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最強のギルド職員は平和に暮らしたい  作者: 月輪林檎
最終章 最強のギルド職員は平和に暮らしたい

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勇者の実力

 ガルシア達がギルドマスターの部屋に向かった後、この世界に召喚された勇者である立花宗近(たちばなむねちか)は、少し戸惑っていた。


「こういうのって、勇者をほっぽっとくものなのか?」

「さぁ? 宗近が読んでいるような小説のようにはいかないって事じゃない?」


 宗近のぼやきに、宗近と同じ年齢の茶髪の女性がそう答えた。この女性は、宗近の幼馴染みで、西園寺愛羅(さいおんじあいら)と言う。勇者の従者として、共に召喚されたのだ。装備は、戦士のようなもので軽鎧と剣、盾となっている。


「そうね。何だか、取り込み中だったみたいだし、余裕がないのかもしれないわ」


 そう言ったのは、黒い長髪を揺らしている宗近の先輩の綾瀬美夏萌(あやせみなも)だ。美夏萌の装備は、僧侶のような服と杖だった。


「と、取りあえず、ここの職員さんに付いていきましょう。ここの案内をしてくれるみたいですし」


 少し緊張気味そう言ったのは、黒い短髪の女性で、宗近の後輩である桃園千晶(ももぞのちあき)だ。千晶は、魔法使いのようなとんがり帽子とローブを着ている。


「そうだな。案内を頼めるか?」

「かしこまりました」


 ガルシアから案内を頼まれた職員は、宗近達を連れて、ギルド内を歩いていく。そして、ギルドの主要な場所を教えて行った。


「なるほど。王都のギルドとほとんど変わらないみたいだな」

「これなら、いつも通りにやっていけそう」


 宗近達が少しホッとしていると、そこにガルシアとアルビオがやって来た。


「宗近」


 アルビオが声を掛けると、宗近だけでなく愛羅達も振り返った。


「アルビオ殿下。どうかしたのか?」


 宗近の言葉遣いに、ガルシアや職員達の眉が動く。この国の第二王子相手にため口というのは、ガルシア達からしたら不敬だという印象しか抱けない。つまり、現状、宗近達への印象は悪いものだということだ。


(こいつ、王城でもこんな言葉遣いだったのか? いや、アルビオ殿下が許した可能性もある。一概に、こいつが不敬と決めつけるのは良くないか)


 ガルシアだけはそう考えて、普通に接する事にした。


「お前達の実力を試す。地下まで来てくれ」

「あ、ああ……」


 突然実力を試すと言われたので、少し戸惑いつつも宗近達は、ガルシア達に付いていった。地下には、アイリスも使用した事のある練習場がある。そこの中央に、ガルシアとアルビオが立つ。アルビオは木剣を持っているが、ガルシアは素手だ。


「俺達二人を相手に、どのくらい戦えるかを試す。遠慮は要らない。全力で掛かってこい」

「だ、だが、一人は丸腰で、俺達は真剣や魔法だって使う事になるんだぞ!?」


 いきなりのことに、宗近達は少し焦っていた。自分達が攻撃したら、ガルシア達を殺してしまうかもしれないと不安にもなっていた。


「せ、せめて、俺達にも木剣を……」

「そんな必要はないだろ。さっさと掛かってこい。さもないと、こちらからいくぞ」


 アルビオはそう言うと、宗近に向かって行った。振り下ろされる木剣に対して、宗近はようやく剣を抜いて、迎撃しようとする。

 それよりも速く振られた木剣が、宗近の手首に命中する。その結果、宗近は剣を落としてしまった。


「くそっ!」


 宗近は、すぐに剣を拾おうとする。それをアルビオは許さなかった。位置が下がった宗近の頭に蹴りを入れる。


「ぐっ……」


 アルビオの蹴りによって、宗近は剣から離され、吹き飛んでいく。


「くそ……卑怯な……」


 宗近は顔を押さえながら、アルビオを睨む。そこに美夏萌と千晶が駆け寄る。愛羅は、宗近を守るように、剣を抜いて前に立っていた。


「卑怯だと? お前は、魔王や魔物相手にも卑怯だ何だと言うのか? 甘ったれるな。戦場に立つことを決めたのなら、例え卑怯でも生き残る事だけを考えていろ」


 アルビオが睨みながらそう言うと、宗近達は、少し気圧されていた。


「武器を失ったらどうする。ただ見ているだけか?」

「くそっ……」

「宗近。私達がサポートする。剣を取りに行って」


 愛羅の言葉に、宗近は頷く。それを見た愛羅は、アルビオに向かって駆け出す。だが、アルビオのところまではいけなかった。間にガルシアが割り込んだからだ。

 ガルシアは、素手で真剣をいなすと、愛羅を宗近に向かって投げ飛ばした。


「きゃあっ!?」

「危ないっ!」


 宗近は、飛んできた愛羅を受け止める。そこに向かって行こうとするアルビオに向かって、炎の波が飛んでくる。アルビオの動きを見て、千晶が魔法を放ったのだ。

 牽制のつもりだったのだろうが、アルビオは全く気にせずに突っ込み、木剣の一振りで炎の波を斬り払った。


「えっ!?」


 予想外の展開に、固まってしまった千晶に、アルビオの木剣が振われる。木剣が千晶に命中しそうになると、宗近が千晶に飛びついて、どうにか避けさせた。


「宗近!」


 宗近に向かって、愛羅が自分の剣を投げて渡す。丸腰では、絶対に歯が立たないからだ。剣を受けとった宗近は、アルビオに向かって剣を振う。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」


 アルビオは、気合いの入った宗近の一撃をいとも簡単に受け流した。体勢を崩した宗近の脇腹に、ガルシアの拳がめり込む。


「うごっ……」


 宗近は、空中を錐揉みしながら飛んでいく。そして、地面に衝突すると、そのまま気絶した。


「宗近!」

「宗近君!」

「先輩!」


 三人が宗近の元に駆け寄る。その間に、ガルシアとアルビオも並んで宗近達を見ていた。


「見込みはあるか?」

「どうでしょう。反応だけで言えば見込みがあると言えなくはありません」


 ガルシアは、アルビオ達が戦っている時に三人がどう反応するのかを見ていた。アルビオの攻撃を避ける事は出来ていなかったが、しっかりと反応する事だけは出来ていた。


「足りないのは実戦経験かと」

「そうだな。父上がここに寄越したわけが分かった。王都やその周辺のダンジョンでは、十分な実戦経験を積めなかったんだろう。丁度いいダンジョンを教えてやってくれ。うちの兵士に同行して貰いながら、経験を積ませる」

「そうしましょう」


 話し合いを終えたアルビオが宗近達に近づくと、ちょうど宗近が目を覚ましたところだった。


「うぅ……」

「勇者としては、実力不足だ。だが、ダンジョンで経験を積めば強くなれるだろう。それと、戦場では甘さを捨てろ。命取りになるぞ」


 アルビオの言葉を、宗近達は重く受け止めた。木剣と素手の相手に真剣と魔法を持ってしても手も脚も出なかったのだ。これが、アルビオ達相手じゃなければ、自分達は死んでいたかもしれない。そう考えると、言い返すことも出来なかった。


「それが分かったら、今日はもう休みだ。俺と同じ領主の屋敷で寝泊まりして貰う。付いてこい」

「お、おう……」


 宗近達は立ち上がって、アルビオに付いていく。アルビオは、地下室を出て行く寸前、ガルシアの傍に寄る。


「後で、病院に向かう。お前も行くだろ?」

「ええ。諸々の仕事を終えてから向かいます。私達が来る頃には、起きていると良いのですが」

「そうだな」


 アルビオはそう言って、宗近達を連れて出ていった。ガルシアも勇者が来た事で処理しておかなければいけなくなった仕事を片付けに向かった。


────────────────────────


 病院に運び込まれたアイリスは、すぐに用意された病室に寝かされた。サリーは、アイリスに出来る限りの治療を試みる。その間に、アンジュは、アイリスの入院に必要な手続きをしてきた。


「どう?」

「基本的に通用しません。呪いが原因で間違いないです」

「でしょうね。悪夢を見ている様子はある?」

「いえ、今は心配になるくらい静かに寝ています」


 サリーがこう言った通り、アイリスは魘されている様子もなく、静かに眠っている。寧ろ静かすぎるくらいだ。


「少し怖いかな……取りあえず、服を着替えさせないと……」


 そうアンジュが言った直後、アンジュの元にカルメアがやってくる。


「アイリスの着替えを持ってきたわ。すぐに着替えさせる」

「お願いします」


 カルメアは、素早くドレスを脱がし、普段着に着替えさせていった。


「入院期間はどのくらいになる予定かしら?」

「未定です。症状が改善するとも限りません。下手すると、このまま寝たきりの可能性もあります」

「嘘でしょ……呪いを解かない限り、目を覚まさないって事?」

「可能性の話です。呪いに関して、私達は無力です。教会の力を借りるしかありません。そして、それが絶望的なのは、皆さんもご存知の通りです」


 それを聞いたカルメアは、サリーの方を向く。サリーが教会出身という事を知っているからだ。


「その通りです。特にアイリスさん程の呪いとあれば、毟り取れるだけ毟り取るでしょう」

「…………」


 カルメアの顔が苦々しげに歪む。


「まずは、目を覚ましてくれることを祈るしかないわね……」


 カルメアは、息を吐くように呟く。そこにリリアとキティが飛び込んできた。


「アイリスちゃんは!?」

「寝たままよ。でも、魘されている様子はないわ」


 カルメアは、リリア達に簡単に説明した。説明を受けたリリアとキティは、アイリスが眠るベッドに駆け寄る。アイリスが苦しんでいないを見て、少しだけ安堵したが、それでも暗い表情は変わらない。


「あの、私達がいたら起きるということはあるんでしょうか?」


 リリアは、アンジュの方を向いてそう言った。リリアの希望が籠もった視線を受けたアンジュは、一瞬だけ視線を逸らしてから、改めてリリアの事を見る。


「分からない。そもそも二人がいる場所で倒れているから、これまで通り、二人の愛で治るとは思わない方が良いのかもしれない」


 アンジュは、自分の所見を一切包み隠さずに伝えた。ここで嘘をつく事は違うと判断したためだ。


「…………」


 リリアとキティの顔が曇る。


「ただ、他の何かがあれば、少し変わってくるかもしれないかな」

「他の何か……?」


 リリアは、顔を上げながらそう聞き返す。


「呪いに打ち勝てるような何か。つまり、愛もしくはそれ相当の何かって事だね」


 アンジュにそう説明されたが、二人どころかカルメアとサリーも何も思いつかなかった。リリアやキティのような愛を持っている人は、他にいない。幼馴染みとしての親愛を持っているサリアが、ギリギリ該当するかもしれないくらいだ。


「一応、二人の寝泊まりは認めるよ。そのために個室を用意したんだからね。出来るだけ傍にいてあげて。目覚めるきっかけになるかは、本当に未知数だけど、少なくとも悪夢は牽制出来ると思うから」


 アンジュがそう言うと、リリアとキティはこくりと頷いた。その二人をカルメアは優しく抱きしめる。

 アイリス達を襲った悲劇。だが、この悲劇は、まだ始まりに過ぎなかった。

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