【Part2】
体育を否定しているわけではありませんが、夏場の体育は嫌いです。
体育を否定しているわけではありません。
暑い。
眠い。
頭痛い。
まだ4月なのに、ちょっと運動したくらいでこんなに暑くなる?
この暑さは、もはや罪だね。
罪名、暑くし過ぎの罪。
…何考えてるんだろう、私。
今、立ったら確実に倒れる。
でも座っていると、瞼が閉じるし…
眠い目を擦りながら、私は出番を待っていた。
今は体育の授業中。
今日の種目はバスケットボールだ。
ウォーミングアップから約5分の体育館は、すでに熱気で包まれている。
こんな環境の中、元気に動けだなんて言われても無理としか言いようがない。
頭痛も酷くなってきたし…
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!長瀬くぅぅぅぅぅぅぅぅん!」
「…。」
女子達の黄色い声が頭に響く…
勘弁してよ…
今、長瀬がシュートを決めたらしい。
他にもシュートを決めた人は沢山いるのに、そっちは無視なんだね。
長瀬の特別感が嫌というほど伝わってくるみたい。
でも私は、まだ長瀬のどこがいいのか理解してないんですけど。
まぁ、別にいっか。興味ないし。
長瀬が視界に入るだけで、なんだか気が滅入る。
なんとなく、長瀬から目を逸らし、熱を逃がすために開かれた扉からグラウンドと青空をぼーっと眺めていた。
あ…ちょっと涼しい風が…
「ほら!桃花!あんたの彼氏頑張ってるよ!」
「う…うん。」
え?彼氏?
長瀬が?中川さんの?
風に乗って聞こえてきた話に、私は衝撃を覚えた。
何故なら、始業式の日に中川さんと長瀬の2人は「はじめまして。」と挨拶をしていた。
つまり、初対面だったのだ。
そして今は、始業式から丁度1週間。
ということは、出会ってから1週間で交際に発展したということになる。
恋愛経験皆無の私にはそれは信じ難いものだった。
まさか…これが一目惚れというやつか!
「どうしたの?元気ないね…あ、もしかして桃花もアレなの?」
「うん。1%でもいいから、可能性を信じてみたくて。」
アレ?
可能性?
どういう事?
意味は分からなかったが、彼女の表情を見ると深刻さが見てとれる。
どうしたんだろう…
「あの~、白井さん?出番だよ?」
「…!」
しまった。
気を取られすぎていた。
コートからチームメイトが不安げな顔で見つめてくる。
これじゃあ迷惑になっちゃう…!
私は大急ぎで立ち上がった、が。
途端に視界が歪む。
あ、ヤバイ…
目眩が…
「危ない!!!」
「へ?」
ゴッ
気づいた時には、天上と床が反転していた。
ゴールのリングで跳ね返ったボールが、見事に私の頭に命中したようだ。
かなりの威力に、ゆっくりと視界が暗転していく。
大嫌いなアイツの声を残して…
「白井さん…!」
・・・
…ん?
私…どうなったんだっけ…?
あぁ…バスケットボールが頭に直撃して…
なんだか…とっても…フワフワする…
というか…揺れてる…?
ここは…天国?
いや…廊下を横向きに走ってるところか…
足は宙に浮いてるのに…不思議だな…
ふと、私の顔に雫が落ちた。
背中と膝の裏あたりに熱を感じる。
荒々しい息遣いに紛れて、切羽詰まった男の声が聞こえた。
「もう少しだ…頑張れ…雪菜!」
その声が頭に届くと同時に、景色が再び暗転していく。
あぁ…どうして忘れていたんだろう。
こんな私の名前を呼んでくれる、唯一の彼を。
ずっと…ずっと大好きだった…
「隼斗…」
・・・
目を覚ますと、私は保健室のベッドに横たわっていた。
…夢…か…。
まぁ…そうだよね。
『彼』が帰って来るわけないもんね…
ゆっくり体を起こし、小さく深呼吸する。
部屋には不自然に甘い香りが漂っていた。
この匂いは…チョコレート?
「あ、起きた?…って、大丈夫?」
「…。」
匂いを辿ってベッドから身を乗り出したため、落ちてしまった。
その音で長瀬に気づかれてしまったのだ。
というか、
「…何でいるの?…まだ授業中でしょ?」
「まぁ、僕のチームの奴のミスだから。」
ほっほー。
そのチームの奴は、私といるのが嫌でいないと。
ほっほー。
…というか、リングで跳ね返ったんだから、ミスじゃなくて事故なんじゃ…
「でも、それより…僕が白井さんの事、心配だったから…。白井さんに何かあったらと思うと辛くて辛くて。何かあったら僕を頼ってくれていいからね?」
「…。」
出たよ。
さらっと口説いてくるヤツ。
本当に見境無いんだね。
気持ち悪い。
自意識過剰と言われてしまうかもしれないが、長瀬の作り物の笑顔がどうも怪しいのだ。
私は、それ以上考えるのを止めた。
気持ち悪過ぎて、頭が腐りそうだ。
「頭、大丈夫?」
そうだね、貴方のせいで腐りかけかな。
「まだ、痛む?」
あ、そっち?
言われてみれば痛いような…?
でも、これってただの頭痛?
いやいや、ぶつけた痛みの方が強いんじゃない?
えーーーっと
「…よく分かんない。」
頭をフル回転させて、やっと出した答えがこれって…我ながら情けない。
「そう…。見てあげるよ。」
「別にそこまで」
「じっとしててね?」
『別にそこまでしてもらわなくていい』。
そう言おうとしたのに、遮られてしまった。
しかも、必要以上に距離を詰めてくる。
「いい。」
「?」
「いらない。」
「遠慮しなくてもいいよ?」
遠慮とかじゃないし!
想像以上にしつこく、抵抗する両腕も捕らえられてしまった。
長瀬の大きな手が長く伸ばした髪に触れる。
誰かに触られるなんて、慣れてない私の体は大きく揺れてしまう。
少し上から、小さな笑い声が聞こえた。
「白井さん、可愛いね。」
わざわざ耳元まで顔を下げて囁く長瀬に、色々限界を感じる。
あぁ、もう!
こうなったら、正直に…!
「…嫌なの。」
「…え?」
「嫌だから、やめて。」
不意に私の腕を掴んでいた手が緩み、するりと抜けた。
私は一歩下がって俯く。
あんなに至近距離だったのだ。
顔が赤くならないわけがない。
考えている間にも顔から熱を感じる。
こんな顔をこんなやつに見られるわけには…!
「・・・チッ」
「!?」
え?
舌打ち?
長瀬が?
信じられないような行動に、思わず顔を上げる。
何だか恐ろしくて、顔は熱いどころか血の気が引いている。
でも、そこにいるのはいつもの長瀬で…
目が合うと、優しい笑みを浮かべた。
恐怖やら、驚きやらで頭の中は大混乱。
動揺を隠すように、目に入ってきた『ソレ』に話題を変えた。
「あれ何?」
私が指を指した先には…
え、あれ本当に何?
「何って…見たまんまのチョコレートだよ。」
いや、それは分かってるよ。
アホじゃあるまいし。
私が聞きたいのは…
「…何で保健室にチョコレートがあるの?」
そうだよ。
これだよ。
しかも何故かフォンデュ式だし。
「白井さんも色々大変そうだったからね。疲れた時には甘いものが一番だよ。」
いやいや。
その気持ちはありがたいんだけどね?
「…よく許可が出たね。」
「?一発だったよ?」
先生…
そういえば、あの先生イケメン好きだったな。
「はい、あーん。」
「!?」
それ以上考えるのを遮るように、口にチョコレートを突っ込まれた。
というか、口の周りがチョコレートだらけになったんですけど。
長瀬って案外…こういうの苦手?
意外…ん?
舌の上でチョコレートが広がり、その味に気づく。
「苦い…まさか、ビター?」
「え、もしかしてビター苦手?…何か意外だなぁ。」
…それって、私に『苦い』イメージがあるってこと?
長瀬もそう思ってたの?
…別に期待してた訳じゃないけど。
改めて言われると、辛いなぁ。
「一応、スイートチョコもあるんだけど…このビター、僕だけで食べられるかなぁ。」
「私も食べる。」
「え?でも、苦手なんじゃ…」
「スイートチョコもあるんでしょ?なら、食べる。」
そう言いながら、ビターチョコを頬張り、すぐにスイートチョコを口に含む。
こうすることで、苦い…でも、ほんのり甘い『ノーマルチョコレート』になる。
『苦いもの』と、『甘いもの』は相性がいいのだ。
苦いイメージがあってからか、昔からビターチョコばかりを渡される。
その度に、この方法を使ってきた。
長瀬は私の真似をしてチョコレートを口にした。
そして一瞬驚いた顔をした後、いつも以上のキラキラスマイルで私を見た。
「…!何だか、癖になりそうな味だな~。白井さんみたいに。」
「…。」
…は?
え?何で私が出てきたの?
…まったく分からない。
え、これは長瀬が悪いの?
それとも、私がバカなだけ?
戸惑いながらも冷静を装う私を見て長瀬は一瞬真顔になり、見たことない顔で小さく笑った。
「…うん。やっぱり白井さんは可愛いね。」
「え?」
「僕、白井さんのこと _ 好きだよ _ 」
あぁ、まただ。
この笑顔。
私には、長瀬の瞳の奥にある、黒い影が見えていたのかもしれない。
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