6話 二年後
―――ピィーーーーーーーーー
砂丘の向こうから鷹の鳴き声が聞こえた。息をつめろ、気配を消せ。
ここはアルルカン砂漠の中のオアシス。雨季の間、幻の様に現れる河辺に魔獣達が集まっている。先ほど聞こえた鷹笛は「機を待ち沈め。」の合図だ。この音が耳にはいったら、気配を消し集団で獲物を狩る。
(どこだ…?)
いた、五時の方角800mほど先に、キラーレオンの親子がいる。キラーレオンの親はこちらとは真逆の方向を警戒している。あっちに笛を吹いた囮役がいるはずだ。
―シューッッ
蛇の鳴き声、別動隊だ。蛇の声を返す。砂漠のオアシスはところどころ枯草が生えているだけで、視界が広い。キラーレオンのやつは視点が高いので、ふりむかれるとやっかいだ。息をひそめ這いつくばりながら前にすすむ。奴の咆哮は並みの風刃をはじき返す。かといって強い魔力をおくれば周囲の魔獣も逃げてしまう。砂漠に生息する獲物は少ない。獲物を逃がさないため、狩りでは魔法は使わない。
ガウゥ グルルルルル
どうやら、囮はうまく獲物を引っかけたようだ。威嚇の鳴き声が聞こえる。囮に注意がむいている内に距離をつめていく。少しずつ、じわりじわりと。砂を巻き込んだ風が、身を隠す布にふりかかり、目に入る。生理的な涙があふれ出るが、瞬きはしない。
ピィーーーーーーー
来たっ!
合図を受けシュリ達は一気に獲物に襲い掛かった。4mの体躯を持つ砂漠の王者は咆哮をあげ、自分と子供の周囲に衝撃波を送る。正面にいる戦士をキラーレオンの鋭い爪が襲う。戦士はいそいでとびのき、別の戦士の盾に隠れる。
「あぁああああッ!」
シュリはあえて雄たけびをあげてキラーレオンに迫る。後ろから短剣を振り下ろされ、キラーレオンはふりかえり、諸手をあげてひっかいてきた。剛腕をよけ、今度は別の角度からわきの下を狙う。
ウガォオオオオオオオオォオォ
うるさっ、命がけの叫び声に肌がひりつくが、そんなことはどうでもいい。接近戦になってからの囮役は俺の役目だ。キラーレオンは二足で立ち上がり襲いかかってくる。悪いな、こっちも命がけなんだ。鋭い爪を短剣と長剣でいなし、奴の視線を奪うために大きく振りかぶる。
ヒュドッドッ
キラーレオンが崩れ落ちる、後方に潜んでいた戦士の槍が後ろ首を貫いたようだ。
「いやー今回はいい土産ができたな」
「出血もすくなかったし、解体がすぐできたからな」
「運ぶのが楽だったわ、シュリも捨てたもんじゃねえな」
「ありがとうございます」
はじめて遠見隊に入った時は腫物にさわるように接せられ、チームワークもわからず怒られた。あの荒神祭から2年、先輩達のまわりをかけ回って、技術や技を盗ませてもらいつつ、自分の役割ももてるようになった。
「っはあああ半年ぶりの村だ!俺は寝るぞ~!」
「ロタよ、かわいいジェットの顔みにいかんでいいのか」
「いんだよエッボ、最近ちっともかわいくねえ、これ後頼むな、シュリ」
「はいっ」
ケラケラと武器や防具を兵舎においてロタ達は家路へつく。シュリも早く手入れを終え、家にもどってぐっすり寝たい。
「あ、きれてる」
刀油が切れていたので、兵舎の裏の納屋にとりにいく。
「ん?」
納屋の隣にある厩舎の壁に、パイク、ジェット、グウェンが張り付いている。
なにしてんだ?
狩猟で磨いた抜き足差し足を使って、三人の後ろに付く。馬鹿三人組は、全くこちらに気づく様子はない。てか三人とも顔は真っ赤だし鼻息があらい。パイクとグウェンの奴、興奮したのか尻尾がでてやがる。木製の壁の隙間から中を見るのに必死だ。これは…
「んぁっ はあっ む、だめっ んん 聞こえちゃうぅ」
「いいぜえ、聞かせてえ、はぁっ」
「んん、いじわる、うん、あ あムルチぃあ ぁああ!」
木壁に何かがリズムを刻んでぶつかっている。砂利を蹴る音がする。
「あぁっ ああっああん!すごいぃ!ムルチい!!!」
チュッ
みっ!!水音が!聞こえた気がする…この声はエッボの娘メラニーではないか。親のいぬ間になんてふしだらな!けっけしからん!!もっとやれ!
「ムルチ…さすが鷹人最強の男…」
パイクが小声でつぶやいた。その尻尾はシュリの太ももにばしばしあたっている。
「あれー?何してるの??」
びくっと4人は肩をふるわせた。中の音も静まる。パイクたちはシュリがいたことに気が付いて驚き、あわてて尻尾を消す。そして壁の隙間を隠すようにサラの方をむく。
「シュリ帰ってきたのね!おかえり〜パイク、遠見隊の荷受けお願いしたのどうなってる?」
サラよ、純粋な笑顔で今は来てくれるな!半年ぶりに見るサラはますます女っぽくなった。パイク達はあわててシュリの後ろに隠れる。やれやれ…
「えっえーと、あれだよなあシュリあれだよな!」
三人は赤面してた顔を急に青ざめさせた。器用だな、まあちょっと恩でも売っておくか。
「刀油が切れてたから納屋にとりにきました。」
「納屋には背中向けてたみたいだけど?」
くっ、するどいな。
「厩舎の壁が壊れてたから、どうするか3人と考えてました」
「へーどんな穴?」
うおーやばいぞ、サラが穴を確認しようと近づいてくる。あれを見ちゃう!いや、中どうなってんだ?こんな時こそ狩猟で研ぎ澄ました聴力を発揮するのだ!
はっ はっ はっ
んっ んっ んっ
(再開してるー!!!)
ムルチ兄さん、メアリー!さっきより燃え上がってませんか…?
「サラ、どうしました?」
そこに救いの神が現れた。藁袋を背負ったカイである。隣ではエダマメが水瓶を持っている。
「あ、カイ、エダマメ」
サラはカイの方をちらりとみると
「いや、厩舎の壁に穴が開いてるっていうから」
敵は立ち止まらず、接近してきた。待て!まてい!キラーレオンにも動じなかった心臓が早鐘を打つ。
「サラ」
カイがサラの腕をつかむ。カイは身長がめきめきのび、馬人らしく肩が大きくなった。まだ子供のくせに、サラよりちょっと大きいくらいだ。進もうとするサラをふりむかせ、その前髪に指をのばした。
「羽根ついてる」
前髪からとった羽根でサラの鼻をくすぐる。間近で見つめられサラは目をばちくりとした。
おお?
「あっありがとう。さっき鷹小屋の様子みてきたから、かな…」
「厩舎の穴、今から塞ぐんだ。レタが調薬をはじめるから見においでって言ってましたよ」
「あ、そう?じゃいこっかな」
サラはたじたじと後ずさり、レタがいる領館へ走っていった。
「助かったーサラこえー」
はぁーとパイクたちが息を吐いてシュリの背中からでてきた。
「お前ら仕事が遅いんだよ」
そういうとカイはパイクたちの前に掌を差し出す。パイクたちはポケットから何やらいろいろなものを取り出してカイに手渡していく。豆、鉄屑、ハタオリ鳥の羽根、種、アルル狼の眼球。カイは渡された品を一つ一つ点検し、エダマメに広げさせた袋に収納していく。焼き切れた何かのしっぽを手に取り手をとめる。
「これは駄目だ」
「うっ…おっ大毒ネズミのしっぽだぞ!」
「大毒ネズミのしっぽは最低十五センチからだ」
「ジュウゴセチダッ!」
「くそ!漢に二言はねえもっていけ!」
パイクはポケットから何かを掴むと、カイに突き出した。
(カードで負けた時のポールとそっくりだ…)
ポールは賭博について語りたがるが、弱い。
「後だしの癖に何言ってんだ。マイマイの実か、しけてんな。次はもっといいの用意しろよ」
カイが袋の紐をしばると、子供達は兵舎小屋の荷受け台へと走っていった。カイはというと壁の穴には目もくれず、厩舎の入り口に向かってあるきだした。エダマメはその隣でこれまた得意げに歩いており、仕事中の雰囲気だ。えーっとこれは、マサカ…?
「ムルチ、もう時間だけど、いい?」
そう厩舎の入口でカイがいうと、メラニーの肩を抱いたムルチが出てきた。メラニーはうっとりした様子でその肩にしなだれかかっている。小麦色の肌がうるうるしていて艶めかしい。
「おーありがとな」
「ねえムルチ、髪の毛に藁ついてなあい?」
「んー?どれどれ?」
ムルチはメラニーの紙の香りをかぎながら片手でカイに200シリンを渡す。
「いい香りだな~、楽しかったか?」
「あは、もう馬鹿っ」
めちゃくそ楽しそうですね、お二人さん。
「ドゾッ」
エダマメは背伸びをしてメラニーに水瓶を渡す。
「ありがと〜!喉乾いてたんだ」
メラニーは笑顔で水瓶をうけとり口をつける。俺は真顔でカイを見た。かわいいエダマメに卑猥なサービスを教えた奴がいる。
「また貸してね」
笑顔で瓶を返却したメラニーはめちゃくちゃかわいかった。すげーいい匂いがする。あんたそれでいいの?ムルチの女の一人でいいの?なんなら俺もおねがいします!というセリフが口から出そうになるのを必死で止めた。愛の伝道師達は居住地へ消えていった。
「カイ、エダマメ…」
「なに」
カイは平然とした様子で、厩舎のドアをあけると乱れた藁をとりかえる。エダマメから釘をうけとると、木壁の隙間を板一つで適当にふせぎ、その存在を隠した。そしてエダマメに50シリンわたす。エダマメは両手で硬貨をかかげるとキラキラした表情をうかべ、ふうふうして汚れをふき腹巻に隠した。
「なにやってんの?」
「俺は金がほしい、ムルチ達はスリルがほしい。エダマメは小遣いがほしい。」
「カイスゴイ!」
「…パイクたちは…」
「ムルチが値切ってきたから、穴あけていいなら値下げすることにした。メラニーもいいっつったし。」
「それで金とんのか」
「カネチガウ!シュリアホ!」
エダマメの暴言の押収にシュリはその頬をつねりあげる。
「ヤメロ!アホ!」
「パイクたちは金もってないから、物々交換。材料にはなる」
この2年でカイは砦の工事が終わったので、領館の仕事のほかに太陽の帝国に貿易へいくキャラバンの手伝いをしたり、夜になると請負で鍛治仕事をするようになった。そこで道具作りにはまったらしく、ここ一年は太陽の帝国に貿易へいくキャラバンから材料をしいれるため貨幣を稼ぐことに熱意を燃やしている。
「すごいなあ、結構貯まった?」
「魔石を買うにはまだまだ…っこの村じゃ金は使わないし。赤の峡谷行けば落ちてんのに恨めしいぜ。」
魔石ってのは赤の峡谷やアルルカン砂漠の一部で採掘できる宝石みたいな石だ。こどもの頃から魔石を手にしたら絶対国に納めること、もしやぶっって私物にしたりしたら国から追い出されるという掟は聞かされていた。といってもこのあたりで拾える魔石は雷・風・土・炎の力が宿ってるくらいで、どれも荒地の民なら産まれつき使える力だし、魔法を使った方が早いのでわざわざ掟を破る意味がわからなかった。
カイ曰く魔石が付いてる武具や道具は、魔具と呼ばれ、めちゃくちゃ多くの貨幣にかわるらしい。村で貨幣は使わないけど、拾った石をはめただけの道具がどうしてそんな沢山の貨幣に変わるのか俺にはよくわからない。
「魔具って何ができるの?」
「火石をはめた指輪なら、その指輪で火をつけられる。」
「は?火魔法使うか火打ち石つかったらよくない?」
「…火石をはめた指輪は一万一千シリンだって。」
「はっ?高っ?なんで?火打ち石でよくない?」
結局説明されても俺はよくわからなかったが、魔石をはめた魔具という道具はカイ曰く持ってるだけでかっこいいし、めちゃくちゃすごい作りをしているらしい。
「これ」
カイから革張りの鞘が投げ渡された。
「うおっできたんか」
ウォーターファングの革をなめして作られた鞘はかるく、ベルト式になっており、サラマンダーの骨飾りがついていた。請負仕事で手仕事の幅をひろげたカイはこうやってたまに装身具を作ってくれる。
「いい練習になった。」
カイは俺の家に作った鍛冶場で作業をし、そのまま泊まっていくことがふえた。ベッドが狭くなるから俺は嫌なんだけど、そういうとカイは弟が反抗期と言って泣き真似をするので面倒くさい。それでレタが領館に泊まる日などは馬小屋の寝床が空く。
この2年、俺達はちょっとずつ成長した。仕事してる分村の他のこどもよりも気持ちは大人だ。大人達にはまだまだ子ども扱いされるけど、もう村のことなら知らないことはないんじゃないかと思う。
「3週間以内にサラにばれるに100シリン。」
「…しばらく休業するか」
「キューギョ?」
カーンカーンカーン
村に鐘の音が響き渡った。鐘がなるのは村全体にしらせるような大事な連絡がある時だ。領館前にぞろぞろと村人が集まってくる。しばらくして、伯爵とダンが領館から出てきた。伯爵が口を開く
「皆集まったか。まあ大したことではない。今朝王都から連絡が来た。第一王子が来るらしい。」
ダイイチオウジ?ナニソレオイシイノ?
村人は誰一人話さなかった。
「えーこほんっ」
固まる村人達をみてダンが補足をする。
「皆知ってるとおり、先日砦が完成した。この砦は我が領土最大の規模、最速の竣工速度だった。前に何人か王都から視察が来てたがそのうちの一人が土産に鷹を持ち帰った。第一王子殿は鷹をえらく 気にいったらしい。鷹狩の話を耳にされ、うちを見たいとご所望だそうだ。まぁこんな何もない魔物ばかりの所になど来たことない方だからな。皆、荒神祭くらい、いやそれ以上のつもりで歓迎の準備をしてくれ。世話役の者は集まってくれるか。他のものは解散!」
号令の後、村人達はざわざわと騒ぎ出す。内容はもっぱら準備期間と宴の規模、食料の確保などだ。こども達や三馬鹿は王子が見れるとはしゃいでいる。大人達はふってわいた歓迎できない仕事に、困惑を隠せないでいた。
シリンはルピー位の感じでつけました。
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