三人の愛
アイリスが病院に運ばれてから二時間程すると、ガルシアとアルビオが見舞いにやってきた。勇者達との戦闘や仕事で時間を食ってしまったが、何とか見舞いに来ることが出来たのだ。その間に、サリーはギルドへと戻り、一度サリアが見舞いに来ていた。ずっといるわけにもいかないので、ひとしきりアイリスの様子を確認した後に帰って行った。
残っているのは、リリア、キティ、カルメアの三人である。
「アイリスの容態は?」
ガルシアは、先に来ていたカルメアに訊く。
「良くはないです。いつ目を覚ますか分かりません。ですが、今のところ悪夢に魘されるという事はありません。そこだけは、良いと言えると思います」
「そうか……」
ガルシア達の表情は優れない。ここでリリア達は、二人が来た事に気が付く。
「ガルシアさん、殿下……」
リリア達は膝を突いて挨拶をしようとしたが、アルビオが手で制した。
「災難だったな……」
「はい……」
「何か必要なものがあれば言ってくれ。こっちで用意出来るものは用意する。散々こっちの用件に付き合わせたからな。そのくらいしても、誰にもとやかく言われないだろう」
「分かりました。その時が来たら、頼りにさせて頂きます」
「ああ。では、俺は失礼する。長居するのも何だからな」
アルビオがそう言うと、リリアがスッと立ち上がり、頭を下げる。
「お見舞いに来て頂きありがとうございました。アイリスちゃんも喜んでいると思います」
「そうだと良いな。ああ、それと、こんな時にいう事では無いかもしれないが、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
アイリスの顔を見たアルビオは、病室から出て行った。そこで、リリアの中である事が疑問となっていた。
「そういえば、どうして殿下がいらっしゃるんですか? 確か、もうスルーニアを出立していたはずですよね?」
「ああ。その事についても話そうと思っていたんだ。ただ、一つだけ言っておくが……怒るなよ?」
ガルシアがそう前置きをすると、リリアとキティは小首を傾げる。これから話すのは、アルビオがスルーニアに戻ってきた理由。つまり、勇者である宗近達の事だ。宗近達がこちらに来た事で、アイリスの悪化に繋がっている可能性がある。さらに言えば、アルビオ達が捕まえた魔王教と思わしき怪しい人物のこともある。
リリア達が怒りを覚えない方がおかしい。実際、この事を話している最中、リリアとキティは、顰めっ面になっていた。
そして、全部の話を終えると、ガルシアの方が極度の緊張に襲われていた。
(アイリスの事となると、恐ろしい程の圧を出してくるな……思わず、気圧されちまった……)
ガルシアがそう考えていると、キティが口を開いた。
「その魔王教の尋問、立ち会える?」
キティの申し出に、ガルシアは難しい顔をする。
「お前が立ち会いたい理由は分かる。ただ一つ訊くが、尋問する人物が、魔王教でアイリスに呪いを掛けた張本人だとしても、何もせずに見ていられるか?」
ガルシアがそう言うと、キティは、スッと目を逸らした。ガルシアが難しい顔をした理由は、これだ。仮に、キティの立ち会いを許可して、怪しい人物が本当に犯人だとしたら、恐らくキティは犯人を殺すだろう。
ガルシアは、キティならそうするだろうと察していたのだった。
「キティ。あまり困らせちゃ駄目だよ。尋問は、慣れているアルビオ殿下達に任せよう」
リリアは、キティの事を後ろから抱きしめてそう言った。リリアも気持ち的にはキティと同じである。だが、それでも、キティより落ち着いていた。
「私達が殺してしまったら、それだけで情報が取れなくなっちゃうんだよ。仮に魔王教の人間だって言うのなら、毟れるだけ情報を毟らないと。もう二度と、アイリスちゃんに呪いなんて掛けられないように……」
「ん。分かった」
取りあえず、表に出て来ていた二人の怒りは、一旦内側に引っ込んでいった。ただ引っ込んだだけで、まだ内側で渦巻いてはいる。
「落ち着いたようだな。まぁ、そういう事だから、ギルド内に勇者がやってくるだろう。その事を理解しておいてくれ。また、勇者は別世界の住人だ。こっちに不慣れという事も覚えておいてくれ」
「分かりました」
「ん」
二人がしっかりと返事をしたことで、ガルシアは少し安心した。一応、勇者の件は受け入れられたと想ったからだ。
「後は、本当に申し訳ないんだが、リリアは、明日からも出勤を頼む。本当なら休暇を与えたいところなんだが、色々と問題があってな。人手が欲しいんだ」
「分かりました。キティ、アイリスちゃんをよろしくね」
「ん。任せて」
「それと、これはお前達の間で決めてくれて良いんだが、アイリスの傍に雪白でも置いておいてくれ。あいつらの形見だ。もしかしたら、アイリスの目覚めの助けになるかもしれないぞ。まぁ、気休め程度だがな」
「なるほど……分かりました。そうしてみます」
「ああ。じゃあ、俺も失礼する。お前達もしっかり休めるときに休んでおくんだぞ」
ガルシアはそう言って、病室を出て行った。それに続いて、カルメアも腰を上げる。
「私も行くわ。また見舞いに来るから」
「はい。本当にありがとうございました」
カルメアは、最後にニコッと微笑むと病室を出て行った。そのカルメアと入れ替わりにアンジュと寝具を持ったナース達が入ってきた。
「さすがにベッドを持ってくるわけにはいかないから、布団とかを持ってきたよ。泊まれるようにしておいたから、傍にいてあげて」
「何から何までありがとうございます」
「そんなに気にしないで。私達にもどうしようもないんだから、これくらいは融通を利かせるよ」
アンジュは、ナース達と持ってきた寝具を並べる。空き室のベッドのマット部分を持ってきたので、寝心地に関しては問題無いだろう。
「さすがに、二つ並べるのは難しいから一つだけなんだけど、大丈夫?」
「普段から添い寝をしているので、全然平気ですよ」
「ん。三人で寝る事もあるから、平気」
「そういえば、そうだったね。それに、今日結婚もしているし、最初から抵抗はないか。シャワーは、前に泊まった時にも使ったから場所は分かるでしょ? 自由に使って。じゃあ、何かあったら、すぐに呼んでね。私もアイリスちゃんの容態急変に備えて、常駐しているから」
「はい。分かりました」
アンジュは、手を振ってナース達と出ていく。
「さてと、私も一旦家に戻るよ。私達の着替えと雪白を取りにいかないとだから」
「ん。私が行く。大荷物になるから、力がある方が行った方が良い」
「そう? じゃあ、着替え三日分とタオルと化粧品と雪白をお願い」
「ん」
キティは、駆け足で病室を出て行こうとする。
「病院内では、走っちゃ駄目だよ」
出ていく直前にリリアがそう言ったので、キティは歩いて移動していった。キティを待つ間、リリアはアイリスの手を握って寝顔を見つめ続けた。もしかしたら、今この瞬間にでも起きてくれるのではないか。そんな希望を持っているのだ。
「アイリスちゃん……今、どうなっているの? 夢を見ているの? それとも、ずっと無の状態なの? ねぇ……返事をしてよ……また……いつもみたいに元気に笑ってよ……」
キティがいない事で、リリアの弱い一面が表に出て来ていた。さっきまでも不安や心配などの感情が出ていたが、それでもさっきのように落ち着いて話すことが出来ていた。
だが、今のリリアは、親とはぐれた子供の様な表情で、声も涙声になり震えていた。
「私もキティも、アイリスちゃんがいないと寂しくてしんどいよ……」
そんなリリアの言葉は、アイリスの耳に届いているのだろうか。アイリスは、一切反応を示さない。そんなアイリスを見て、また泣きそうな顔になってしまうが、リリアは、そこで首を振る。
「駄目、駄目……これ以上弱気になっちゃ駄目……! アイリスちゃんだけじゃなくて、キティにまで心配掛けちゃうから……」
リリアは、小さくそう呟いて心を入れ替える。そして、アイリスの頬に手を添える。
「愛してるよ。これから先、何があっても……」
アイリスは何も反応しない。リリアは、小さく息を吐いてから、近くの時計を見る。
「そろそろキティも戻ってくるかな」
キティの速さならそのくらいの時間で戻ってくるだろうと思っていたリリアだが、それから十分してもキティは戻ってこなかった。
「キティ、どうしたんだろう? 着替えとかだけだから、タンスから取り出してバッグに入れるだけで良いのに」
リリアがそう呟くと同時に、病室のドアが開いて、キティが入ってきた。
「ただいま」
「おかえり。時間掛かったね。大丈夫だっ……?」
リリアの言葉は、途中で途切れた。リリアの視線の先には、バッグと手提げを持ったキティの姿がある。その量は、先程リリアが頼んだ物の量よりも多かった。
「何をそんなに持ってきたの?」
キティから手提げを受け取ったリリアは、中を覗きこむ。
「アイリスちゃんの防具? それに、絵の具?」
中に入っていたのは、アイリスの私物だった。
「雪白がアイリスの両親の想いなら、アイリスの私物から、アイリスの想いも持ってこられると思ったから」
キティは、ガルシアの話を、物に込められた想いがアイリスに作用するかもしれないと受け取っていた。それなら、アイリス自身の想いも合わされば、より効果的なのではと考え、アイリスの私物を大量に持ってきたのだ。
「なるほどね。でも、こんなに沢山持ってこなくても良かったんじゃないかな……」
キティは、バッグや手提げからアイリスの私物を取り出して、病室に配置していた。もうほとんどアイリスの部屋と変わりなくなっていく。
「雪白は、どこに置く?」
最後に雪白を持ったキティは、リリアに相談する。
「う~ん、ベッドに載せて良いんじゃない? 傍にあった方が効果出そうだし」
「ん。じゃあ、他のも……」
「他のは、そのままでいいよ!」
雪白だけでなく、適当に配置した私物までベッドに載せようとするのを、慌ててリリアが止めた。その姿を見て、キティは安心したように笑う。
「ん。少し戻った」
「え?」
突然戻ったなどと言われたので、リリアは首を傾げた。
「リリア、ずっと辛そうだった。でも、それを押し殺している気がした。それが、ちょっとだけ戻った」
「!?」
リリアは、自分の心内がキティにバレバレだった事に驚いた。
隠していた事がバレていたにも関わらず、驚いた後、リリアの口元に笑みが浮かんでいた。
「そうだね。ちょっと辛かった。結婚した直後にこんなことになっちゃったんだから……でも、普段のマイペースなキティを見ていたら、ちょっと吹き飛んだかも」
「ん。それは良かった。辛いのは私も同じ。でも、そのままだとアイリスが心配しちゃう。だから、乗り越えよう。私達三人で」
キティは、リリアの手とアイリスの手を取ってそう言った。
(キティも頑張って乗り越えようとしていたんだ……そうだよね。辛いのは私だけじゃない……)
リリアは、キティを片手で抱きしめつつアイリスとキティの手に自分の手を重ねる。
「うん。皆で乗り越えよう」
こうして夜が更けていく。結局、二人の愛でアイリスが目を覚ますことはなかった。その事にショックを受けはしたが、アイリスの容態が悪化しなかったので、安堵の方が大きかった。




