認した宗近は、愛羅の元に急ぐ。
「愛羅!」
愛羅の傍には、ボロボロと涙を流している千晶がいた。宗近は、一瞬最悪の想像をしてしまうが、愛羅の身体が少し動いているのを見て、安堵したように息を吐く。
「愛羅! 大丈夫か!?」
「う、うん……ちょっと……呼吸……しづらい……」
愛羅は少し血を吐きながら答える。
「そうか。もう少し我慢しろ。千晶、愛羅を連れて戻れるか?」
「が、頑張ります……!」
「ああ。頼む。俺は、この戦闘を終わらせる」
千晶に愛羅を任せ、宗近は駆け出す。その瞳には、怒りの炎が静かに燃えていた。
その後、獅子奮迅の勢いで敵を倒していった宗近の活躍もあり、攻めてきた魔族を倒しきる事が出来た。だが、人族側も少なからず犠牲者が出てしまった。
その事にライネルは苦悩の表情をしていた。
「生き残った全員に一通りの治療をした後、スルーニアに帰還する。皆、よく戦ってくれた! だが、これはまだ始まりに過ぎない! その事は忘れないでくれ!!」
『おう!!』
魔族との最初の戦闘に勝利したということもあり、冒険者や兵士達は興奮していた。だが、宗近達の表情は、少し暗かった。
ライネルは、そんな宗近達の元に向かう。
「助かった。お前達がいなければ、我々は勝つことが出来なかっただろう。深く感謝する」
「いや、俺達はやるべき事をやっただけだ」
宗近はそう言うと、救護天幕の方に向かって行った。その後を千晶が慌てて追っていく。救護天幕には、多くの負傷者が寝かされており、今も治療が続けられていた。宗近は、寝かされている負傷者の一人に近づいていく。
「愛羅、大丈夫か?」
「宗近……平気……もう……大丈夫……」
「愛羅さんの怪我は治療済みだけど、すぐに戦闘は無理ね。内臓や骨にもダメージがあったから」
「そうか。何はともあれ、生きていて良かった……」
宗近の言葉に、愛羅は少し顔を赤くさせながら笑う。
負傷者の治療があらかた済むと、ライネル達はスルーニアに向けて移動していった。ライネルの不安は、取りあえず杞憂に終わった。




