【Part3】
あれ…ちょっと波乱の予感…?
始業式には満開だった桜が、もうすでに青葉を見せだした。
ほとんどの生徒はもう、自分のクラスに馴染めているだろう。
そう…私以外は。
「長瀬くぅん!おはよぉ!」
「おはよ…あれ?髪切った?」
「うん!長瀬君が好きかなぁって…」
「うん。似合ってるよ。可愛い。」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「…。」
長瀬を囲む輪から遠く離れた席に座っているのが、私、白井 雪菜。
今でも冷血漢というあだ名は消えていない。
でも、そんなことがどうでもよくなるような事が起こった。
つい先ほど、不覚にもこのキラキラ王子に助けられてしまったのだ。
ありがたいよ?
ありがたいんだけど・・・屈辱的。
何か…悔しい。
耳元で『可愛い』だなんて…。
まだ少し耳が熱い。
だって、あんなの慣れてないんだもん!
いや違う。
長瀬が慣れ過ぎてるの!
大体、髪を褒めるのに触る必要ある?
ないよね?
というか、女子との距離近すぎ。
特に顔!
あ、別に嫉妬してる訳じゃないからね!
「長瀬君!一緒に帰ろう?」
「あ、桃花ちゃん。うん。」
あ…やっぱり付き合ってたんだ。
美男美女でお似合いだなぁ。
…やっぱり、恋人がいるって羨ましい。
…。
じっと見てると、『あの頃』を思い出しちゃうから、やめとこう。
そう思い、私は二人から目を逸らした。
…私は本当にバカだった。
この時の私は自分の事ばかりで、中川さんの目に隠れた寂しそうな影を見つけてあげられなかったんだ…。
・・・翌日・・・
キーンコーンカーンコーン
「昼だーーーーーー!!!!!」
「男子うるさい。」
「長瀬くーん!お昼ご飯食べよ~!」
「あぁ、雛ちゃん。うん。」
…え?
平井さんとご飯食べるの?
昨日は彼女の中川さんと食べてたのに?
皆の和気あいあいとした声に混じった平井さんの言葉に、人知れず衝撃を受けた。
中川さんを振り返ると、寂しそうな顔で食堂に向かうところだった。
ちょ…長瀬は何をしているのよ!
思わず席を立つと、隣で話していた女子達の不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「へー…。今度の彼女は雛ちゃんか。」
「もう一回…っていうのは駄目かな?」
「駄目でしょー。いけるんだったら私もやりたいし。」
彼女?
その言葉で自然と動きが止まる。
だって昨日は中川さんが彼女って…
どう考えてもおかしいのに、皆は普段通り。
…きっと、昨日は疲れてて、幻聴が聞こえてたんだ。
うん。きっとそうだ。
そう自分に言い聞かせて、座り直す。
本当は分かってる。
昨日のは、決して幻聴なんかではないと。
だけど、長瀬を見てみても、特に気にする様子はなかった。
一体、何が起きているというのだろう。
「あっ!」
突然、平井さんが短く声をあげた。
そして、無駄に高身長の長瀬を見上げて遠慮がちに口を開く。
「あの…長瀬くん。やっぱり…無理なのかな…?」
「うん。ごめんね。」
「そっか…そうだよね!さっ!食べよ~!」
…え?
いやいやいや。
「さっ!食べよ~!」じゃ、ないでしょ。
どういうこと?
無理って?何が?
平井さんは笑っているけれど、その笑顔には寂しそうな影がちらついていた。
まさか…もしかして中川さんの時も?
もし仮に、そうだとすれば二人の身にはきっと同じことが起こっているということになる。
だけど、中川さんが長瀬といる時に寂しそうな顔をしていたのは見ていないし、絶対とは言いきれない。
…何で、もっとちゃんと見ていなかったのだろう。
後悔は募るばかりだ。
・・・さらに翌日・・・
「長瀬くぅん!バイバイ!」
「うん。バイバイ。」
「きゃぁ!」
「…。」
「?どうかしたの?」
「…ううん。勘違いだったみたい。」
「…勘違い?」
「じゃあね。」
「う…うん。」
…。
…ふぅ。
危ない危ない。
一瞬バレたかと思ったよ。
実は私、朝からずっと長瀬を尾行しているのだ。
ストーカーではない。断じて。
もう後悔はしたくないからね。
だけど、今日一日は特に何も起きなかった。
やっぱり私の考え過ぎだったのだろう…か…あれ?
何で長瀬は正門と真逆の方向へ向かってるの?
これは…絶対、何かある!
そう確信した私は少し早足になった長瀬の後を必死に追いかける。
そうして辿り着いたのは…体育館。
てっきり中に入るのかと思えば、裏側へまわって行った。
角で立ち止まりながら慎重に追うと、途中で足音が止まった。
…ん?
誰かと話してる?
「来てくれてありがとう。」
「全然、大丈夫だよ。で、話って何?」
話?
話って何だろう。
というか、待っていた人の声…どこかで聞いたような…
つい、好奇心に逆らえず覗いてしまう。
バレないように、ゆっくりと…
…え?
「あのね…伝えたいことがあるの。」
は、林さん!?
『林 なな』といえば、他学校のハイスペックイケメンと付き合っていることで有名だ。
なんでも、女に困っていないイケメン君を一目惚れさせたというから恐ろしい。
そんな林さんが…長瀬を呼び出し?
それも…こんな人気のない体育館裏に…
ふいに林さんと目が合いそうになり、慌てて引っ込む。
…まさか、告白なんてしないよね?
だってそんなこと、ありえな
「私、長瀬くんのことが好きです!」
「いぃ!?」
!しまった!
慌てて口を塞ぐ。
驚き過ぎて、思考が口に出てしまった。
見つかった時の言い訳を考えながら、恐る恐る覗いてみる。
…どうやら気づかれてはいないようだ。
私と同時に長瀬が「え?」と言ったので助かったらしい。
今だけは長瀬に感謝だ。
静かに続きを待つ。
「でも…ななちゃん、彼氏いるよね?」
な、なななななななな、ななちゃん!?
前まで、林さんって言ってたじゃん!
え!?えぇ!?
違う違う。
そうだけど、そうじゃなくて。
彼氏!
イケメン彼氏いるよね?ね?
「別れたの!…長瀬くんが好きだから。」
「…。」
わ、別れたぁ!?
え、長瀬なんかのためにぃ!?(←失礼)
こんなヤツのためにぃ!?(←失礼)
「…気持ちは嬉しいけど、ななちゃんのことをそういう風にみれない。ごめんね。」
「…そっか。」
「ななちゃんを意識したこともなかったし…とても付き合えないよ。」
「っ!!!…ごめんね。」
…は?
後半、何で言ったの?
何で、前半で止めなかったの?
そんな事を言ったら林さんが傷つくことぐらい、分かるよね?
長瀬は…一体何を考えているの?
「…ねぇ、ななちゃん。」
「…え?」
林さんは、涙声になっていた。
そして私は、長瀬が続けた言葉に一瞬息が止まる。
「もし良かったら、明日1日だけ付き合わない?気が変わるかもしれないし。どうかな?」
「長瀬くん…やっぱり優しいね!」
いやいやいや、優しくない。
だって、要するに『一日付き合って、飽きたらポイ』ということなんでしょ?
何も優しくないよ。
林さんで遊んでいるだけ。
…あぁ、そうか。
傷ついた後だから、優しく感じるんだ。
林さんは長瀬に抱きつき、泣いている。
…でもね、林さん。
私の読みは正しいみたいだよ。
林さんの抱きついている長瀬は…
真っ黒な笑顔を浮かべているのだから…
・・・
「ななちゃん、おはよう。」
「おはよう!」
「…。」
周りの人が見たら、普通に仲のいいカップル。
そう、昨日、決定的瞬間を見てしまった私以外は。
でも、そんな私でさえ、この現実を信じることができていない。
いくら長瀬だからといって、あんなことをするとは。
元々、期待はしていなかったが見損なった。
大体、あんなことをして何が楽しいのだろう。
何を得られるというのだろう。
心の無い愛なんて、虚しいだけだ。
なのに何故…
「白井さん!おはよう!」
「!?」
噂をすればなんとやら。
そう思い顔を上げると、長瀬の顔が目の前に迫っていた。
全力で後ずさって、長瀬から距離をとる。
あんなシーンを見せられて、普通にしてろという方に無理がある。
「あはは。白井さんは可愛いね~」
「…。」
長瀬!そんなことを言うな!
林さんが鬼の形相でこっちを見てる!
やめろぉ!
女子軍団の圧に耐えかねた私は、とりあえず長瀬を睨み付けてから教室を飛び出し、トイレへ走った。
後ろからヒソヒソと私の悪口が聞こえたが、それどころではない。
個室に入り、鍵をかけると顔が一気に赤くなる。
教室にいた時は、心を無にして何とか耐えたけど…危なかった。
長瀬にだけはバレる訳にはいかない!
あんなやつに弱みを握られてたまるか!
大体、一応彼女がいるんだからあんなことするなよ!
いや、それ以前に女子で遊ぶな!
私は叫びまくった。
…心の中で。
こういうときに虚しくなるなぁ。
一度、深呼吸をして便器に腰かける。
怒りに支配されず、冷静にならなくちゃ。
…にしても、よくあんなに女子を落とせるよね。
この短期間で三人も。
まぁ、別に関心はしてないけどね。
もしかして、ターゲットとかいるのかな?
順番に落としていってるとか?
…考え過ぎかな。
だって今ところの被害者は、中川 桃花、平井 雛、林 なな…この三人に共通点なんて…
…あれ?
この3人の名前…どこかで同時に見たような?
「…まさか!」
私は信実を確かめるべく、急いで教室に戻った。
・・・
「あっ!白井さん!どこいって…」
「どいて。」
扉の前で邪魔をしてきた長瀬を押し退け、自分の席へ急ぐ。
「…。」
「何あれ…感じ悪っ!」
「長瀬くんを押し退けるとかサイテー。」
そんな声も聞えてきたが、今はどうでもいい。
私は、夢中で鞄の底にクシャクシャになって眠っているメモを探していた。
やっと見つけて引っ張り出し、書かれていることを見てみると…やっぱり。
長瀬が始業式の日につけていた印を思い出す。
順番はバラバラだが、確かに全員印がついていなかった。
じゃあ、もし長瀬が順番に落としていってるとしたら?
次のターゲットは…
_ 田中 愛 か 私だ _
・・・
「ねぇ、田中さん。一緒に帰らない?」
「えっ?林さんは?」
「彼女は先生に呼び出されてるから、いないよ?」
「そ、そうなんだ。」
「それに僕、ずっと田中さんと一緒に帰りたかったんだ~。」
「え…それって…!」
「…駄目?」
「ううん!一緒に帰ろ!」
「…。」
…。
はい。やってきました。尾行第2弾!
よく考えたら私を落としたいなんて思うはずもないから、こっちかな~?と思ったらやっぱりね!
次のターゲットは田中さんだ!
あ、でもまだ長瀬が落としていってるって決まった訳ではないのか。
だけど、何か付き合った後の人には少し冷たい気がするんだよねぇ…
って、あぁ!
危ない。危ない。
見失うところだったよ。
思考を巡らせていた間に、正門から出て行っていた2人の後を追う。
でも…田中さんの家と私の家って逆方向なんだよね…。
天気予報は雨だったのに傘を持ってくるのを忘れたから、帰りが遅くなるのはちょっと…
…ええい!背に腹は変えられぬ!
後を追うぞ!
私は二人が歩いていった方向に駆けていった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
誤字脱字、文法的間違い、不快な表現等ございましたら、指摘して頂けると幸いです。