【Part5】
人は見かけによりません!
腹黒注意です!
ジリリリリリリリ
憂鬱だ。
もう本当に最悪だ。
部屋に鳴り響いた目覚ましの音で、クマのついた目を開ける。
いつもなら爽やかな朝が、今日は憂鬱でしかない。
昨日、長瀬に言われた言葉が頭の中で壊れたラジオのように繰り返し流れている。
「あぁ…起きなきゃ。」
重たい頭を持ち上げながら布団から出て、鈍った動きで学校へ行く身支度を始める。
顔を洗って、髪を整えて、制服に着替えて、鞄に荷物を…とその時、ふと考え込む。
昨日は完全に固まった私を見て、爆笑しながら帰って行ったけど…
あれは結局本気だったのだろうか?
確かめようにも、もし忘れていたら思い出させることになって、墓穴を掘ることになる。
だが、黙っていたら何をされるか分からない。
…って、私は一体どうすればいいの!?
イライラしながら持っていた教科書を鞄に突っ込む。
アイツの言いなりなんて死んでも嫌だ。
私は…私はただ…
「姉ちゃん、おはよう。」
「!あっ!おはよう!今ご飯作るね!」
「…何かあった?」
「ううん?何でもないよ!」
たった一人の兄弟、弟の『白井 達也』に声をかけられ、はっと我にかえる。
弟といっても、一歳しかかわらない高校一年生だ。
もっと小さいならまだしも、こんなに大きければ下手に誤魔化してもバレるだろう。
ここは逃げるが勝ちだ。
達也に心配かける訳にはいかない。
だって…達也が頼れるのは私だけなんだから。
私は急いでキッチンに向かった。
・・・学校・・・
あぁぁぁぁぁぁ!!!
来てしまった。
いや、来なきゃいけないんだけどさ。
家でバタバタしてるうちに、完全に頭からアイツの存在抜けてたわ。
くそう!
登校中に打開策を考える予定だったのに…!
今、何とか考えないと…!
とにかく思いつくまでアイツにだけは会わないようにし
「おはよう、白井さん!」
「なっ!?」
ふと人の気配を感じたかと思うと長瀬が後ろから抱きついてきた。
「は!?長瀬くんが冷血漢に!?」
「…許せないわ。」
途端に女子からの鋭い視線が私を突き刺す。
意味分かんない…!
「離してよ!」
「!」
思わず長瀬を突き飛ばしてしまった。
長瀬にとっても予想外だったようで、そのまま倒れ、尻もちをついていた。
すぐさま女子達が「大丈夫?」と駆け寄って行くが、長瀬は下を向いたまま、全く動かない。
多少の罪悪感を感じつつも、その場を立ち去ろうとすると、
ガシッ
長瀬に腕を捕まれて、思いっきり引っ張られる。
コイツ…力強い…!
肩に顎がのったかと思うと、長瀬が低い声で囁いてくる。
「おい。そんなことしていいって思ってるわけ?」
「っ…腕痛いんだけど。離してくれる?」
ここで引き下がったら、コイツの思うつぼだ。
バカにされてたまるもんか!
私にだってプライドはある。
長瀬も驚いて一瞬黙り、やがて小さく笑いだした。
「はっ!…強く出たな?」
「…。」
「バカにされないように頑張ったのは誉めてやるが…俺に対しての態度は関心しないなぁ?」
「!」
「自分の立場を考え直した方がいいんじゃねぇの?ま、俺はいつバラしてもいいけどな。」
「!?お願い、止め」
「だったら俺に逆らうな。…俺から逃げられると思うなよ?」
そこまで言って、ようやく解放された。
掴まれていた手首は赤く染まって、ジンジンと痛んだ。
キッっと睨むと、バカにしたように鼻で笑われ、さらに怒りが募る。
「長瀬くん…白井さんと仲いいの?」
「はぁ!?そんなわけ」
「そうなんだよ!昨日、色々あって仲良くなったんだ。」
「えぇー!?」
「待っ」
「席も隣だし、いつでも一緒にいたいくらいだよ~。」
私は確信した。
あ、これ死んだわ、と。
恐る恐る女子一同を見回すと、皆「そうなんだ~」と笑っている。
が、目が全く笑っていない。
様子を見に来た先生さえも、女子集団の圧力を前にして、何も言えずに帰って行った。
(先生!?)
ふと長瀬と目が合うと長瀬が口パクで何か伝えてくる。
えっと、何々?
ざ、ま、あ、み、ろ、ば、か。
ざまあみろバカ?
…ムカつく…
けど、言い返せない自分がもっとムカつく。
達也のためにも強くならなきゃ。
って、ん?まだ続きがあるの?
か、ば、ん、も、て。
鞄持て。
え、嫌だよ。
口パクで返そう。
い、や、だ。
ふ、ざ、け、ん、な。
ふ、ざ、け、て、な、い。
か、め、ら。
カメラって…脅し!?
か、め、ら。
「…鞄持とうか?」
「え?いいの?ありがとうね。」
よくないよ。
長瀬から鞄を受けとりながら、心の中で舌を出す。
絶対こんなやつの言いなりには…
って、もうなってるし!
・・・
キーンコーンカーンコーン
「ん~~~~!」
やっと2時間目が終わったぁ~!
休み時間という貴重な時間がやってきて、私は幸せに包まれていた。
思いっきり伸びをして息をつく。
「あれ?俺の下僕はお疲れですか?」
「…。」
いや、コイツがいる限り幸せにはなれないな。
何か呼び方が『言いなり』から『下僕』に変わってるし…
酷くなってるし…
とりあえず無視して次の時間の準備をする。
お昼ご飯の前っていうのは嫌な時間という人もいるかもしれない。
私だって嫌だもん。
で!も!
次は私の大好きな現代文だから嫌じゃない!
むしろ嬉しい!
現代文の授業だけが幸せな授業なんだよね~!
私はルンルンで準備をする。
課題、ノート、プリント、教科書…あれ?
私の鞄に現代文の教科書は無く、代わりに時間割にも無い化学の教科書が入っていた。
な…何で?
朝ちゃんと入れたはず…!
あ。
そういえば朝はイライラしてて、間違って取り出した化学の教科書をそのまま鞄に入れちゃったんだ…!
うぅ…長瀬め!
八つ当たりだけど、長瀬を恨んでやる…
うー、ていうかどうしよ…現代文の先生怖いんだよね…
「…何。」
「え?」
「何変な顔してんの?怖いんだけど。」
「別に何も」
「あ~…教科書忘れたのか。」
私の言葉を遮って、勝手に鞄を覗きこんできた。
しかも疑問文じゃなくて肯定文で話かけてくるから、イラッっとする。
「…そうです。」
「知ってる?今日、現代文の金木先生、機嫌悪いんだって。」
「えぇ!?」
「そんな日に忘れるなんてバカだな?」
「う…うるさい!」
「仕方ないから貸してやるよ。」
「あ~はいはい。ありが…え!?」
長瀬の口から次いで出たのは思いもしない言葉だった。
あの長瀬が人に物を貸す…?
…何を企んでるの?
「いいよ。いらない。」
「は?その顔やめろ。何疑ってんだよ。いいから受けとれ命令だ。」
「いや、ちょっ」
「授業始めるぞ。」
「先生。教科書忘れました。」
「何ぃ!?お前授業受ける気あんのか!?」
「すいません。」
「待って下さい!」
「!?」
昨日の名残か、大勢の人の前だというのに、自然と大声を出していた。
いつも喋らない私に皆も、先生さえも驚いていた。
「ど…どうした?白井。」
「あの、本当に忘れたのは」
「本当にすいませんでした!」
「!?」
長瀬は私の言葉を遮って、深く頭を下げた。
「…そこまで反省してるならいいだろう。長瀬が忘れるなんて珍しいしな。早く座れ。白井もな。」
「あの」
「はい。」
長瀬は私を引っ張り、強引に座らせた。
そして私のノートに『言ったら許さねぇからな。』と書いて、そっぽを向いてしまった。
…どうしてそこまでしてくれるの?
・・・
キーンコーンカーンコーン
「じゃあ次回までにプリントを仕上げてくるように!これで授業を終わる!」
「「「ありがとうございました」」」
「ね、ねぇ」
授業が終わってすぐに長瀬に声をかける。
ムカつく奴だけど、助けてくれたんだし…
「は?何?」
「あの…本当にありがとう。」
「…何の話?無駄口たたく暇あったら俺の昼飯買ってこいよ。」
そう言ってまたそっぽを向いてしまった。
ムッとしながら抗議しようとすると、ほんのり赤くなった長瀬の耳が視界に入った。
まっ、まさか照れてる…の…?
あの長瀬にそんな感情が!?
…案外可愛いところもあるじゃん。
「おい。俺は焼きそばパンとお茶な。ちゃんと焼きそば多めのやつ買ってこいよ。お茶はペットボトルな。間違えたらバラす。さっさと行けよトロい。」
「…。」
前言撤回。
やっぱり可愛気どころか人間味もないわ。
というか、パシられてる自分も情けない…
・・・
「お…お…お待たせ…」
「遅すぎ。餓死寸前だわ。」
「…。」
餓死寸前にしてはお元気ですこと。
それより何故、私の机と長瀬の机がくっついているのでしょうか。
「何やってんだよ、早く座れよトロ子。まさか、座らないなんてことは」
「…。」
「素直でよろしい。ん?お前は弁当か?」
「…うん。」
「これさ…お前の手作り?」
「うん。」
「ふーん。いつもそうなのか?」
「うん。」
「俺が食べてもいいよな?」
「うん。…ん!?いや、ダ」
『メ』を言う前に私の玉子焼きは長瀬の口に入っていた。
途端に長瀬は目を見開いて、卵焼きを焼きを飲み込み、こっちを見た。
「なんだよこれ」
「う…」
「もの凄く美味しいじゃないか!」
そう言って笑った長瀬はとても子供っぽかった。
「え…」
ダメ出しを喰らうとばかり思っていた私は呆気にとられる。
これは現実かと頬をつねってみたりもした。
だが、長瀬はご機嫌に私の弁当箱の卵焼きを次々に食べていた。
「ってああ!?私の卵焼きが…」
「はいはい。」
「はいはい!?」
「よし決めた。これから毎日俺の分も作れよ。」
「決めたって…それ決めるのって私じゃ」
「は?」
「…。」
そんなに睨まなくったっていいじゃない…。
とりあえず長瀬を睨み返して「気が向いたらね」と返した。
相変わらず自分勝手で最低だけど、人間ぽいところもあるんだなって思った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
誤字脱字、文法的間違い、不快な表現等ございましたら、指摘して頂けると幸いです。